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2.月姫 ウサギとカメのデットヒート①

「京極さんですね?」

 2人組の男性の方が私に尋ねてきた。

 彼は眉間に皺を寄せて怖い顔をしている。

 連れの女性は少し緊張しているようだ。

「はい、そうです。あの……。何か?」

「申し遅れました。私、千葉県警銚子警察署の伊瀬と申します」

「同じく泉です」

 彼らはポケットから警察手帳を取り出して私に差し出した。

 まじまじと手帳の顔写真と本人を見比べる。

 どうやら本物の警察官のようだ。

 男性の方は伊瀬龍大。女性の方は泉聖子と名前が記されている。

「急に押しかけてごめんなさい。先にアポ取れればよかったんですけど、連絡先が分からなかったもので……」

 泉さんは私を気遣うように言うと申し訳なさそうに頭を下げた。

「え……。あ、はい。そうなんですね……」

 私は彼ら来た理由に全く心当たりがなかった。

 千葉県の警察が私に何の用だろう?

「あの確認なんですが、キョウゴク……。ウラツキ……。さん? ですよね?」

 泉さんは何やら慌ただしく書類を漁りながら私に尋ねてきた。

「あ! 違います、違います! 『ウラツキ』は私の姉で、私は妹のルナです!」

 私の返答に泉さんは「へ?」と空気が抜けたような声を出した。

「えーと、えーと……」

 予想外だったのだろう。彼女は書類を再び漁り始める。

 伊瀬さんは特に動じることもなく彼女の隣に立っていた。

 京極裏月。

 もとい『キョウゴクヘカテー』は私の双子の姉だった。

 どうやら泉さんの持っている書類は戸籍抄本らしい。

 書類上で見ただけなので私を姉と間違えたのだろう。

 しかも読み方まで間違っている。

 あの読み方じゃ無理もないけど……。

「えーと、じゃあこの『ツキヒメ』さん……。あ! これで『ルナ』って読むのか!」

「おい泉さん。ちゃんと確認しなきゃだめじゃねーか! 失礼だよ?」

 そう言うと伊瀬さんは泉さんの肩を小突いた。

「でも伊瀬さん!? どう考えたってこの名前読めないよ!?」

「コラ! ご本人の前で失礼なこと言うな!」

 彼らの掛け合いはまるでコントのようだった。

 さすがに私も拍子抜けしてしまう。

「大丈夫ですよ! 名前読み間違えられるのは慣れてますから!」

「だよね? いやー今の若い子は変わった名前してるからさー!」

「あの……。立ち話もなんですからよければ家の中にどうぞ」

 彼らをリビングルームに案内しお茶の準備をする。

 来客用のティーカップを使うのは本当に久しぶりだった。

 ティーパックで紅茶を煎れる。

 珍しい来客に私は少し緊張していた。

 相手が警官だと思うと余計肩に力が入る。

「なんかすいません。いきなり押しかけた上にお茶までご馳走になってしまって……」

「いえいえ、それで……。お話って何ですか……?」

「あの、実はですね……」

 伊瀬さんは改まると事情を話し始めた……。

「京極さん……。落ち着いて聞いてください。昨日、千葉県の銚子市内の海岸で京極さんのお父様と思われる男性の溺死体が発見されたのです。所持品に免許証がありましたのでおそらく本人で間違いないと思われます」

 彼は淡々と昨日起きた事件について話してくれた。

 不思議なことに父の死を聞いても私はさほど驚かなかった。

父は蒸発してから3年以上経過していたし生死が怪しいと何となく察していた。

 むしろ警察の方が動揺しているくらいだ。

「京極さん? 大丈夫ですか?」

「はい……。大丈夫です。もう父が居なくなって随分経ちましたから……。そんな気もしてました……」

「本当にお気の毒です……。それで申し訳ないのですが、身元確認のため署まで来ていただきたいのです。遠いので私たちがお送りしますので……」

 伊瀬さんは私を慰めながら身元確認を求めてきた。

 彼は神妙な顔こそしていたけれど、話す内容自体は事務的だ。

 対照的に泉さんは本当に悲しそうな顔をしている。

「そうですね……。では、お言葉に甘えて送って行っていただきます!」

 話が終わると明後日に迎えに来ると言って彼らは帰っていった……。

 彼らが帰ると来客用のティーカップを片づける。

 食器類を洗うとクロスで水を拭き取ってそのまま食器棚に戻した……。

 不思議と悲しいという感情はあまり湧かなかった。

 むしろ肩の荷が下りたような気がする。

 3年間、私に纏わり付いてきた憑き物が落ちたような気さえするほどだ。

 私はここ3年間ずっと父の消息を探していた。

 親戚や父と仲が良かった友人たちにも連絡を取って探し回った。

 休日には父が行きそうな場所を梯子して回ったりもした。

 足が棒になるほど歩き回ったし、電話も相当な回数掛けたと思う。

 結局父を見つけることができなかった訳だけど……。

 最初の1年くらいは本気で探し回っていたのだ。

 それでも仕事が忙しくなると生活に追われて父を探すどころではなくなってしまった気がする。

 仕方ない……。生活するために仕事をしているのだから……。

 そんな言い訳めいた言葉が私の中に浮かんでは消えていった……。

 私はきっと薄情な人間なんだと思う。

 男手一つで私を育ててくれた父なのにどこかで諦めてしまっていたのだ――。

 私はその日のうちに姉に電話をした。

 やはりというか……。話を聞いても姉は全く驚かなかった。

『ルナさぁ、あんまり落ち込まないでね! 父さんの遺体が戻ったら私もそっち帰るからさ! そしたらお葬式して、ちゃんとお別れしようね!』

「うん……。そうだね。お姉ありがとう! 正直言うとね。少しホッとしたんだ。ずぅーと父さん行方不明でこのまま延々と探し続けるのかなぁーって思ってたからさ。私って酷い女だよね……」

 私がそう言うと姉は数秒電話越しに黙る。

『そんなことないって! ルナはずっと頑張ってたと思うよ? 私なんか最初の頃にちょこっと探すの手伝ったっきりでそのままだったしさ……。ねえルナ? お姉ちゃんはね。ルナには好きなように生きてほしいんだ! 私は好き勝手生きてるけどすごく楽しいよ! だからルナにももっと、もっと楽しく生きてほしい!』

 姉にそう言われて私は目が潤むのを感じた。

 以前私たち姉妹はとても仲が悪かったのだ。

 当時の姉は尊大で自己中心的な性格だった。

 私も姉の顔さえ見たくなかったし、彼女も私にあまり関わろうとはしなかった。

 もしあの事件がなければ今でも疎遠だったかもしれない……。

 思い返すと色々なことがあったけど、それでも今こうして普通に話せるようになって良かったと思う。

 だって姉は私にとって最後の家族なのだから……。

「ありがと……。父さんのことはっきりしたらまた連絡するよ!」

 姉にお礼を言うと私は電話を切った――。

 翌日、私は職場の町役場に事情を説明して休みを貰うことにした。

 職場の上司は「いいから数日休みなさい!」と優しく言ってくれた。

 職場の同僚は皆私に優しい言葉を掛けてくれた。

 家族に恵まれなかった私にとって職場の同僚や友人は家族以上の存在だと思う。

 私にとって世間は厳しい場所ではなかった。

 むしろ家族で生活する方が難しい気さえする……。

 翌々日。

 伊瀬さんと泉さんは約束の時間に迎えに来てくれた。

 私は彼らの車の後部座席に乗せてもらって千葉へと向かう。

 泉さんは移動中に私を飽きさせないように色々と話をしてくれた。

 彼女は一見適当そうだけど、実は優しくて思いやりがある人のようだ。

 どことなく姉のヘカテーにも似ている気がする……。

千葉県に向かう国道からは太平洋を臨むことができた。

海はどこまでも広く広がり水平線がくっきりと見える。

 走る車の中で姉の優しい言葉を思い出す。

「ルナにはこれから好きなようにに生きて欲しい……」

 そんな姉の言葉を思い出しながら車は国道を走り抜けていった。


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