28.裏月 ヘカテーブレイク①
砕け散ってしまった。
私は曖昧さの塊のような意識の中でそう感じていた。
あれほど力強く握っていたはずの弦を押さえる事が出来ない。
「ウラ!」
誰かの声が聞こえた気がしたがm私はそれに応えることが出来なかった――。
どれくらい時間が経ったのだろう?
私は意識を取り戻したらしい。
時間は判らないけれど辺りは暗い。
瞼は重く、目を開ける事は出来ないけれど不思議と意識だけははっきりしていた。
「京極さん! 聞こえますか!? 京極さん!?」
甲高い女性の声が私の耳に響き渡る。
「あ……い」
反射的に返事をした声は自分が放ったとは思えないほど擦れていた。
女性は忙しなく動き回り、私の右腕に何やら巻き付けているようだ。
「ごめんなさいねー。今血圧だけ測っちゃいますねー」
どうやら女性は看護師のようだ。
なぜ看護師が居るのだろう?
そんな疑問を持ちながら私は彼女に身を任せた……。
身体の感覚と意識が完全に戻ったのは朝方の事だ。
私の左手はギブスで完全に固定されている。
「大丈夫かー?」
病室のベッドで横になっていると、バンドメンバー2人が心配そうに顔を覗かせた。
「お、お疲れさま」
ドラムの大志は動揺を隠すような不器用な笑顔を作っている。
「はぁー……。とりあえず無事で良かったよ……」
大志は肩を落とすように項垂れた。
「大事に至らなくて良かったよ……。お医者さんの話だと過労だってさ! 腕は骨折したみたいだから少し安静にしてろってさ」
ベースのジュンは状況を淡々と私に教えてくれた。
「そう……。どおりで腕がギブスでガチガチだと思ったよ……」
「京極さんずっと忙しかったでしょ? 疲れが溜まってたんだと思うよ? ま、しばらくは安静にしてなよ! どっちにしてもその腕じゃしばらくギターも弾けないだろうしね」
大志とは対照的にジュンは終始落ち着いていた。
「そだね……。2人ともごめんね……。ライブぶち壊しちゃったよね……」
「バーカ! んなこたどうだって良いんだよ! それより今は怪我を治すことだけ考えてろよな!」
大志にしてもジュンにしても私を決して責めたりはしなかった。
むしろその言葉の端々に私に対して申し訳ないと言う言葉が見え隠れする。
そんな2人の気遣いがむしろ私を居たたまれなくさせた。
いっそのこと責め立ててくれればいいのに……。
そんな行き場の無い気持ちが私の胸の中をドロドロと流れているのを感じた……。
そのまま大志は病室で付き添ってくれていた。
窓から注ぎ込む朝焼けが眩しい。
「大志会社大丈夫なの? 私の事はいいからさー」
「ん? 大丈夫だよ! 遅刻連絡しといたし、たまにはゆっくり出社するさ」
彼はそう言うと私の朝食を手伝ってくれた。
恥ずかしい話、左腕がギブスで固定され、右腕には点滴のチューブが繋がれていてうまく動けない。
「あーあ、すっかり要介護じゃんよ!」
「仕方ねーだろ? 医者の話じゃ割とすぐ退院出来るらしいし、それまでの辛抱だよ」
病院食はお世辞にも美味しいとは言えなかった。
ご飯は水分が多く、これならいっそのことお粥にでもして貰った方がマシだと思う。
「ほら! 口開けろ!」
「あーあ、贅沢言えないけどやっぱ病院食は不味いよねー」
「お前は本当に減らず口なのな?」
文句を言いながら食事を済ませると私は再び横になった。
「あ、そういえばルナちゃんと月子さんにも連絡しといたらからよ! ルナちゃん今から来るってさ!」
「え!? なんで?」
「いや……。なんでって……。さすがに家族と上司には連絡しとかねーとマズいだろ?」
「あ、うん……。まぁ確かにね」
やれやれだ。
また家族と上司に心配を掛けてしまう……。
少しすると大荷物を抱えた妹がやってきた。
普段なら小綺麗にしているのに今日は髪型が乱れている。
「お姉!」
ルナは酷く取り乱していた。急いで来たのか息も切らしている。
「ああ、ルナありがとう。わざわざ来てもらって悪いね……。父さんのことも片付いてないのさ……」
「そんなことは気にしないでよ! それよりお姉大丈夫なの!? 大志さんからライブ中に急に倒れたって聞いてびっくりしたよ!」
「ハハハ、大丈夫だよ! ルナは心配性だなー。てか大志が大げさに騒ぎすぎただけだと思うよ」
私は点滴の刺さった腕をどうにか持ち上げるとルナの髪をそっと撫でた。
「そっか……。でもあんまり無理しないでよね!! お姉がいなくなったら私、独りぼっちになっちゃうじゃん!」
ルナは私の顔を見て少し安心したらしく力が抜けたようにベッドに座った……。
それからルナは持ってきた荷物を手早く整理しながら備え付けのキャビネットにしまったくれた。
「じゃあお姉! なんかあったら連絡ちょうだいね!」
「うん! 私の事は心配いらねーから気をつけて帰りなー」
私はルナを見送ると再びベッドに横になった……。




