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第2話【探偵】


簡単な自己紹介もそこそこに、満足げに篤夫の持参した肉まんを平らげると時刻は午後六時を回る。

「それじゃあ丸山くんもそろそろ帰らないとお家の方が心配するんじゃないないのかい」

壮助がそれとなく丸山少年に帰宅を促す。

「いや、大丈夫ですよ。最近うちの両親はずっと機嫌が悪いから。でも、」そこまで言ってから一つゲップをする。すみません、と少し照れた後で「塾の時間だから」といって夏目家を後にした。

「いまどきの子は受験生でもないのに塾になんて行くんですね」と篤夫が感心したような声を上げる。

「わしらが子どもの頃に比べたらうんと忙しいですなぁ、彼らは。まぁ、隼斗は分かりませんけどね」

そう言って、壮助がカウンターに着席場所を変えていた隼斗の方をちらりと見る。

「俺だって忙しいから。って、その人のこと、紹介してよ。今回の助手なんでしょ」

その言葉に少し反応してびくっとしたのは篤夫だった。

それにしても、肉屋の息子が持ち込んだ事件の助手にこの風貌の篤夫を呼びこんでくるとは何ともおあつらえむきというか、冗談がきいているというか、何とも壮助らしい支配だと隼斗は思った。

「じゃあ、篤夫君には隼斗の部屋の隣の客間を使ってもらうから荷物置きがてら、お互い自己紹介をしておいで。わしは既によく知っておるんでね。その間に夕食の準備をして置くかの。ほれ、隼斗、案内してあげなさい」

そう言い残して壮助がキッチンの向こうの物置に姿を消した。リビングで立ちつくす篤夫と、カウンターから品定めをするようにそれを見つめる。十分過ぎるくらい気まずい空間。

「こっち」

隼斗はひょいとカウンター用の背が高い椅子から飛び降りて奥の部屋に顎を向ける。「あっ、はい」と篤夫が両手に提げた紙袋をごそごそと音を立てながら移動を始める。隼斗の見おぼえないどこかの百貨店の袋だった。

古民家を数年前にリフォームして作ったカフェの様なこの家は板張りの床がぎしぎし軋むのは御愛嬌だ。しかし、篤夫ほどの巨漢が歩くと軋み方もまた人一倍で、床板も思わぬ強襲に悲鳴を上げているようだった。

「あっ、あの」

中途半端に裏返った様な声を上げたのは篤夫だった。

「ん」

先を歩く隼斗が振り返る。そして、「トイレはそっちだけど」今歩いてきた廊下を指指して言う。

「あ、いやそうじゃなくて、隼斗君は何年生なんだい、中学生でいいんだよね」

篤夫は緊張した様子で質問をする。

「あぁ、俺は中一だよ。じいじ、いや、じいちゃんから聞いてないの?」

「そうなんだ、お爺さんからは孫ってしか聞いてなかったから、歳はもちろんだけど、男の子なのか、女の子なのかもさっきまで知らなくてね」

「ふぅん、そうなんだ」

そして、二人は廊下の突き当たりに到達する。篤夫は家の中でもしっかりと靴下をはいているような真面目そうな目の前の少年、夏目隼斗の印象を捕えあぐねていた。何とも掴みどころない少年だ。どこか影があるようにも見えるけど、ただ単に年頃の反発感に見えなくもない。

「ここがおじさんの部屋ね。俺の部屋はこっち、隣にいるから用がある時は声掛けてよ。でも、部屋開ける時は必ずノックしてよね」

「わかった。じゃあ、ちょっと荷物を置かせてもらうね」

篤夫はドアノブを捻り木製のドアを開ける。ギギッと先ほどまで廊下の床板が鳴っていたような音を立てて部屋に入る。隼斗は気がつくともう自室に消えていた。

客間というには少し手狭にも感じる六畳ほどの和室。その正面には大きな観音開きの窓が据え付けられ、さらに向こうには暮れゆく田舎の陽が見えた。申し訳程度に積まれた布団の横に肩の肉に食い込んでいたボストンバッグをどさっと下ろす。

篤夫は先の住まいで合った横浜からずいぶんと遠くまで来た様な気がした。

今年の四月まではいたって順調だった彼の人生は、急転していた。急転直下だった。

横浜中華街と聞けばだれもが思い浮かぶであろうあのにぎやかなチャイナタウン。篤夫はその中でもその玄関口とも言われる朝陽門から一本裏路地にはいってもそれでも一等地と呼べるような場所で肉まんの専門店を営んでいた。父親から継いだ大事な店だった。ところが、だ。

運命の四月。なんと篤夫の店の向かい側に、関西では有名な肉まんチェーン店が関東初進出を歌って出店をしてきたのだった。篤夫の店にも当然固定客はいた。それでもマスコミがこぞって報道をしていくようなお金の掛からない宣伝が出来た大手のチェーン店に太刀打ちできるはずもなく、瞬く間に客足は向かい側の店へと動き、経営は火の車となっていった。

そして、店をたたむ決心をしたのが今年の九月のことだった。蓄えはまだ少しだけある。既に他界をしていた父には申し訳なかったが、愛知に住む実家の母は「今度はあんたのやりたい事をやりなさい」とその決心を後押ししてくれた。

そして、この部屋に辿り着いた。

篤夫は物思いから戻ってくると改めて室内を見回した。自分には少し小さな文机、だが質は良さそうだし、よくよく見てみると敷かれている畳もなかなか上物のように見えた。無駄なものは一切置かれていないが、決して不自由の無さそうな部屋だった。ここで俺は期限が二カ月と定められた仕事に取り掛かることになる。改めて自分に叱咤すべくその肉厚なほほをパチンとたたく。その音は薄い壁で隔てられているだけの隣の部屋にいる隼斗にも届いていた。

「おっさん、なにしてんだろ」

思わず独り言を口にしてしまった自分に少し驚きつつも、隼斗は壁から視線を机の上に戻す。数学の問題集。さっきのドタバタ劇のせいで宿題は中途半端だったのだ。自室へと戻ることを一瞬でも面倒に思ってしまった自分を呪う。問題は相変わらず分数を係数とする式を要求する隼斗の嫌いなものであって一向に進まない。それに加えてあの新しい助手の存在だ。いかにもノロマで鈍感そうなあの巨漢をどうして壮助は採用したのだろうとまた余計な疑問が湧いてくる。なんとか目の前の問題に集中しようと深呼吸を一つした次の瞬間、隼斗の集中を散らさんばかりに無情にも乾いたノックの音と篤夫の間の抜けたような声が響いた。

「隼斗くんちょっと良いかな」

その声が彼の鼓膜を振動させた瞬間、隼斗はプツリと糸が切れた人形のように動きとめた。そして「はぁ」とあきらめが聞こえるため息をひとつ。

「開いているからどうぞ」

その返答を聞いた篤夫がドアを開ける。荷物はすべて自室に置いてきたようで身軽だ。

「ごめんね、今案内してもらったばかりなのに」

篤夫は敬語こそ使っていないものの、やはり隼斗に対する言葉遣いは丁寧なままだ。彼元来の性格がこんな所にはよく出ているということだと隼斗は感じていた。

「いや、別にいいけどさ。どうしたの」

ベッドに腰掛けた隼斗は篤夫に投げかける。

「ええと、まだ子供の君にこんな話を聞くのもなんだか変な感じがするんだけど、今回の仕事に関して教えてもらいたくてさ」


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