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30.聖子 去る上司は日々に疎し

 伊瀬刑事の葬儀は恙なく執り行われた。

 喪主から彼の奥さんらしい。

 警察関係者は葬儀の手伝いのため、銚子市内の斎場に集まっていた。

「この度はご愁傷様です……」

 私は彼の奥さんに常套句を伝えると、慰めるように彼女の肩を抱いた。

「泉さん……。生前は本当にあの人がお世話になりました……」

 彼女は大粒の涙を流し、大きく肯くとそのまま親族の席へと移動していった……。


 当然と言えば当然なのだけれど、彼女は私と伊瀬刑事の関係を知らない。

 生前彼が「俺らの関係は墓場まで持っていく」と言っていた事がどうやら現実になってしまった。

 

 笑えない。

 

 それにしても盛大な葬儀だったと思う。

 親族・警察関係者は当然来ていたけれど、それ以外に得体の知れない連中も弔問に来ていた。

 彼の人脈を物語るような彼らは無表情のまま香典を置き焼香を済ませていた。

 私は受付を粗方済ませると、そのまま斎場の外に出た。

 その日は快晴で、文字通り雲1つ無い青空が広がっている。

 

「二階級特進だとさ」

 私が外でタバコを吸っていると加瀬刑事が喫煙所までやってきた。

「らしいっすね……。公務員は手厚いっすから」

「ああ……。それに伊瀬さんはキャリアだからかなり手厚いらしいぞ」

 本当に嫌になる。

 こんな場面でもそんな下世話な話しか出来ないのだろうか?

「あの加瀬さん? 人が死んだのにそんな話どうでもよくないっすか?」

「あ? ああ……。そうだな……」

 いつもなら突っかかるはずの加瀬さんも今日は塩らしい。

「伊瀬さんが抱えてたヤマどうすんすか? ま、これもここでする話でもないっすけどね」

「それな……。あの人は相当抱え込んでたからな……。葬式終わったら署で会議だな」

 加瀬さんとしても今回の件はかなりの痛手のはずだ。

 何だかんだ言っても加瀬さんは伊瀬刑事の子飼いの刑事だし、加瀬さんをここまで育てたのは彼だったのだ……。

「まったく……。だから危険な橋渡りすぎだったんすよねあの人! いつかこんな目に遭うかもしんないって思ってたけど」

 私は吐き捨てるようにそう言ったが、加瀬さんはそれに何も言わなかった。


 葬儀が終わると私はアパートに帰った。

 部屋の中は酷い寒さで、氷で出来た部屋にでも入ったような気持ちになる。

 ファンヒーターの電源を入れてから火が付くまでが恐ろしく長く感じた……。


 自分でも薄情だと思うけれど、伊瀬刑事が死んでから1回も涙が流れる事はなかった。

 検死官の話だと、私がヤーさんの事務所に入った時には既に死んでいたらしい。

 私は彼の死に顔を思い出せなくなっていた。

 笑ってたのか、苦しんでいたのか、泣いていたのか……。

 彼の顔はまるで血まみれののっぺらぼうのようだったと思う。


 伊瀬刑事は私にとって大切な上司だったはずだ。

 それでも彼を失ったという感覚がイマイチ起こらない……。

 目の前で死なれたのに彼の死を受け入れられなかった。

 死とは万人に起こる事のはずなのにあまりにも非現実に思えたのだ。


 ファンヒーターから温かい空気が吐き出されている。

 氷のようだった部屋も少しずつぬくもりを取り戻しているようだ。

「伊瀬さん……」

 独り言のように呟く。

 悲しみとか孤独とかそんな感情さえ湧かない。

 完全なる空虚が私の中に満ちているようだった。

 あまりにも空っぽすぎてどうすることも出来ない……。


 その日の夜。

 私は長い夢を見ることになった。

 伊瀬刑事に出会う前の夢を……。

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