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1.聖子 遺留品は口ほどに物を言う

 三賀日が空けてすぐに事件は発生した。

 私は公用車(警察車両)で現場である犬吠埼へ向かう羽目になってしまった。

「泉さん。眠そうな顔してんなぁー?」

「正直眠ぃーっすよぉ。伊瀬さんは正月は家族サービスでした?」

「そうだよ。元旦に嫁とうちの子、連れて香取行ってきた」

「いーなー。私はボッチで年越しでしたよー。まぁ元旦の夜は実家戻って家族と過ごせましたけどねー」

 新年の挨拶もろくにせず私たち2人は車を走らせていた。

 事件が発生すれば盆も正月もない。

 私たちの管轄の銚子市内はまだ正月の空気が漂っていた。

 どことなく街の空気は白く靄掛かったように見える。

 銚子は港町で魚の匂いが一年中漂っていた。

 県外からこの街を訪れた人間は余計そんな匂いを感じるらしい。

 私たちは慣れてしまったのかあまり感じないが……。

 私は幼い頃からこの町で育ってきた。

 銚子は水産業が盛んな街だった。

 実際、私の周囲でもそれを生業にする人間は多いように感じる。

 学校の同級生や親類の半分以上は港町ならではの職業に従事していた。

 とにかく銚子は魚と造詣が深い街なのだ。

 嫌になるほどに……。

 市内を走り抜け外房の海岸線に出る。

 長い海岸線を伊瀬さんと走るのは毎度のことだった。

 海岸付近で傷害や殺傷事件の捜査をするのはもう何回目だろう……。

 伊瀬さんとは特に会話もなかった。

 まるで熟練した夫婦のように黙っている。

 彼は本来、国家公務員で俗に言うキャリア組だった。

 そんな彼がこんな片田舎の警察署に居るのにはそれなりの理由があった。

 残念ながら彼は女にだらしないという欠点があったのだ。

 人伝えに聞いた話だと警察上層部の人間の嫁を寝取ったというのがその理由らしい。

 実に下らない理由だと私は思う。

 残念な男だ。変態だし。

 変態……。もとい伊瀬さんは澄ました顔で車を走らせている。

 私の心の中の中傷は幸い届いて居なかったようだ……。

 30分ほど走ると私たちは現場に到着した。

 先に到着していた加瀬刑事は現場検証の真っ最中のようだ。

 加瀬さんも私の先輩だ。

 年下ではあるけど、私よりキャリアは長い。

「おお、加瀬君早えーなぁ。あ、あけおめ!」

「伊瀬さん、お疲れ様です! 今年もよろしくお願いします!」

 加瀬さんは深々と伊瀬さんに挨拶する。

 この男は伊瀬さんの子飼いの刑事で忠実な僕なのだ。

「加瀬さん! 今年もよろしくお願いします」

「泉さんお疲れ! 今年もよろしくなー!」

 挨拶もそこそこに私たちも現場検証に移る……。

 現場の高台には犬吠埼灯台が立っていた。

 その灯台は真っ白で、雲1つ無い青空に空いた大きな穴のようにも見える。

 私は黄色い立ち入り禁止チープを潜って海岸まで歩いて行った。

 真冬の海岸は寒くあまり長居したくないと思った。

 海岸にはずぶ濡れの成人男性が横たわっている。

 どうやら彼が今回の被害者らしい。

「えーと、どうやら飛び込み自殺っぽいっすね。近くに停まっていた乗用車に彼のものらしき免許証がありました。名前は京極大輔、生年月日から年齢は45歳。現住所は調べないと判りませんが、本籍地は茨城県H市!」

 加瀬さんは丁寧に被害者の個人情報を伊瀬さんに伝えた。

 彼らはツーカーの仲なので話はすんなり伝わっているようだ。

 私は聞く耳だけ立てて会話に参加しなかった。

 加瀬さんは私のことが生理的に嫌いらしくいつも煙たがられた。

 仮に質問すれば「あー!?」と怪訝な返答が返ってくるだろう。

 酷い話だ。

 私は彼らを放置して被害者の様子を見に行くことにした。

 遺体の状態はかなり良い。

 目の前に横たわる彼は濡れているだけで静かに眠っているようにさえ見えた。

 通常水死体はもっとグロテスクな見た目になることが多い。

 その姿は綺麗すぎて違和感さえ覚えるほどだ……。

「泉さん! ちゃんと話聞いとけや!」

「はーい。さーせん!」

 心にもなかったけれど、私は加瀬刑事に謝った。

 本心では「黙れクソガキ!」と思ったけれどおくびにも出さないようにした。

 縦社会の悲しいところだ。

「じゃあ、後は鑑識さんに任せて一旦署に戻ろうか? 泉さんも事務仕事やんなきゃいけないだろ?」

「そうすね。とりあえず遺留品上がってきたら連絡ください!」

 私と伊瀬さんは現場検証もほどほどに署に戻ることにした。

 嬉しいことに加瀬さんは現場に残る羽目になったようだ。

 実にいい気味だ。是非風邪でも引いて欲しい。

「泉さんさー。加瀬君のことあんまり怒らせない方がいいよー」

 伊瀬さんは運転しながら私に諭すようにそう言った。

「えー!? だってアイツ嫌いなんすよ! 極力絡みたくない……」

「まぁー相性はあるからしょうがねーけど、泉さん態度と顔に出すぎなんだよねー」

 ほっといてくれ。あんたみたいなド変態に言われたくない。

 その日のうちに被害者の情報はある程度調べることができた。

 被害者は京極大輔。

 年齢45歳独身で結婚歴があり、離婚した妻との間に2人の娘がいる

 現在は定職に就かず日雇いの仕事で生活していたようだ。

 金銭面でトラブルあり、多重債務者のようで、闇金にも手を出していた……。

「よくある話っすね……」

 私は被害者について伊瀬さんに報告し終わると独り言のように呟いた。

「んー? まぁそーな」

 伊瀬さんは特に興味がなさそうだ。

「伊瀬さんあのー。被害者のご家族に連絡したいんすけど、彼の携帯に家族の番号入ってないんですよ。どうします?」

「え? そうなの?」

「ええ、家族の連絡先が登録されてないんすよ。何でなんすかね?」

「色々事情はあるもんだよ。しゃーない……。そしたら泉さん! 直接、娘さんに伝えに行くか?」

私は伊瀬さんの言葉に耳を疑った。

「え? 直接って……。つまり茨城まで行くって?」

「そうだよ」

 マジ勘弁してもらいたい。

 事務仕事が山のようにあるのに……。

 結局私は茨城にある被害者の娘に会いに行く羽目になってしまった。

 被害者の娘さんに辛い知らせをしなければいけないだろう。

 本当に損な役回りだ……。

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