24.月姫 かぐや姫は月に帰りました④
サイン会が終わってから1週間の間。
私は仕事と並行してある作業をしていた。
週末には高嶺さんがやってくる。
それまでにその準備を終わらせなければいけない……。
1週間後――。
私はいつも通り水彩画教室を開いた。
今日はデッサンメインで講義した後に受講生に鉛筆で実際に描いて貰う。
受講生たちも半年以上通っているのでデッサンのレベルは上がっていた。
「樋山先生ー。どうでしょうかぁ?」
近所に住む受講生が私にアドバイスを求めてきた。
「ええ、良いと思います! 次回の市のコンクールには出せそうですね!」
主婦たちの絵の上手いところを褒めながら修正箇所を指示していく。
彼女たちの成長を見ると自分の仕事のやりがいを再認識することが出来た。
「そういえば先生? 今日高嶺さんは?」
「今日は忙しいみたいなんですよー」
「ふーん……。まぁあの子は若いから遊びにでも行ったのかな?」
高嶺さんが忙しいというのは嘘だった。
本当はみんなとは時間をずらして彼女を呼び出していた……。
彼女には大切な話がある……。
水彩画教室が終わってから1時間後に高嶺さんはやってきた。
「こんにちー。先日はありがとうございました」
「ええ、こちらこそ……。ごめんなさいね。予定調整して貰っちゃって……」
その日の彼女はいつも通りのファンシーな格好をしていた。
首元にはウサギをモチーフにしたようなネックレスが光っている。
「あの……。大事なお話って……?」
「ああ、実はね……」
私は手元に用意しておいた資料を彼女に手渡した。
「これは……」
「よく目を通してね!」
彼女は紙に穴が空くくらい資料に目を通している。
「えーと……。工房を会社にするってことですか……?」
「そう! それでね! 今回アシスタント何人か雇って本格的に会社にしようと思ってるのよ! どうかしら?」
「いいと思います! でも……。なんで私にこれを見せたんですか?」
彼女の頭の上にクエスチョンマークが浮かんでいるのが見えた。
なんの説明もなしに書類だけ見せたのだから当然の反応だとは思う……。
「あのね! これは私からのお願いなの! 高嶺さんさえ良ければ私のアシスタントになって欲しいのよ!」
「え!?」
私がそう言うと高嶺さんは完全に固まってしまった。
我ながら急すぎる話だと思う。
でも私のアシスタント1号は彼女以外考えられなかった……。
「私はね高嶺さん……。どうしてもあなたと一緒に仕事がしたいの! あなたに私の絵を塗って貰いたい! お願いできないかしら?」
その時の私は必死だったと思う。
どうしても彼女が欲しかったし、彼女なしでの工房リスタートは無いと考えていた。
「あの……。あまりにも急すぎて……」
彼女が困っている様子は手に取るように分かった。
でも私は口説くのを止めなかった。
ここで逃したら一生後悔する。
そんな気持ちだったんだと思う。
「少しお時間頂きたいです……。いきなり過ぎて頭混乱してるので」
「ええ、じっくり考えてね! もしあなたが来てくれた私はすごく嬉しいわ!」
今思えばかなり強引な誘い方だった。
スマートさの欠片も無い。
でもそれほどまでに彼女と仕事がしたかったのだ……。
そんな強引なやりとりをしてから数日後。
高嶺さんの方から電話をくれた。
『高嶺です。先日はありがとうございました』
「こちらこそありがとう。この前はごめんなさいね……」
『いえいえ……。急な話だったので少し頭を冷やして考えてました……』
この前と違って彼女は落ち着いていた。
声のトーンもいつも通りだ。
「それでどうかしら? この前の話……」
『その件なんですが……。もし先生さえ良ければ明日お会いできませんか?』
「大丈夫よ! 私もお話したかったの!」
電話口での高嶺さんは終始落ち着いていた。
彼女の反応からどちらに転ぶのかは推察出来ない……。
私は自室の在庫置き場から1冊の絵本を取り出した。
私の処女作……。
『月の女神と夜の女王』を……。
願わくば彼女が私を選びますように――。




