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リディの受難

作者: メガネ

朝。小鳥のさえずる声で、目が覚めた。部屋の空気はひんやりとしていて、そろそろ冬が近いのだということを知らされる。



私はリディ・カリマー。王宮に仕える使用人メイドの一人だ。23歳で、早くもこの国における『嫁ぎ遅れ』の立場に昇格しようとしている。この国の結婚適齢期は17、8歳だから、ちょっと微妙な年齢なのだ。

この年で、恋人がいたことはおろか、男性と話したこともほとんどないんだよな……。まあ、それはさておき。



使い古した布団から身を起こし、大口を開けてあくびをした。それを咎める人間はいない。


…………あれ、何だかいつもより寒い気がする。部屋の気温というより、肌、特に肩口に直接空気が触れているような、スースーとした感じが…………。

と、思って自分の体を見てみると、全裸に掛け布団状態だった。ちょっと驚いた。いつもは寝間着を着て寝るのだが、眠っている間に脱いでしまったのだろうか。

それに、とても体がダルい。風邪かなぁ。私、体だけは丈夫な方なんだけど…………裸で寝てたらそりゃ体調も崩すか。


取り合えず服を着ようと思い立ったところで、傍らで何かが動いた。それは自分の体温程度に、温かかった。

猫かと思ったが、そんなもの、塔の最上階にある使用人わたしの部屋に迷い込んでくるはずもない。



「………う…ん」


恐る恐る、掛け布団を捲って見ると、そこには私と同じく、一糸纏わぬ男性の姿が。



悲鳴をあげなかっただけ、誉めてほしい。ていうか、喉がカラカラで、声が出なかったんですけど。



侍女仲間で、そういう系統の話は何度かしたことがあるから、知識は少なからずあったし、いつかはするものなのかなって、思っていた。


…………それがまさか、今日だとは。私はちょっと、泣きそうになった。


しっかりして、リディ。今日も貴女には、仕事が待っているのよ。私の中のもう一人が、私を叱咤した。そうだ、私には仕事があるのだ。仕事をしなければ、明日からの食事は保証されないのだ。


男性を起こさぬよう、私はそっと寝台を降りた、が、腰の痛みのせいで上手く立てず、見苦しくも布団とともに台からずり落ちる形になってしった。ベシャ、私と床がぶつかり、無惨な大きな音を立てる。


「…………」


戦々恐々としながら、未だ寝台の上にいる男性の様子を窺う。あ、まだ目覚めてはいないようだ。よかった。


それにしても、この男性、見たことがあるような気がする。サラサラとしたブラウンの髪、引き締まった体。使用人に、こんなに見た目に気を使う男性はいるわけがない。

もしかしたら、昨日、王宮で開かれた舞踏会の招待客かもしれない。お酒に酔った貴族の方々に絡まれたことは、一度や二度の経験ではないから。

よく回りを見渡すと、ここは私がいつも寝起きしている部屋ではなかった。調度品が豪華すぎるし、寝台もこんなに大きくあるわけがない。

私は小さく溜め息をついた。


それを合図に、寝起きでぼんやりしていた頭が覚醒し始め、段々と、昨夜の様子が思い起こされていった。



*・。.


舞踏会での給仕は主に、私たち侍女よりも身分の高い女官様方が行う。侍女は裏方で雑用をし、女官様が貴族様や王家の方々のお世話をする。


が、貴族は貴族でも面倒な酔っ払い貴族の介抱は、私たちに回されることが多い。今に至るきっかけも、そうだった。



「ちょっと、そこの貴女」


「はい」


美しい顔立ちの女官様が、私に声を掛けた。私は空になったグラスを厨房に戻した帰りで、特に何も手にしてはいなかった。なので、丁度よく手すきの者だと見受けられたのだろう。実際はちょっと忙しかったのだが、逆らうと怖いので、彼女に大人しく従うことにする。


「この方をお部屋にお連れして」


女官様の傍らには、顔を真っ赤にした若い方が立っていた。どうやら酔っぱらっているようで、気位の高い女官様はすぐにでもその場を離れたいようだった。酔っ払いのお世話、面倒くさいもんな。


私も内心、とても嫌だったが断れないのが身分差の嫌なところ。満面の笑みで承りました、と応えると、女官様はお礼も言わずに会場の中心に戻っていった。全く、お高く留まっている方々だこと。


「では、ご案内します」


若い男性は何も言わず、少し距離を取って私についてきた。

厄介な方だと私の体に触れたり、しつこく絡んできたりするのだが、この方は全くそういうことがなかった。不幸中の幸いか。


その御顔はまじまじとは見ることができなかったが、なかなか整っているようだった。後で侍女仲間に自慢しよう。貴公子を案内したって。イケメンに飢えた同僚たちは泣いて悔しがるに違いない。



酔ったお客様は、王宮の西側にある客室棟にお連れするのが常である。適当に空いている部屋にご案内し、下がろうとしたところで青年に手首を掴まれた。


「一緒に、居てくれない?」



…………我ながら軽かったと、反省はしている!でも、無表情から一転、子供が懇願するときのような笑みを浮かべたイケメンを放置していけるだけの精神の強さを、私は持ち合わせていなかった。


私が妙に熱っぽい、ぼんやりした頭で頷くと、男性は私を部屋に引きずり込んだ。


「父上には止められたんだけど、まだ飲み足りなくて。一人で飲むのもつまらないし、話し相手になってよ」


男性は部屋にあった酒瓶とグラスを手にした。私は慌てて酒瓶を受けとる。お客様自らに酌をさせてはいけない、と侍女頭に教えられたことがあるから。

それ以前に、お客様の御顔は既に赤くなっていて、これ以上は飲み過ぎだ、と私は判断した。


「お客様、酔っておられるようですからお早めにお休みになられた方が………」


飲み過ぎて体調を崩されてしまったら後々、面倒………いえ、大変ですから、私がそう言うと、男性は笑って首を横に振った。


「顔がすぐに赤くなるから皆は誤解するんだけど、俺、アルコールには強いんだ」


嘘か誠か分からないことを言いながら、男性はソファに座り、そして私も側に来るように指示した。驚いたが、素直に従って腰をおろす。


「君はお酒は飲める?」


「いえ、飲んだことがありません」


「あー、じゃあ飲んでみる?」


「結構です………」


男性は、そうだよね、と一人ごち、グラスを私に差し出した。どうやらお酌をしてくれ、とのことだ。


口調からしてあまり酔っているわけではないのかぁ、と私は先程の推察を180°回転させ、言われるがまま、その広口のグラスに赤い葡萄酒を注いだ。


「ありがとう」


香りを楽しむようにグラスを鼻に近づけ、そして口につけようとする男性。そこで私は大切なことに気がついた。


「毒味…………!」


貴人が口にするものには毒が盛られていることが多々ある。なので料理や飲み物は私たち使用人が毒味をしてからお出しする、というルールがあるのだが、私はそれをすっかり忘れていた。


口を開く前に体が動いてしまう私は、慌てて男性のグラスを引ったくる。男性はひどく驚いたような顔をした。

そのままグラスに口をつけ、毒味を行う。口に苦味と、芳醇な香りが広がり………………。


私の記憶はそこで、途切れていた。


*・。.


「ああああああ……」


これが先輩の言っていた、アルコールマジックというやつか……。酒は飲んでも飲まれるな、最近、デキ婚で退職していった彼女が呟いたお言葉だ。その割には、先輩は幸せそうだったけれど。


そんなお酒の力で初めてを捧げることになろうとは……天国のお父さんお母さん、ダメな娘でごめんなさい。




あ、そっか。初めてなのか、私。


そう思うと何だか泣けてきた。あれ、王宮では泣かない、って誓っていたのに。いい年をしているのに、理由もない涙がとめどなく溢れる。


「ふ、ふぇ…」


あああ、情けない声も出てしまった。喪失感に声をあげて泣きたいが、そうすると男性を起こしてしまうので大きくは泣けない。



「泣いてるの!?」


ギョッとして寝台の方を見やると、寝ていたはずの男性がこちらを見ていた。そのアイスブルーの瞳は大きく見開かれている。


「え?」


「どうしたの、体が痛む!?それとも俺とは、そんなに嫌だった!?」


男性は急いで寝台を降りて、私を抱き締めた。いや、締めるっていうより絞めるってレベルの力加減だった。柔らかな花のような香水が至近距離に香ったけれど、それに照れる余裕もなかった程だ。


「苦しいです………」


「えっ、あっ、ごめん!」


慌てて腕の力を緩めてくれた。

私は一息ついて、返事をする。


「い、いえ。いい年して、何やってるんだろうっていう自責の念ですので、お気になさらず……体は痛いですけど」


23にもなって一夜の過ちを犯したのは我ながら有り得ない。世間的にも誉められたことではないし。

てか、体はめっちゃ痛い。主に腰が。しばらく立ち上がれそうにないくらい痛い。



男性はきょとんとした表情を浮かべた。しっかりとした体つきなのに、そんな顔をすると幾分か幼く見えるのは気のせいか。


「いい年…………って、君、いくつ?」


「23でございますが……」


「と、年上!?」


驚き、より目を見開く男性。それ以上だと瞳がこぼれ落ちそうで怖い。


「…………」


年上で悪うございました。確かに嫁ぎ遅れだけど、そんなに驚くことないじゃないか。私はムッとした。


「だって、顔が幼いし、お酒飲めないし、それに昨夜の反応はまるっきりハジメテの女の子だったんだよ!?信じられない………犯罪おかしたかと思ってちょっと背徳感あったもん」


聞き取れたのはここまでで、男性はその後もブツブツと何かを言い続けていた。


「童顔とはよく言われますから……お酒が飲めないのは放っといてください……」


男性は私を、『年上=経験豊富』と曲解したらしい。何だ、その思考回路は。


「えっ、もしかして、話に聞く魔性のオンナ?」


「違う!」


ハッ、と私は口を押さえた。貴人に敬語を使わなかった!不敬罪で処される!冷静な判断のできない私の頭にはオーバーな未来しか考えられなかった。



青い顔をした私に、男性は緩く笑いかけた。何その笑顔、美しすぎ。思わず見とれる


「俺………いや、僕の方が年下だから、その口調のほうが自然でいいね」


「え……」


「ところで、名前を聞いていなかったよね」


男性は私の額にかかった髪を、優しく指で払った。暖かい指に、ちょっと安心する。相手は年下なのに、何故だ…………。


「………リディ」


「可愛い名前だね、リディさん」


花の咲くような笑みとともに呼ばれて、少しくすぐったかった。


「お前は?」


男性はちょっと考えるような仕草をして勿体ぶっていた。


「ちょっと驚くかも」


「何だよ」


「………アシルっていうんだ」


私はその名に聞き覚えがあった。しかし、本人ならば、こんなところで半泣きの年増メイドを抱き締めているはすがない。


「まさか、隣国の王子様だとか言わないよな」


私の訝しげな目線に、男性ことアシルはきまりの悪そうな表情で答えた。


「そう、そのまさか」


「嘘だろ……」


初めてを捧げるには重すぎる相手だった。隣国王位継承権一位の王子様と、一介のメイドでは身分が違いすぎる。

せめて、好きな人、好きになれる人に捧げたかった。この人では、恋をすることさえ許されない。

まあ、一生の思い出だと思えば良い。初めてがここまで綺麗な男性とで良かったんだって、私。



私は部屋を出ていくため、アシルから離れようとした。が、彼は私を離さない。私の腰を逞しい腕でホールドしているので、振り払うのも不可能だった。


「離せ!」


「今、逃げようとしたでしょ」


底冷えのする低い声が、私の耳に届き、背筋を凍らせる。つい先程まで甘い笑みを浮かべていたのに、恐る恐る盗み見たその表情は酷く冷たい。


「なんで、お前なら、私みたいなのなんかより綺麗な人を選び放題だろ。一夜の女に執着しないで、さっさと部屋から追い出せよ!」


「私みたいなのなんかって、卑下しないで。リディさんは綺麗だもの」


ふざけるな、と言おうとしたが、駄目だった。赤くなってしまう顔を隠すのに精一杯だったからだ。なんだ、この年下は。歯の浮くようなセリフで私を翻弄する。それをいちいち受け流せない私も大概だけど。


「リディさんは可愛いなぁ。それとも、これまでの振舞いは僕の心をつかむための演技で、やっぱり魔性なの?」


今度は意地の悪そうな笑みで私の手を掴むアシル。


「違うって!…………………初めて、だったのに…………そんなこと、できるわけない…………」


アシルの、私を拘束する力が弱まった。年増の気持ち悪い反応に、流石にヒいたか?

これを機会に彼の腕から逃れようとしたが、それに気づいた彼にやはり阻まれた。



「初めて、なの?」


真剣な瞳で問うアシル。不覚にもドキッとした。


「そうだよ、何度も言わせないで!」


「マジか…………」


アシルは黙った。出会ったときの無表情だ。


そういえば、侍女仲間が、初めてはプレミアだから、責任を取れ、って相手の男に必ず言いなさいって語っていたっけ。

アシルはその責任を恐れているのだろうか。世の責任なんて大体は有名無実なんだから、気にしなくていいのに。


「……アシル?」


そう告げようとしたところで、アシルにまた強く抱き締められた。今度は優しく頭を撫でられるオマケつきだ。私の長い髪はきっとボサボサで、恥ずかしい。


「ごめん、もっと優しくすればよかった」


「え、そんなこと?」


「そんなことって、リディさん………。僕、余裕なくて……」


しゅん、とアシルは落ち込んでいる。さっきから百面相かと思うほど、彼の表情を見た。イケメンはどんな顔でもイケメンなんだなぁ。

だが、人が落ち込んでいるのは見たくない。私は何かフォローする言葉を探した。


「十分………よかったけど?」


よりによってそれかい、という言葉だったが、彼には効果覿面だった様子で、すぐに美しい笑顔が戻ってきた。


「本当!?」


「あー、うん……」


「ほんとに!?嘘じゃない?」


普通、そんなこと訊かなくても反応見れば分かるのでは、と尋ねたら、彼はみるみる内に耳まで赤く染めた。



「だ、だって、僕も初めて、だから色々…………ね?」


パチンとウィンクするアシル。その睫毛の長さに戦慄した。


「お前もかよ!」


何だか自分がこんなに照れて、損をした気分だ。アシルは言っちゃった~、と顔を手で覆っている。



「……あれ。お前、閨房の講義はなかったのか?」


国を継ぐ者が必ず受けるという、そういう教え。私の国の王子が初めてそれを実践で受講した話は、王宮のゴシップ好きの使用人の内では公然の秘密となっている。


アシルの顔がより、真っ赤に染まった。その反応を見るに、実践まではなかったようだ。国の教育方針の違いだろうか。


「僕、まだ18歳だよ!それは19になってからの筈だったんだ……」


「!?」



ああ、神様。


犯罪を犯したのは、私でした………。アシルがそんなに幼いだなんて、思わなかったんです………。酒をがばがば飲んでいたし、むしろ年上にすら見えたんです………。


「ちょ、何で、そんな死にそうな顔してるの!」


「だって、は、犯罪…………王命…………破った…………」


今日の午後には、私の首が飛ぶだろう。さよなら、世界…………。


呆けた顔の私を、アシルは揺さぶって現実に引き戻した。


「大丈夫、酔わせて潰して、先に手を出したの僕だから!僕のが婦女暴行か何かで訴えられるから!」


「え。私、酔ってたのか?」


確かに毒味のために葡萄酒は口にしたが、そんな一杯にも満たない量で酔うわけはないだろう。酒らしい酒など、今まで飲んだこともないから、どのくらいが酔う量なのか分からないが。


「覚えてないの!?アルコール度数の高い酒を一気に煽って、急に人格変わっちゃったのに…………僕の脆い理性をこれでもか、って揺さぶるようなことしてさ……」


「うーん………」


そう言われても記憶にない。アシルはがっくりと項垂れた。やっぱり魔性だ、とか口にしている。だから魔性じゃないっての。


「可愛かったのに、まあ、今も可愛いけど」


「残念そうにしているところ悪いが、そろそろ服を着ないか?」


そういえば、お互い未だ裸だった。私は毛布を体に巻き付けているのだが、それでも寒いし、何より目の前の男の姿が私の心臓には毒すぎるのだ。


「それなんだけど、リディさんのメイド服、汚れてて………」


もじもじとするアシルは、それ以上は何も言わなかったが、察した。


アシルは近くに投げ捨てられていた白いシャツを掴み、私に着せた。どうやら彼が着ていた衣服らしい。


「侍女に着替えを持ってきてもらうから、体が冷えないように寝台にいて」


彼の言う通りに寝台に戻ろうとするが、私はふと気づく。着替えを持ってくる侍女なかまに、この姿、この状況を見られるのは流石にまずいんじゃないか?

特に、彼の身分とか私の体面とか、そういう方向に。


「やっぱりカーテンの後ろとかに隠れてるから、侍女が出ていったら教えてくれ」


身を隠そうとしたが、アシルはそれをやんわりと止めた。


「別に、僕といたことを、隠さなくていいよ」


「お前が気にするしないはともかく、私とこの城の人は大いに問題にしなくちゃいけないんだ」


私はそっと、寝台のカーテンの陰に身を寄せた。これなら、入り口から私の姿は見えないだろう。

アシルは下半身だけ服を着直すと、私の潜むカーテンに近づいた。先程までお互い座っていたから気がつかなかったが、彼はかなり背が高かった。自然に私が見上げ、彼がこちらを見下げる形となる。


王宮ここに居づらくなるんなら、辞めればいいし」


「簡単にいうな。こんなに待遇のよい職場はあまりないんだ」


給料はそこそこの額をもらえるし、三食と温かい寝台がつく。同僚との関係も良好だ。この幸福を、崩したくはない。


「それなら僕がもっといい就職先を、紹介してあげる」


「本当か!?」


私は一瞬、喜んでしまった。アシルはさぞ、嬉しかろうというように大きくその腕を広げる。


「僕のところに来ればいいんだよ」


「は?」


素晴らしい提案だろう、とアシルは得意気にいった。これは期待した私が馬鹿だった。


「断る」


「何で?一生、大事にするよ?」


きっと彼が言うのは、妾になれということだろう。彼が将来迎えるべき妻の一人として、国に来いと。

だが、私は意外にロマンチストなのか、その生き方を甘受したくはなかった。一人だけに愛されたいし、一人だけを愛したい。どんなに贅沢な生活が待っていても、愛人になるのは嫌だった。



「何か勘違いしてるみたいだけど、僕、リディさん以外を娶る気はないよ?」


「?」


「つまり、リディさんに、俺の唯一の妃になってほしいってこと」


100人の女性が見たら100人が落ちるような笑みで、私に言う。こんなよく分からない場所での愛の告白が今まであっただろうか。


「ねぇ、黙ってないでイエスって言ってよ。こんなに誰かを求めているのは初めてなんだ。このままだと、僕はリディさんの返事を聞かないまま、国に連れ帰っちゃうかもよ?」


「身分差は?」


ようやく口を開けたと思ったら、その一言しか出なかった。本当は嬉しいはずなのに。悟られないように、下を向く。


「それは僕の持てる力のすべてで解決します。リディさんのためなら、僕、何だってできる」


アシルは何が不満だとでも言いたげに、私の顎を指で持ち上げた。見上げたそのアイスブルーの瞳に、私が映っていた。


「どうせ、すぐ飽きるって………」


「そんなに僕の心が心配なら、今からもう一回する?君が嫌だって言っても止められないよ?これから愛の言葉は毎日聞かせてあげるし、そして毎夜毎夜、君が壊れてもしてあげるよ?これで僕の愛は証明できるかな、まだ足りない?足りないよね、でも、これから分かるよ」


「失礼シマシタ」


何だろう、その瞳の奥に、今まで感じたことのない恐怖を感じた。それに、今からもう一度は…………キツい。ただでさえ昨夜で足、ガクガクなのに。


「じゃあ、言って」


「……はい、よろしくお願いします」


アシルは喜び、勿論だよ!幸せにする!と飛び上がった。何故、一夜だけの関係の女にここまで妄信的に惚れたのか。分からないが、きっと彼が長い時間の中で、教えてくれるのだろう。


結局のところ、私もアシルにどうしようもない恋心を抱いていた。ここまできて、辞退するわけはない。




「じゃあ、やろうか」


アシルはこれ以上ないくらいの笑顔で寝台を指し示した。


「誰がやるか、馬鹿!!!!」



*・。.


もうすぐ正午になるという頃、公の人々の前に、アシル王子は妙齢の女性を伴って現れた。王子の左頬には紅葉のような赤い痕がついていたが、彼はとても幸せそうに見えた。女性も不機嫌そうではあるが、おとなしく彼に手を引かれている。


そして、談笑していた国王と隣国王の前で、高らかに宣言した。


「僕、このひとと結婚します!」





その十年後、紆余曲折の末に即位した隣国王は、歴史上稀に見る平和な世を実現したという。その影には王を見守り、時には叱咤する、年上の妃の姿があった。

二人は理想の夫婦として語り継がれ、年上の妻はより大事にされる習慣ができたとか、できなかったとか。


*・。.


「ところで何で、いきなり一人称が『俺』から『僕』に変わったんだ?」


「『俺』じゃ、年下の可愛さがないでしょ?」


「は?」


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