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昏い水溜まり  作者: ジャスミン弐式
3/7

8~15

8.

 テンションを上げるためにあまざらしを鼻歌で歌っていた。

 セッティングを完了すると、ニュースを自動再生させる。

 続いてスマホのゲームを起動させる。

 こうしてゲームに夢中になるから、みんなが知ってるような有名なニュースを平気で聞き流す。

 しかしその日は違った。

『X県A市…』

 マルチバトルのアイコンをタップした手が止まる。

『Dで』

 早く消化しないと体力がもったいない。

『殺人事件がありました』

 店の近くだ。

 店を任せている従妹の顔が頭に浮かんだ。

 背筋が凍った。

 彼女ではないはず。なんの連絡もない。今日もこの時間にはもう店を開けているはずだ。

『午後8時ころ、居酒屋「ごちそうさん」で客同士が争っていると110番通報がありました』

 店までの道のりにある居酒屋だ。

『刺されたのはEに住む大地将さん28歳。救急病院に搬送されましたが間もなく死亡が確認されました』

 自分がスレッドを追いかけるのに夢中になっていたころか。

 次の一言に思わず目を見張った。

『逮捕されたのはDに住む吉池哲也容疑者24歳』

 花屋、フラワーショップよしいけの長男だった。

『吉池容疑者は大地さんを刺した後、Bにある実家へ潜伏いたところを逮捕されました』

 長男とは小学校のころ以来面識がない。画面に表示された画像にはなんの面影も感じられなかった。

 ゲーム画面を閉じて、

【速報:花屋の長男が殺人】

 返信はすぐにあった。

【その土地は残念ながら神罰が下ったようです】

【神様なんて信じてないくせに】

【引っ越しマジでおすすめ。アメリカへようこそ】

【こんな理由で引っ越したくない】

【おっと仕事です】

【いってら】

『Y動物園のゴリラのサクラに赤ちゃんが生まれました』

 画面はもう関係のないニュースを流していた。

 トレーディングルーム左の窓に目を移した。

 窓の向こうには花屋の家屋がある。

 花屋は両親と姉が切り盛りしてるはずだ。

 今日は開店しているのだろうか。

 外に働きに出ている弟は、今日も普通に働きに出たのであろうか。



9.

「けんたくんの様子はどうですか?」

 警察関係者が医者に尋ねる。

 医者は、

「一見落ち着いているように見えますが、人が来ると悲鳴を上げて手が付けられなくなります。事件のことを思い出しているのかもしれません」

「きっとあの子が何かを見たんです。早いうちに事情を聴取したい」

 医者はゆっくりと首を振った。

「今はその時ではないでしょうな」



10.

 今日もテレビ局が取材にやってきた。増山さんの件であったり、花屋の件であったりだ。

 取材お断り、と貼り紙をしようかと思ったが、花屋が見るのではないかと思ったら貼れなかった。


 3時になったら計画通り塩レモン風味の唐揚げを作る。

 タブレットを使ってニュースを流しっぱなしにしていると、

『お酒を飲むとね、性格が変わるって噂だった。質が悪いって』

 モザイクがかけられ、声は高く変換されていた。老人のようだった。

 吉池哲也容疑者をよく知る近所の人、とあった。

 続いて、

『しっかり育ててきたつもりでした…今はもう、本当に被害者の方に申し訳がない』

 そう言って声を詰まらせる男性の膝元が映っている。

 吉池哲也の父だ。

 しっかり育てた?そうだろうか。

 吉池哲也の評判は良くない。その父も同じだった。

 いつかはこんな事件を起こすのではと、事件が起こった今だからかそう思えるのだ。

 揚げたての唐揚げを一つだけ頬張った。


 夕食は昨日のシシャモと薬味をたくさん乗せた冷ややっこを食べた。

 ラインが着信した。

【そっちでご飯食べたい;;】

【何食べてるん?】

【ワッパー;;】

【最高やんけ】

 週末の外出にバーキンをリクエストしようと思ったがやめておいた。



11. 

 増山家の庭で真っ黒な丸太のようなものが伸びたり縮んだりしている。

 自分はあれを知っているような気がする。

 そしてあれがそこにいる理由も。



12.

「人殺しー!」

 女の絶叫で目が覚めた。

 年のころは50代といったところか。

 時間は6時である。まいった。

 事件の遺族が花屋に来ているのだろうか。それにしては時間が早い。野次馬のいたずらか。

 寝室の窓は東は花屋の声を、西は増山家の声をよく通した。

 これが毎日になるのだけは勘弁してほしい。


 2階はよく声を通すので一階に降りた。

 ディーリングルームの間仕切りを挟んでとなりのラグに寝そべる。

 外が騒がしいときのために枕とタオルケットが常備されていた。

 

 9時までは何とか眠ることができた。

 今日も人がわさわさしてる気配がする。

 増山家の事件もまだ捜査が続いてるのだろう。

 車がやってきては止まり、また出ていき、と忙しい。


 いつものように聞いたことのないテレビ局が来ては追い返しの繰り返しだった。

 3時にピーマンとパプリカを仕込んでいると、緊急ニュースが流れた。

 フラッシュをたく音。怒号。

 アナウンサーが興奮した様子でカメラに向かって声を張り上げている。

『出てきました!吉池容疑者!吉池太陽容疑者です!捜査員に囲まれ、今、うつむき加減で出てきました!』

 昨日のニュースかと思ったら、名前が違う。

 弟だ。

 直接面識はないし、小学校の時もどんな顔をしていたのかもはや覚えていない。

 吉池哲也の弟、吉池太陽だ。その名前だけで憶えていた。

 アナウンサーは一呼吸置くと、真っ直ぐカメラを見つめて、

『ヒロセ工業の従業員20人を殺傷し、一人を人質に立てこもった吉池太陽容疑者が、今警察車両に乗り込みました』

 20人…。

 映像はスタジオに戻ってくる。

 後ろのディスプレイに俯いた男が映っているが、まったく知らない見たこともない男性にしか見えなかった。

 コメンテイターが語る。

『ヒロセ工業というのは吉池太陽容疑者が勤めていた会社なんですね?』

『そうです』

『彼はなぜこのようなことをしてしまったのでしょうかね』

『彼の兄が前日に傷害事件を起こしていますね。それが関係あるのでしょうか』

 そんなことよりなぜ事件がこうも密集して起きているのか、そこに突っ込まないのか、あえて触れないのか。


 増山の長男と、吉池の長男には小学校時代いじめられたが、祭り上げてやろうとするまでの恨みはなかった。

 が、これが祭りにならないはずもなく、かくて手を下すことなく、掲示板は蜂の巣をつついたような大狂乱になっていた。

 こんなにも密集して次々起こる事件。住人たちは、一連の事件に関連性を見出そうと必死だった。

 スマホを手に取る。

【速報:花屋の次男が大量殺人】

【またまたー^^】

 直後に、

【え、まじなの?】

【まじでまじで】

【なんで?】

【こっちが聞きたい】

【とりあえず日曜日まで我慢して】

【なにを我慢するのか】

 毎週日曜日には相棒と出かける予定を入れてある。

 日曜まで、自分が当事者にならないという保証は、どこにもなかった。



13. 

 ところで、夜外に出ることがないのでわからないのだが、この時期になるとやっている秋祭りの太鼓の練習は行われているのだろうか。

 この地域では祭りの山車に乗って子供が太鼓をたたく。

 特に第一の事件のことを考え、子供のために練習を中止しているのではないかと思われる。

 大体、数日後に控えた祭りを敢行すべきか地域は迷っているのではないか。

 しかしその心配はその夜に解決した。

 祭の山車が夜中に焼失したのだ。



14.

【速報:祭りの山車が焼失】

【もうなにがあっても驚かないぞ!】

【日曜に山車を避けるルートで迎えに来てもらうつもりだったけど調べる必要がなくなった】

【そうかよかった…よかったのか?】

【山車が無くても祭りはやる、とかあると思う?】

【わがんね】

【山車は倉庫に入ってたんだけど鍵はかかってて、こじ開けられた様子もなかったって】

【カギを持ってる人が犯人?なんにしろ、放火魔がいるかもしれないよね。とりあえず居所を変えてみるつもりない?ビジホとか】

【パソコンがあるので…】

【お金と命、どっちが大事ですか?】

【お金、かな】

【あのさぁ・・・】


 3時すぎ、食料調達のために久しぶりに外に出て驚いた。

 花屋の住居部分にあたる家屋に赤いスプレーが撒かれていたのだ。

 スプレーはぐるぐるとでたらめの軌跡を残していた。

 車に乗って右へ公道に出ると、花屋の店舗部分が見える。

 花屋は閉じていて、ショーウィンドウにいくつも貼り紙がされていた。

 何が書かれているかなんとなく想像できたので、そのままあまり見ないようにして車を走らせた。


15.

 お金、食事、健康に次いで大事にしているのが睡眠だ。

 高い寝具を揃えるほどではないのだが、睡眠の質はもとより夢の内容までこだわっている。

 世界のどこかには、夢を自由に操れる民族が暮らしているという。

 普段からイメージトレーニングを欠かさず、獅子が出てきたら撃退する夢を、恐ろしい夢より空を飛ぶような楽しい夢を。

 明晰夢というのだろうか。

 夢の中で自由自在に行動できたのは生れてから2回程しかない。

 しかし最近では、自由自在とまではいかなくとも夢の中で危機を回避したり、さりげなく好みの展開へもっていくようにコントロールできるようになっていた。

 寝る前にタオルケットを抱きながら幾通りものシミュレーションを、眠りが訪れるまで続ける。

 突然手持ちの荷物が無くなったとき、どこに預けてある、だとか。車を止めてある場所は必ずここ、だとか。

 殺人鬼に追われているときに避難できる場所。または突然光の剣が現れて一振りで撃退。

 道に迷っているときにかばんには必ずクッキーが沢山入っているように。

 今日もじっくりとシミュレーションを繰り返す。


 あの日も、そうしていた。


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