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第14話【探偵と助手】


十月二十五日(水)

カランカランとカウベル調の音ともに店内に入るとこの間と同じコーヒーの香りが篤夫と隼斗を包み込む。篤夫は学校帰りの隼斗とは商店街の入口で合流した。

「いらっしゃいませ。あら、篤夫さんに隼斗くん」

迎えてくれた敬子は前回とほとんど変わらない姿だ。今日もきっちりと纏められたポニーテールがよく似合っている。店内には誰もいなかった。

「じゃあ、コーヒーとミルクティーを」

注文は篤夫がする。隼斗はこの間と同じカウンターの席に座る。お気に入りなのだろうと思いながら篤夫はその隣に腰掛ける。

「はい、少々お待ちを。あ、そういえば例の事件結局まだ犯人が見つかっていないみたいですね。どうなるんだろうってお母さんたちの間ではまだ持ちきりですよ。どうです、解決できそうなんですか?」

「おばさん、調査情報は秘匿の義務があって言えないんだよ」

隼斗がさらりと敬子の質問をかわす。とてもじゃないが、迷宮入りにさせましたとはいえないだろう。

「でも、もう事件は起こらないと思いますよ」と篤夫はそれに付け足した。

「あら、それは何よりです。丸山くんもこれで少し気持ちが落ち着きますね」

敬子はいささかホッとした様子だ。おそらく奥様方から散々話を聞かされていたのだろう。

「それで、篤夫さんはいつまでこちらに?」

「あぁ、今日は実は一日延長で残っているんですけど、明日の午前中には発つ予定です」

「あら、寂しくなりますわ。事件がなくても時々遊びにきてくださいね。多分お忙しくて、ちゃんとこの町の良いところ観れてないでしょうし。港が近いからお魚が美味しいんですよ」

そう言われて篤夫は二日目の夜に食べたイワシ料理を思い出していた。とはいえ、それに限らず壮助の料理はどれもうまかった。

「ええ、もちろんです。なんだか思い入れの深い街になってしまったので」

それを隼斗は出された水に口をつけながら複雑な表情で聞いていた。

「ぜひ、そうなさってください。ウチにも顔出してくださいね。はい、お待たせしました」

二人の前にそれぞれカップが出される。ほろ苦い香りとハニーシュガー入りの甘いミルクティーの香りが心地よい調和を生んでいた。

「もちろんです、隼斗くんも好きみたいだし、またご馳走しに来ないと」

「あら、それはいいこと。隼斗くん良かったわね」

敬子が笑いかけたことでようやく隼斗は微笑みを返す。こうも分かりやすく寂しがられてしまうと篤夫も困ってしまう。

「ところで、お客さんからねまた気になる噂を聞いたんですけど、お二人、気になります?」

敬子なりの助け舟だったのかもしれないそれに隼斗が反応して徐々に彼はいつもの調子を取り戻していった。そして、二人して店を出ることには隼斗も完全にいつも通りの生意気な中学一年生になっていて篤夫は敬子に対して感謝しかなかった。

「それじゃまた」

「ええ、お元気で。でも、なんだか不思議ね、私、篤夫さんとはまたすぐに会える気がするの。楽しみにしてますわ」

敬子の謎めいた冗談さえなんだか篤夫は心地よく、これでいい別れができると思った。

道中は商店街を抜けたところで篤夫の眼鏡に何か小さいものがぶつかって消えた。

「あれ」

「おじさん、雪だよ。間に合った」

隼斗が声をあげた。時期はまだ十月の末。あまりにも早い初雪に隼斗は驚いているようだったがそれは篤夫もだった。確かに今日は十二月ばりの寒波だとは天気予報で入っていた気もするがここまでとは。

「え、間に合ったって?」

「丸山先輩には事件をご両親の結婚記念日までには解決して欲しいって言われたんだ。月末っていうから、俺、勝手に冬になるまでには解決しなきゃなぁって思ってて。だから、ほら、間に合った」

そう言って手のひらに氷の粒を積もらせた隼斗が篤夫に見せる。

「そうだったんだ。それは、良かった。そういえば、今日が記念日だったよね。二十七日だ」

「うん。にしても、こんな時期に雪なんて見たことない。何かいいことあるのかも」

「どうしてそうなるんだい?」

「珍しいことは意外と続くもんなんだ。よく、じいじが言ってるんだ」

「そうか、じゃあ、ひとまず風邪をひかないようにさっさと帰らないと」

そうして二人してコートの襟を立てると、競歩選手の真似をするかのように早足で夏目邸を目指した。頭の上を白くしながらようやく到着した夏目邸の玄関には見慣れない靴が一足あった。女性物のブーツだ。

「ただいま」

隼斗がまずリビングへと入っていくと、ロングヘアーの若い女性が相談席のソファに腰掛けていた。

「おお、丁度うちの自慢の探偵と助手が帰ってきましたぞ。ああ、篤夫くん契約は更新ということでよろしいかな」

「いや、ご依頼人の前で申し訳ないんですが、僕は今日までという契約なので」

「ほう、わしの求人広告は隅から隅までしっかり読んでもらわんと困るのう」

依頼人と思しき女性は突然始まった内輪話に戸惑っている。しかし、篤夫も尋ねずにはいられない。

「え、どういうことでしょう」

「あの広告の最後に『ただしこれらの条件は全て弊探偵事務所の都合にて変動する場合がございます』と記載をしていたと思うがのう。新しい依頼がきたので契約は更新じゃぞ、篤夫くん。よいかな?」

そんなことが求人広告の端に小さく書かれたような気もするが、篤夫にとってはもうどちらでもよくなってしまっていた。そして、二つ返事を返すとすでにソファに腰掛けている小さな探偵の横にそっと座りメモの準備をした。そして、壮助はさっと席を譲ると自慢のサイフォンを温め始まる。

窓の外にちらつく氷の粒たちは付いたり離れたり玄関の黄色い明かりの中を舞っていた。



「ええ、大丈夫。私が関わっているとは微塵も思っていない感じだったわ。そう、お肉の入手ルートについては彼らにとっては些末な問題だったみたいね。まさか、丸山君がウチに届けたお肉を私が陽子ちゃんに横流ししていたなんて考えもつかないでしょうね。それに、学年ごとの情報操作も悟られてないみたいだったし。早い段階で夏目くんの耳に入っちゃたら動きにくかったもんね。でも、お母さんたちの件がちゃんと明らかになって良かったわ。ええ、いいのよ、また何かあったら相談して。大丈夫、私は陽子ちゃんの味方だから。それじゃまた。おやすみなさい」

女は受話器を置くと年季の入ったブラウンの革張りの手帳を閉じた。今回の案件の経緯がまとめられているノートだった。依頼人への報告も済んだし、首尾は完璧だったと自負していた。最後に関しては彼らの方から報告にきてくれたようなものだからこちらで調査する必要がなくなったのは日頃の行いの賜物だろう。

世の中には力がないばかりに泣きを見る人が多い。女はそんな人々の代理人。明日もこの小さな街で力なき誰かのために策を弄する。

「さてと、私もそろそろ帰ろうかしら」

カウンターの上だけに明かりが灯った薄暗い店内。その最後の明かりを消灯すると女は丁寧に玄関を施錠する。そして、カギの絵があしらわれた明かりを消すと辺りは闇に包まれた。



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