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20.月姫 かぐや姫は月に帰りました②

 高嶺さんはサイン会を手伝ってくれることになった。

 彼女が来てくれるだけで私は気が楽になる。

 本来、私はあまり人前に出たくはない人間だ。

 でも、彼女がそばに居てくれるだけでだいぶ違う気がする。


「樋山先生! 今日はよろしくお願いします!」

 高嶺さんは会場入りするなり元気よく挨拶してくれた。

 今回のサイン会の会場は新宿にある大型の書店だった。

 専門書から漫画、小説、図鑑まで幅広く揃っている。

 高嶺さんはお上りさんのようにキョロキョロ店内を見渡している。

 どうやらこういう場所に来るのは初めてらしい。

「こちらこそ、よろしくお願いね! 本当に助かるわぁ」

「いえいえ、こちらこそ貴重な経験をさせて貰えて幸せですー」

 その日の高嶺さんは珍しくスーツ姿だった。

 まるで就職活動の学生に見える。

「高嶺さんのスーツ姿初めて見るけど新鮮ねー」

「エヘヘ……。ありがとうございます……」

 彼女は嬉しそうに笑って頬を赤らめた。

 本当に可愛らしい。

 可能なら高嶺さんのような妹が欲しいと思うほどだ……。

 私は高嶺さんにその日の日程について説明した。

 彼女は真面目に私の説明に耳を傾けてくれた。

「えーと……。そうしたら、私は誘導とサインする本を預かる係をすればいいんですね?」

「そうそう! まぁそこまで混まないと思うから自分のペースでやってくれれば大丈夫よ!」

「え! でも先生人気作家じゃないですか! なんか混みそう……」

「ハハハ、混まないわよ。前サイン会した時もそんなでもなかったし……。ま、気楽にね!」

 悲しことに前回企画されたサイン会は散々な結果だった。

 持ってきた在庫は丸々残ってしまったし来客自体疎らだったのだ。

「でも! どうせなら沢山の人に来てもらいたいです!」

「そうねー……。来てくれたら私も嬉しいんだけど……」

 担当編集は慌ただしく書店員と打ち合わせをしていた。

 彼らとしてもそれなりに集客をしたいのだろう。

 担当編集の表情からそのことは伺うことが出来た。

「なんかプロの世界って感じですね……」

「ん? まー……。そうね……。ウチの編集さんは割とやる気ある人だから特にそう見えるかもね……」

 高嶺さんは興味津々と彼らの打ち合わせに耳を澄ませていた。

 彼女もこの業界に興味があるのだろう。

 手帳に気になることをメモしている。

「ほんとに高嶺さんは熱心よねー」

 私は感心したように彼女の手帳を覗き込んだ。

「わっ! お恥ずかしいです!」

 高嶺さんは恥ずかしそうに手帳を手で覆った。

 覗き込んだ手帳には何やらビッシリと書き込まれている。

「やっぱり高嶺さんはマメなのねー。私は感覚的にやっているからそんなに細かくはやれないのよ……」

 私は褒めるつもりで彼女に声を掛けた。

 その熱心さは素晴らしいと思う。

 でも高嶺さんは別の意味で受け止めたようだ。

「えーと……。私昔から要領が悪いんですよ……。だからちゃんとメモしとかないと忘れちゃうんです……」

 そう言うと彼女は俯いてしまった。

 どうやら高嶺さんにはコンプレックスがあるらしい……。

「そっかぁ……。でも、自分の苦手なことに素直に向き合える人は意外と居ないものよ! だからもっと自信を持って!」

 我ながら情けない。

 適当な言葉が見つからなかったのだ。

 本当ならもっと気の利いた言葉がある気がする。

 でも高嶺さんは素直に答えてくれた。

「ありがとうございます! そう言って頂けるとすごく嬉しいです!」

 彼女は本当に素直で実直な女の子なんだと思う。

 私の言葉を額面通りに受け止めてくれたのだ。

「そうだ! サイン会終わったらお食事行きましょうか? 高嶺さんとゆっくりお話もしたいし!」

「そうですね! 是非!」

 本当に不思議な女の子だ。

 私も今まで色々な出会いがあったけれど彼女のような人間は初めてだった。

 色作りの才能がどうだとかではない。

 彼女の持つ独特の雰囲気は私を良い意味で不安にさせた。

 高嶺さんと居ると自分の汚れ具合が見えるような気がしたのだ。

 それほどまでに彼女の存在は無垢だった。

 完全なる純真無垢――。


 サイン会は私の予想に反して大盛況だった。

 高嶺さんも忙しそうに動き回っている。

 彼女は絵本の購買者1人1人に笑顔で「ありがとうございます!」と声を掛けてくれた。

 その日私は手が痛くなるほどサインを書いた。

 購買者のほとんどは子連れの母親で小さな子の手を引いている。

 私は改めて自分の仕事の意味を噛みしめていた。

 書いて入稿するだけでは味わえない感覚だ。

『私はこんな子供たちの為に絵本を書いているのだ……』

 直接、買ってくれた親子の顔を見ているとそんな気持ちになれた。

 100組ほどサインをしただろうか?

 ようやくサインペンのキャップを閉めることが出来た……。

「先生! 今日はお疲れ様でしたー! いやー、大盛況でしたね!」

 担当編集は私にそう言うと満面の笑みを浮かべている。

「ええ、私の予想に反して来客があってよかったです……。今日はありがとうございました」

「ハハハ、さすが樋山先生です! では来月もやりましょうか?」

 本気なのか冗談なのか第2弾もやりたいらしい……。

  

「先生今日は貴重な体験させて頂いてありがとうございました!」

 高嶺さんは汗を拭いながら私に深々と頭を下げた。

「こちらこそ……。高嶺さんが居てくれて本当に良かった!」

「やっぱり先生人気ですよねー! 私も先生の絵本見て育ったのでよく分かります!」

「ウフフ……。ありがとう……。え? あれ高嶺さん私の絵本読んだことあるの?」

「はい! そうなんですよ! ずっと好きで今でもよく読ませて頂いてます!」

 そんな話彼女から聞いたことことは1度もなかった。

「そうだったのね-。ということは……。私の本読んだから教室に参加してくれたのかしら?」

 私の質問に彼女はゆっくりと首を縦に振った――。

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