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14.月姫 ウサギとカメのデットヒート⑦

 サインを無事貰った私たちは美術館内のカフェへと向かった。カフェはさっき見た西洋庭園が見渡せるようにガラス張りになっていて、ヘカテー像の後ろ姿も見えた。

「ウフフ……。サイン貰っちゃったねー」

 里奈さんは嬉しそうにサインして貰った絵本を開いて人懐っこい笑顔を浮かべている。私たちが席に着くと店員が注文を取りに来たので紅茶とコーヒーを注文した。

「ほんとですねー。運が良かったですー。私もまさかこの本に出会えるとは思っていなかったので……」

 『つきのめがみとよるのじょおう』の表紙を捲るとさっき書いて貰ったサインが目に入った。達筆な時で『樋山涼花』と書かれ、その横に『京極月姫様へ』と小さく書き込まれていた。達筆だけどその字はすごく柔らかく、樋口さんの人柄が表れているようだ

「そういえばさー。ルナちゃん、さっき作者さんとなんかお話ししてたけどなんかあったの?」

「それが私にもわからないんですよねー。何が何やら……」

 樋口さんは私にサインをしているとき、酷く驚いた顔をしていた。まるで私の顔に何か書かれているんじゃないかと思うほど私の顔を凝視していたのだ。あまりに見つめられすぎて顔に熱くなるほどだった。

 私たちがそんな会話をしていると店員がコーヒーと紅茶を運んできた。里奈さんは丁寧にお辞儀をしながらコーヒーを受け取ると立ちこめる香りを美味しそうな顔をしながら楽しんでいる。私も紅茶を受け取って息を吹きかけてから静かに一口啜った。

「今日は疲れたねー! ルナちゃんも疲れたでしょ? 市内に住んでる私だって疲れたんだもん」

「そうですねー……。正直すごく疲れちゃいました。今日帰ったらすぐ寝ちゃいそうです」

「ゆっくり休みなー。ウラちゃんから聞いてるけどルナちゃん頑張り屋さんみたいだからたまには休まないと疲れちゃうよー」

 どうやら姉は私のことを里奈さんによく話しているようだ。まぁ考えてみれば当然かもしれない。私は姉と里奈さんにとって数少ない共通の知り合いな訳だし。

 里奈さんと会話していると自然と姉の話題になった。彼女が姉のことを大好きだというのが伝わってくる。

「もー、こんなにお姉と仲良しじゃ隠し事とか出来ないじゃないですか!」

「ハハハ、そうだよー。ウラちゃんと私の間には友情では計り知れない何かがあるんだからね!」

 里奈さんの笑顔は本当に素敵だ。姉の気持ちもわからなくもない気がする。冗談なのか本気なのか、姉はもし結婚するなら里奈さんみたいな人が良いと行っていた。(女の子同士じゃないかとツッコミはいれなかったけど……)

 ガラス越しに見える西洋庭園は穏やかな日差しに包まれていた。残念なことに芝生は冬らしく萎れていたけど、それでも彫刻たちは止まった時間の中を楽しむようにその庭に佇んでいる。

「あの……。キョウゴク……。ルナ……さん?」

「え? あ、はい!」

 呼ばれて私は思わず返事してしまった。

 そこにはサイン会で樋山さんの横に居た男性が緊張した様子で立っている。

「あ! え……とですね……。ちょっとだけお時間よろしいですか?」

「はい……。なんでしょうか?」

 正直に言おう。私は不信感たっぷりな言い方をしてしまった。あまり褒められたことではないけど、私は見ず知らずの男性に声を掛けられるのに慣れて居なかった。なので毎回、不必要に威圧的な言い方をしてしまう。

 私のそんな反応を見て彼はかなり引きつった顔をした。どうやらこの人もコミュニケーションに難有りのようだ。

「実は……。ウチの樋山が京極さんとお話ししたいそうなんです! 急にこんなこと言われて気分悪くされたかもしれませんね。すいません」

 彼はそう言いながら冷や汗を流している。こちらが心配になるくらい頼りない人だ。

「大丈夫ですよ? 白石さんでしたっけか? そんなに緊張しないでも……」

「えっ? なんで僕の名前を!?」

「いや……。だってさっき樋山さんがそう呼んでたじゃないですか……」

 白石さんは「あ、そうか」とあたふたしながら言うと、ポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭った。

 私は里奈さんに待って貰って彼に着いていくことにした。樋山さんはバックヤードの控え室にいるらしい。

 彼に案内され、『STAFFONLY』と書かれたドアから美術館のバックヤードに入る。バックヤードの通路には掃除用具と展示に使う什器が無造作に積まれている。私たちはそんな雑然とした通路を進んでいった。

「こ、ここです」

「あの……。白石さん……。なにもそんなに緊張しないでも……」

「あ、はい! すいません。ごめんなさい!」

「いや、だから……。まぁいいです! 入ってもいいですか?」

 私がそう言うと白石さんは慌てた様子で控え室のドアを開いた。

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