三月一日
母は仕事が忙しく
父は出張で
父方の祖母の家に
お泊まりすることになった
鄙びた民家の外れにある
少し小さな祖母の家
扉を開けると鈴の音が
チリンと鳴って祖母が来た
そこで何をしたのか
さっぱり忘れてしまったけれど
これだけは覚えている
寝る前に読み聞かせがあった
蜘蛛の糸
ある所に陀多という
極悪人がいました
大きな丸眼鏡を付けて
祖母は小さな字を追いかけた
本には分からない言葉や
知らない物の名前が出てきた
其の度に祖母は蓮の花が
どんな所にあるのかと詳しく教えてくれた
茶色い木目のある天井に
想像した風景が浮かんでゆく
路にいた真っ黒な蜘蛛を手に取って
彼岸花の咲く庭の近くに離してやる
気が付くと私は茶色い男、女が
阿鼻叫喚する地獄に落ちて
目の前に白い糸が垂れていた
細くて登れそうにない糸だった
すると満身創痍で体を引き摺る
陀多が私をはね除けて
糸に登った
糸は細くしなっている
周りから糸を求める者が来て
陀多は喚いた
「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。」
何て我が儘な陀多だろう
きっとバチが中ったんだね
そう思ったけれど
陀多の自分勝手な選択も理解できた
何故自分勝手は卑下され
他人を思いやる者は称賛されるのだろう
陀多を正しいかと言えばそうでもない
しかし悪いことだと断定はできない
その日はその小説のその後が知りたくて
全く寝付けなかった
今日のみ口ずさむ
とぅら とぅら とぅら とぅら とぅら とぅらら
とぅら とぅら とぅら ら ら




