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昏い水溜まり  作者: ジャスミン弐式
4/7

16~21

16. 

 向かいの席に座った相棒は次々に皿を取って寿司を平らげていく。

 なんとなく思い出したことを言ってみた。

「仕事柄、生ものは避けているんじゃなかったっけ?」

「寿司は別」

 実に美味しそうに食べている。

 自分も好物のえんがわを追加注文した。

「結局B地区だけが祭り中止になったのかな。FとGはどうしたんだろう」

 FとGはBに隣接する地区だ。

「空気を読んで中止、したりするのかもね」

 相棒はタッチパネルを操作しながら言った。

 さらに、

「祭り出ないんだからいいじゃん」

 山車が燃えても別にいいじゃん、みたいな。そう言われると元も子もない。

 我が地域の祭は、若い男と結婚した女だけのものであると言っても過言ではなかった。

 あの後、起きた事件は花屋に放火があったくらいか。すぐ消し止められたが。

 吉池の姉が首を吊ったという噂もあるが、ソースは掲示板である。

 しかし掲示板には明らかに近所だろう者の書き込みも確実に認められた。

 勢いに乗って自分の個人情報まで流出しないかハラハラしている。

 新幹線が運んできたえんがわを受け取って、

「でもこんなに悪いことが続けて起きると、実は裏ですべて繋がってるなんて可能性を考えるよ」

「そうだねえ」

 寿司をつまんでいた手をいったん置き、相棒は、

「こういう商売してると時々、あるよ」

 真っ直ぐこちらを見つめていった。

「何か、人以外の力が働いてるって思うとき」

 超超現実主義者の相棒の言葉とは思えなかった。

「人以外って、おばけとか?」

「神とか。大体悪質な何か」


 今日はおもちゃ屋で、今にも動き出しそうなつぎはぎだらけの不気味なキーホルダーを手に入れたのが一番の収穫だった。

 相棒のリクエストで周った水族館もわりと美味しそうで楽しかった。それで夕食は寿司で、となったのだ。

 相棒がお土産のぬいぐるみを買ってくれると言ったが、手に余りそうなので辞退した。

 ドンキで新商品のお菓子や特売品をチェックして、本日の行事は終了となる。

 戦利品と遊び疲れた二人を乗せて、夜の国道を白い自動車が走る。

「人を付けようか?」

 相棒が突然言った。

 尋ねる。

「人を?私に?」

「うん。警察がいっぱいいるのがちょっと嫌なんだけど」

「やめて。見張られるみたいで気持ちが悪い」

「やっぱりそうか。黙ってつけりゃよかった。言わないと悪いかなって思って」

「それこそやめて。こんな状況で何かに追い回されてたら頭がおかしくなりそう」

「じゃあ、人が来ても応対しないようにして」

「それは…無理だよ。近所の人が訪ねてくるかもしれないし。一応両親の家を留守番してるってことで置いてもらってるから」

「カメラつきインターホンに変えよう。早いうちにそっちへ行くようにさせるから」

「家に上がるの?」

「上がる」

「めんどくさい」

「我慢して」

 玄関廻りを掃除することを想像して猛烈に面倒くさい気分になった。

 相棒が続ける。

「それと、用がないときは外出しないようにするって約束してほしい」

「用がないときは外出してないよ」

「ネットスーパーとか利用して。宅配ボックスも設置しようか。セコムは入ろう。掃除したいだろうし、都合のいい日を後で教えてね」

 家が随分改造されてしまいそうだ。

 真っ直ぐ前を見つめたまま相棒が続ける。

「遠く離れたところで仙人みたいな生活してる君が心配だよ」

「すみません」

 なんと言っていいかわからず謝ってしまった。


「まだドア開けないで」

 家について、相棒がまず外に降りた。

 それからぐるりと自分のほうへ周ってドアを開けてくれた。

「ありがとう」

 そう言って降りると、すぐさま背中に手を添えられた。

 人の気配はない。事件が起きる前も、この時間帯は静かだった。

 ビニールシートがかけられたままの増山家からも、当然のことながら物音ひとつしない。

 ざりざりと二人で砂利を踏みしめながら玄関へ向かう。

 相棒が、

「もっと音の出る砂利があるよ。変えようか」

「なんだか忙しくなりそうだから、いい」

 半分うんざりした声で返事をした。

 ドアの鍵を開け、中に入る。

 半開きのドアから、

「今日はありがとう。気を付けて帰って」

「そちらこそ気を付けて、ありがとう。すぐ鍵閉めて」

 砂利を踏みしめる音が遠ざかり、自動車のドアが閉まる音。

 それからタイヤと地面がこすれる音が響き、自分も居間へ上がった。



17.

 女の悲鳴で目を覚ましたのは朝の5時頃であった。

 東の窓から突き抜けてきたのだ。また花屋にいたずらでもしているのだろうか。雨戸を閉めたほうがいいかもしれない。

 女の悲鳴は2度、3度と続いた。

 また火が出たりしてるのかもしれないし、外を見たほうがいいかもしれない。

 玄関へ行くより、このままベランダへ出たほうが外を見渡せるし、安全だ。

 枕もとのスリッパをはき、東の窓へ向かい、鍵を下ろす。

 窓を開けてベランダに出る。ベランダはもう何年も掃除していないから、一度裸足で出られるほどに掃除したほうがいいだろう。

 

 ベランダから花屋、八百屋、正面のパン屋が見渡せる。

 どこを見ても人がいなかった。

 悲鳴どころか人の気配すらしない。

 寝ぼけて聞き間違えたのか、と一瞬思うほどだった。

 ただ、パン屋の看板に見慣れないものが。

 ぶら下がっていた。

 この地域の中学校の制服を着た、女の子だった。


 女の泣き声と、怒号が響いていた。

 駆け付けてきたサイレンは、警察のものか、レスキューなのか。

 パン屋の家の者に見られるだろうから、ベランダにはとどまらなかった。

 状況的に野次馬もしに行きにくい。

 今頃、女の子を下ろしてるのだろうが、相当高い場所にぶら下がったあれをどうやって下ろしているのだろうか。

 正直、見に行きたくてたまらなかった。

 とても寝てはいられないので、トレーディングルームへと降りた。

 朝も早すぎるので、相棒にラインを送るのも憚られる。

 パソコンを付けてスレッドを覗いた。

〔速報:A市Bのパン屋クレッシェンドの看板でJCが首吊り〕

 お前絶対近所だろう。朝も早くから実況してるであろう半径数十メートル以内の同胞の存在に胸が熱くなった。

 何か食べないと正午になるまでに眠くなってしまうので、早いが朝食にすることにした。

 プレートに数種類保存食を並べてトレーディングルームへ運んだ。

 味の馴染んだ保存食を楽しみながらスレッドの流れを追いかけることにした。


〔どう見ても足元から地面までの距離が2メートル以上あった。足元に足場のようなものは無し、自殺では絶対ない。だが他殺の場合、一人であの位置へ吊るすのはそれなりの道具クレーンなどが必要〕

〔お前絶対近所だろ〕

〔巨大な氷がなんとかかんとか〕

〔なんのために吊るしたんだろうな〕

〔増山家の犯人と同一人物じゃね?足を残したことにも、吊るしたことにも、意味はない〕

〔ただでさえ限界集落なのに、こうやって壊滅へ向かうのか。なんだか感慨深いな〕

〔事故と事件を分けようぜ。一旦まとめよう〕

〔近所のやつ、誰か飲みに行こうぜ!〕

 その飲み会、安全なのか?


【速報】

【時報乙】

【パン屋の看板で首吊り】

【あのパン屋首が吊れそうな高さの看板あった?】

【実際どうやってあの高さで吊ったのか不思議】

【あの看板かー。まじなの?】

【今回は目撃しました】

【嫌なもの見たね。かわいそう】

【あんな死体見たことない】

【マフィアの見せしめでも滅多にねーよ、そんなの】

【勝負しよう。今まで見た死体で一番奇抜だったのは?】

【戦わせようとするなwそうだな…】

 そのあと相棒がした発言は、自分の心に大きなトラウマを残した。


 ネットのチラシを見ると今日は茄子が安いようだった。

 たくさん買って作り置きしておきたい。が、他に用事がないので相棒に言えば我慢しろ、と言われるだろう。

 黙って出かけることにした。


 玄関を出ると、パン屋の看板に警察関係者と思しき作業着を着た人々が群がっていた。

 指紋を取っているのだろう、大きな脚立を使い数人で支えている。

 相変わらず、それをさらにカメラを構えた集団が取り囲んでいた。

 自宅の一部くらいは、ニュースに出演しているに違いない。


 3時に茄子の揚げ浸しを大量に作って、一階の掃除をした。

 カメラ付きインターホンは一人暮らしになるとき付けようか迷っていたものだ。

 相棒が付けてくれるというのだから、思えば渡りに船なのである。

 ふと掃除をしながら、海外の両親になんの連絡も取っていないのを思い出した。

 彼らはスマホを持っていないので、緊急の連絡は国際電話だけになる。

 なので普段なにもなければ、電話するようなこともない。

 心配させたくないので、向こうから何か言ってこなければ、こちらから不安になるようなことを言うまでもないだろう。

 弟はさすがにネットでニュースくらい見るのではないだろうか。

 こちらがラインを送っても、返事もよこさないこと多数だが、さすがに今回「大丈夫?」の一言もないのは寂しい。


 2階の妹の部屋をざっとはたきをかけ、クイックルワイパーをした。

 あまり安全上好ましくないのだが、窓を開け、網戸にした。さすがに埃っぽい。

 この部屋なら窓は東の掃き出し窓一つだ。雨戸を閉めてしまえば音はずいぶんとカットされる。

 一時間ほど換気して、窓を閉めて寝具を運び込んだ。



18.

 何者にも邪魔されず8時半の目覚ましまで眠った。

 パソコンのスリープを解除しスレッドを覗くと、

〔パン屋クレッシェンドで再び首吊り〕

 雨戸の防音効果は大したものである。

 当初のような驚きはなかった。ああ、今日は「ある日」なのか。そのくらいの感覚だった。

 首を吊ったのは女子中学生。前日に首を吊ったのはパン屋の長女だった。今日はその妹の可能性があるとのことだった。

【速報:パン屋でまたJCが首吊り】

【ああ、貴重なJCが…】


 ニュースで吉池太陽が凶行に走った理由が報道されていた。

 兄のことを理由にクビにされたから、それだけだった。


【今日インターホンつけに業者が行くから】

【ありがとう】

【依頼者の名前ちゃんと確認してドア開けてね】

【がってん】


 業者はこちらから言うまでもなく、相棒の名前を確認してきた。

 承知していると言って家に上げた。

 最近物騒ですからねー、今日も変なニュースありましたよねー、この辺でしたっけー、など色々話を振ってくるかと思って構えていたが、業者はてきぱきと作業を終わらせて帰っていった。

 インターホンのカメラを起動させてみると玄関先と、表の通りの一部が確認できた。

 マイクもついているのでこれからは玄関を開けずに応対ができる。


 2階をサラサラとクイックルワイパーをかけた。

 セコムが来れば窓にセンサーを付けるだろうが、窓枠など年末以来触っていない。

 そんなに汚くもないので、そのままにしておいた。

 両親が海外に行くまえにリフォームをしたのだが、その時に大掃除をした。

 なので二階のほとんどの部屋に荷物はない。

 古くなっていた風呂釜やキッチンのコンロも変えたため、それなりの金額が出て行った

 以前自室だった部屋もあるが、もっぱらトレーディングルームで過ごすので今は書庫となっている。

 弟の部屋は、それまで住んでいた一人住まいの荷物が詰め込まれている。

 電源の入っていない冷蔵庫や洗濯機、ダイニングテーブルなどの大物や、本の詰まった箱などだ。

 寮住まいとなったのでこれらのものが不要になったのだ。

 正直帰ってきてもらいたい。

 窓の下を占領していないことを確認して、ここもさらりと掃いて終わりにした。


19.

 ドン!という大きな音と足元を通して振動を感じたのは夜9時ころだった。

 交通事故だな、と思った。小さいころ近くのY字路に車が突っ込んだ時の音に感じが似ていた。

 しかし聞こえてきたのは火災の放送であった。

『火災、発生、火災、発生、場所は、A市、B、B公民館南西150メートル、付近の、建物火災、です』

 ではさっきの音は爆発音だろうか。

 すぐそばにある消防機関からサイレンを鳴らして消防車が飛び出していく。

 

 野次馬は地元の有志にまかせた。

 パソコンの前に座りお気に入りに入れておいたスレッドを見に行く。

〔A市、居酒屋「清蘭」が爆発〕

 ああ、あの、やってるのかやってないのかわからない居酒屋か。

〔離れてください言われて近づけない〕

〔もしかしてお前黒いTシャツ着てるやつ?〕

〔火は消えてるけどすっごい水掛けられてる〕

 こんなときインスタグラムをやっていたら新鮮な画像が見れるのだろうか。

 そんなことを思っていたら、誰かが画像をアップした。

 黒い煙が上がり、建物の二階部分が地面の上にあった。店舗部分が完全につぶれている。

〔お前黒いTシャツ着てるやつだろ〕

〔お店に客とかいたんか?〕

〔ガス爆発かな〕

 スマホに手を伸ばした。

【ガス爆発】

【バスが?】

【居酒屋】

【また近所ですか?】

【近所】

【…ですよねー】

【掃除終わった】

【おk。セコム行かせる】


 後のニュースで分かったことは、その日消防団の慰労会が居酒屋「清蘭」で行われていたことだ。

 爆発はやはりガス爆発であり、店主とバイト2名、地区の消防団員14名が犠牲となった。

 守りの力が一網打尽にされた格好である。


20.

 早くも朝、セコムから3時過ぎには伺うと連絡があった。

 やってきたセコムは、そんなところにまで?という箇所にまでセンサーを付けていった。

 一階の窓すべてにセコムのシールが貼られ、非常ボタンというリモコンのようなものも1階と2階にひとつずつ付けられた。

 異常があれば10分以内に駆け付けるとのことだった。

 これで10分身を守れば良くなった。

 10分も生きていられればの話だが。

 

21.

 年相応の趣味とは言えないかもしれないが、貯金を趣味にしている。

 今はある一定額を目指していて、達成したら両親の住む家に時々遊びに行ってスキューバに挑戦しようと考えていた。

 が、一度もチャレンジしないまま人生を終えるかもしれない。

 そう考えたところで両親のことを思い出した。

 次に何か起きたら、まとめて報告しよう。


 が、しばらくはなにも起こらなかった。

 ただ、花屋のほうで奇声を上げたり、明らかに増山家の敷地内に入り込んで爆竹を鳴らす者があったりすることがあった。



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