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第8話【噂】


記録

第四の事件

日付 十月二十日(木)

発見時刻 午前六時三十分(発見者は教室の時計で確認済み)

発見場所 市内星の杜第一中学校 二年二組学級内

第一発見者 阿久津 翔平(一四)(同中学校 三年二組生徒)(以降、甲とする)

発見時の状況 甲は飼育委員会の仕事をするためいつもより早い時間に登校した。校庭の隅にあるウサギ小屋にて世話をしている際、噂になっていた二年二組の学級が気になり視線を送ると誰かがいた様な気がした。昇降口は当然まだ開いていないはずなので不審に思い校舎に体育館側の鍵が壊れている通用口(二年生以上の生徒なら大体知っている)から侵入すると、件の学級に食用とみられる生肉が高さ約一〇センチ、直径約二〇センチの円錐型に盛られていたところを廊下から教室内を覗き込んで確認した。置かれて間もないことは発見時の肉の湿り気と冷たさから推測がついたということ。甲は昇降口にて出勤してくる教員を待って報告。同中学校教諭の大川原勝おおかわらまさる氏に報告。氏が速やかに処理、廃棄した。生徒の目撃者は他にはなかったと思うとのことだった。

追記

甲が現場を確認した直後、廊下にて子どもらしき人影を見た様な気がすると証言。見間違いの可能性も含めて検討の余地あり。



「あぁ、朝川先輩。ようやく会えた」

朝川陽子は怪訝な顔をして女子ソフトボール部の部室前に立っている制服姿の隼斗に視線を移す。時刻は十七時。星の杜一中の完全下校時間である。十月の東北は日暮れが早く、とっぷりと日がくれていた。

「ええと、あなたは一年生の夏目くんだよね。丸から聞いてるわ。私に何の用かしら」

きっと「丸」とは丸山先輩のことだろうと思い二人の間柄を隼斗はなんとなく想像する。

「そこまで話がいっているなら、説明はいらないですよね。例の件で少しだけ話を聞かせてもらえたらと思ってきたんです」

陽子は「はぁ」とため息を一つつくと「着替えてくるから待ってて」と部室の中へ入っていった。

数分後、隼斗と同じブレザーに身を包んだショートカットの陽子が現れた。さっきまで着ていたユニフォーム姿とはだいぶ印象が変わる。

「ごめんね、お待たせ。やだ、汗臭くないかな。明美、シーブリーズ貸して」

陽子は明美と呼ばれた同学年と思しき女子生徒からクリアーイエローのボトルを受け取ると慣れた手つきで首筋に液体を塗る。あたりにふわっと甘い匂が立ち込める。

「それで、先輩」

「あ、ごめん。明美、サンキュ(ボトルを先ほどの女子生徒に投げる)。ごめん、部室の鍵戻しておいてもらってもいい? ごめん、頼んだ。ええと、それであの件でしょ。歩きながらでもいいかしら」

「はい、大丈夫です」

校門を出て二人は同じ方面に歩き出す。遠くの山には太陽が沈んだはずなのにまだぼやっとだけ紫色が残っていた。

「それで、聞きたいことって何かしら。教頭先生には一応全部話したんだけど」

「じゃあ単刀直入に質問させてください。ずばり朝川先輩はどうして生肉が置かれていると思いますか」

その質問に陽子の表情に少しばかり影か落ちるのを隼斗は見つけた。

「難しい事を聞くわね。でも、まぁ客観的に見たら気持ち悪いからよねきっと。机の上にステーキが置かれているより生肉が置かれていた方が絶対的に気持ちが悪い。だから、そこにあるのは悪意よね。ただ、丸がそこまで誰かの恨みを買っているとは思えないんだけどね」

「なるほど、ちなみに置かれていた肉を先輩も発見したと聞いているんですが、その変な話なんですけれど――」

「なによ、言ってみなさいよ」と陽子が隼斗を促す。

「あの肉って先輩でも用意することはできますか」

陽子は何かを察したように沈黙をする。そして立ち止まって隼斗をまっすぐ見ると、

「夏目くん、私のことを疑っているのね。そんな話をするのならあなたに話す事はないわ。私の家知ってるでしょ。朝早いのよ。さっさと帰ってご飯食べたいんだけど」隼斗は言い表しようのない冷たい熱を感じたような気がした。

「ごめんさい、でも、疑うのも探偵の仕事なんです。可能性は全部潰したくて」

「ま、それもそうよね」

次の瞬間陽子はもうケロっとしている。

「ちなみに、肉を手に入れることは可能よ。ウチは養豚場やってるしね。加工後の肉だって家にあるわ。一応、これが答えっていうことでいいかしら」

「はい。すみません、変なこと聞いて」

「いいのよ、早く解決してあげて。丸は結構参ってるみたいだから。家の方だってあんまり良くないみたいだし」

「ちなみに、家の方って」

「あれ、夏目くん聞いたことない? 丸の家に関する噂。ここ最近、出回っていて私も迷惑しているところなのよ。実際のところは私も知らないんだけどね」

そう言って陽子は宵の明星が昇る藍色の天を仰いだ。



「丸山さんのところの旦那さん、不倫してるって噂なんです」

「えっ」と篤夫はつい大きな声を出してしまう。田島氏が言っていた「離婚が近いかも知れないという話」はここに繋がる訳かと頭の中で線を結んだ。

「いや、あくまでも噂なんです」と、みどりは声をひそめる。

「ちなみに不倫の相手はわかっているですか」

篤夫は当然の質問をなげかける。

「ええ、これが少し問題で、その相手が同級生のお母さんなんだって話なんです。あの、『朝川養豚』ってご存知ですか」

篤夫は「いえ」首を振る。

「朝川さんは丸山さんのお肉屋さんと契約をされている養豚場なんです。そこの奥さんと丸山さんの旦那さんって同級生なんですよ。そして、お子さん同士も同級生なんです」

「え、ではそこの二人が……」

「そうなんです」とみどりは神妙な顔つきで頷く。

「ついこの間も二人でいるところを見たっていう話を聞きますし。商店街では結構有名な話なんですよ。それまでは本当に幸せそうなおしどり夫婦だっただけに、息子さんが可哀想でねぇ。それに加えて今回の事件でしょ、泣きっ面に蜂どころじゃないですよね」

みどりは心底同情している様子で語る。

「ちなみに、みどりさんはこの辺りご出身ではないんですよね、たしか」

「ええ、私は関東の出ですので。ただ、旦那は丸山さんの旦那さんの二つ上で生まれてこのかたここなんです。あの人が言うには、当時からあの二人は仲が良かったらしいですよ。部活も同じで。付き合っていた時期があるんじゃないかって言われていたほどみたいで。でも、朝川さんのご実家は厳しいお家で、許嫁がいたんですって」

「それが今の旦那さんなわけですね」

「昔は結婚なんて自由にできるものではありませんでしたからねぇ」

老婆が独り言のように呟く。

ここまでの話を篤夫は整理する。ここまでくると、生肉の事件とこの不倫問題がいよいよ関係性を持ってくるような気がしてくる。いったん、全てを机の上に広げて隼斗と話をしないといけないだろう。そして、丸山父と朝川母の過去も少し調べて見ないといけないだろう。

礼を言って篤夫は森本茶房を後にした。帰りに壮助に頼まれた柚子を買って帰らねばと田島青果に寄ろうと商店街を歩いていると偶然、乳白色の包みを抱えた丸山少年に出会った。なんでも肉をお得様に届けに行くお使いの途中だとか。急いでいるからと言って簡単な挨拶だけすると彼は奥様方でごったがいをしている夕方の喧騒に消えていった。青果店に到着すると篤夫は、先日のようにゆっくり話を聞く間も無く買い物を済ませると肌寒くなった夕暮れの道を夏目邸に向けて早足で歩き出すのだった。

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