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四月莫迦
顔を洗う暇なく
カレンダーに向かい
背伸びして
朝食を作る母に言った
「今日、幼稚園休みだよ」
「えっ、そうだったの」
母が首を傾げると
口の端が自然に上がって
笑みが溢れそうになり
ぎゅっと唇を結んだ
すると母は火を止めて
私の目の高さに座り込むと
幸せそうに微笑み
柔和な唇を開いた
「嘘でした、今日エイプリルフールだよ」
母が言うよりも早く
そう口走ると
母は「な~んだ」と言って
私の頭をポンポンと撫でた
あれから何年か経った頃
私は高校生になり
母は四十代になった
待ちに待ったエイプリルフール
今年はどんな嘘を付こう
今夜は毛布を蹴ったくって
羽毛毛布だけで寝た
枕の下に手を入れて
暗闇の中 携帯をいじる
白い光に当てられて
突如 鈍色に澱んだ視界
目を擦ると携帯の画面は暗くなって
自分の顔が反射した
鼻の頭が赤くなっている
蚊に刺されたんだ
フラフラになりながらも
蚊取線香を焚いた
眠くなって敷き布団に
のめり込み
羽毛布団を肩まで被ると足が出た
冬が恋しくなってくる
キシリトールに溺れたような
肌寒い あの初冬に戻りたい
線香の匂いを幽かに感じ
虫の音と共に眠りについた




