4・世界の隅を求めて
『世界の形は、果てしない球体。それならば、世界の隅はどこにも存在しないのか。夢を描き続ける旅人は、内なる世界の隅を求めた』
ひとつの島、ひとつの湖しかない世界には、ひとつの悩みがある。
それは、湖の中心に島があるのか、島の中心に湖があるのか、というものである。学者の間でも永遠のテーマになっており、長い間論争になっている。
使用している地図に関して言えば、島の形が分かる『湖の中心に島がある地図』を、多くの人は使っている。
一方で、ほとんどを湖の上で過ごしている船乗りは、湖の形が分かる『島の中心に湖がある地図』を主に使っている。
実際のところ、湖と島どちらが地図の『地の部分』になるのか論争は、学者くらいしか気にしていない、そういった感じなのだ。
「地図では、どこに隅があるのか分からないな」
客室の隅で三人の兄弟が、ニ種類の世界地図を広げて議論している。今朝、船に乗ってきた兄弟たちだ。
本当は四人兄弟なのだが、四男だけは船には乗らなかった。家で留守番らしい。
この兄弟は仲が悪いとか、四男にだけ意地悪とか、四男が難しい年頃と言うことではなく、本当に仲がとても良い兄弟だった。今朝も村の船着場で四男と別れるときも、「お前も来れば良いのに」と、兄である三人は最後まで一緒の船旅を勧めていたのだ。
長男、次男、三男が旅立ち、四男が残った理由。それは、この兄弟にある共通の価値観、そして今回の旅の目的に由来する。
この兄弟は、それぞれ理想の『すみっこ』と言うものを持っていて、各自の理想の隅を求めて旅に出かけるらしいのだ。
「では、弟よ。行ってくる!」
「すばらしいすみっこが見つかると良いね。家の事は心配ないから。いってらっしゃい、兄さんたち」
四男はそう言って、笑顔で兄たちを見送ったのだった。
「落ち着いて、静かで……誰にも気にされない、何もないすみっこ」
そんな理想を持つ長男は、モイで降りた。あまり人付き合いが得意ではない長男は、にぎやかな商店街には見向きもしない。商店街の外れ、人のあまりこない静かな倉庫の空間。その隅に、長男は惹かれたのだ。
長男は、数個のタルと寝床となる絨毯を一枚だけ購入し、購入した倉庫の隅に敷く。
「ここは良い……」
タルと絨毯と自分以外何もない倉庫、お気に入りの着る毛布に包まって、ゆっくりできる自分の世界。長男の隅は、こうして無事に見つかったのだ。
「大自然の中のすみっこぉぉぉお!」
兄とおそろいの着る毛布を脱ぎ、腰に巻く。そして、次男は湖に飛び込んだ。どうやら、岸に丁度良い洞窟を見つけたらしい。
「何も飛び込まなくても……」
船長はつぶやいたが、それだけ隅に対して情熱を持っているのだろう。
次男はその洞窟の隅を拠点に、大自然の中のちょっとした隅を見つけてはその隅に座っているらしい。
……という、風の噂を聞いた。
「すみっこにいながら、世界を移動できる方法。それは船の中にある!」
そう言って、三男は船の隅っこに居座った。日よって、時間によって、いる場所は変わるのだが、いつも隅にいる。兄のおさがりの着る毛布に包まって隅にいる。いつ移動しているのか。それは誰にも分からない。
三男は充分な乗船賃も払っており、隅にいる以外に誰の迷惑になるわけではないので放置気味だ。
隅を愛する兄弟たち。彼らの旅は、隅を見つけることだけで終わらなかった。
兄弟の絆を利用した、新たな産業、流通ができたのだ。
次男は洞窟の片隅で、様々なきのこを栽培しはじめた。時々、立派に育ったきのこが船にいる三男宛に届く。
そして、三男はその届いたきのこを長男のもとに運ぶ。
長男は、三男が運んだきのこを乾燥させたり、煮込んだり、そうしたモノを、モイの片隅で作る。
長男が加工したものを、やはり船にいる三男に届け、四男の元へ運ぶ。
次男が育て、長男の加工するきのこは、すばらしくおいしいので、四男は自宅の隅っこを改装し店を開き、珍味『隅きのこ』として売りだした。
今ではちょっとした名物になっている。
みんな、それぞれに理想の『すみっこ』と言うヤツを満喫しているようだった。
時々、届く兄たちの愛情がこもったきのこの加工品を見ながら、家にひとり残った四男はつぶやいた。
「四角い部屋には、4つの隅がある。ぼくら4人兄弟、丁度四隅に納まる。それはそれで幸せだったけれど、ぼくは皆が元気でいれば、それでいい」
部屋の四隅のうちひとつに立つ。恍惚と他のすみっこを見る。
「やっぱり我が家のすみっこが、一番……」
世界の隅は、自分の家にあり。
ここが全て。はじまりとおわり。それがすみっこ。
★よんよんの秘密の日記「すみっこちゃん」★
すみのひとたちは すみっこにいるよーん
すばらしい すみっこをもとめているよーん
すたこらさっさと すみかをでて
すみをさがして すきなようにたびだったよーん
すみっこって すてきなものなのかよーん?
自分は「すみっこ」と「はしっこ」では、「すみっこ」の方が好きです。