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みずうみのうみの船―泡にたゆとう海の境(ウナサカ)へ―  作者: まいまいഊ
たしかに、それは箱に残った希望であった。
19/22

15・「0の扉」を開く時

『世界は延々と0と1を繰り返している。

 0と1の世界では、その2つの組み合わせだけで、素晴らしい文章や、映像、音楽を奏でる。時には、人が何百年もかかってしまうような計算を短時間で導き出してしまう。

 延々、延々繰り返していく0()1()の最も単純で複雑な箱の世界』




 太陽は暖かな日差しを注ぎ、風は暖かな空気を世界の隅々まで運んでいる。鳥は歌い、虫は舞う。草木が芽吹く季節、春は訪れた。


「太陽の復元、本当にしていたんだなぁ」


 霧の森へ行ったあの日を境に、太陽は変わった。暖かな日差しを注ぐ太陽になったのだ。

 暖かな日差しを浴びて、縦帆船は湖を帆走(はし)っている。2本の帆檣ほばしらは空に向かって立ち、天を支えているかのようだった。風に靡く白い帆は太陽によく映えている。


「狼煙、発見! 方角、霧の森!」

 見張りの船員が、声を上げた。

 狼煙はこの船を呼びたいものが使う合図である。


「次の目的地! 霧の森!」

 全船員に的確に指示を出しながら、船長は心が躍っていた。霧の森で狼煙を上げるのは、一人しか思い当たらないからだ。また何か、この世界の秘密が明かされる、そんな匂いがするのだ。




「こんにちは、テースキラさん」

「外の世界に思いを馳せているようだね。最近、」

 船に乗り込んできての第一声。心の中を見透かしたように、テースキラは言う。


「未知の世界を知ってしまったので……どうしても」

「その好奇心が人間を進化させてきたんだ。それは、すばらしいこと、」

 テースキラの赤い瞳が微笑んだ。


「今日はどうしたんですか?」

「とうとう時が来たんだ、」

「時が?」

 船長は疑問に思う。


「そう、『希望の扉』を開く時がきた、」

「希望の扉……」

 その単語は、聞き覚えのあった。この前ウナサカへ行った時、聞いた言葉だ。


「開くための準備を、今からする。準備は万全にしなくてはいけない、」

 そう言うと、テースキラは地図を指差す。

「ヤチボカ村のこのあたりまで、」


「ヤチボカ村?」

「あの村にも秘密がある、」

「……僕もついて行って、いいですか?」

「問題はない、」

 そうと決まれば、張り切って船を出航させる。目的地はヤチボカ村。


 さあ、出航だ!




 船は順調に村に到着した。テースキラか向かったのは、村はずれにあるご神木である。

 冠婚葬祭に詣る場所、夏の暑い日の憩いの場、人々に親しまれてきた樹。そんなご神木には、いったいどんな秘密が隠されているのだろうか。


「あの樹には、『希望の扉』を開くための重要なものが隠されている、」

「希望?」

「そう。ボクたちは、そのために生きていた。ずっと、」


「ご神木に秘密があったなんて知りませんでした」

 外見は普通の樹だ。皮は少し硬く、湿っている生きた樹の表皮だ。おかしなものは、どこにも無かったように記憶している。大きくて立派だか、単なる樹だと思っていたのだ。



「もしかして霧の森のような扉が、ここにもあるんですか?」

 樹に秘密の扉が隠されているというのは、霧の森で一度、目にしたことがある。

 ここも不思議と未知と謎と浪漫のあふれている場所に続いているのだろうか。期待が膨らんでいく。


「残念だが、この樹には扉はない。『希望の扉』を開ための機構が詰まった、樹に擬態させた搭でしかない。この施設は重要な施設であり、関係の無いものの立ち入りは、計画に支障をきたす。だから、見つからぬよう隠した。それは、君の船にもあるような、関係者立ち入り禁止の場所と似ている。規模が違うだけ、」

「そう言うものなのかなぁ」

 自然物に隠す。確かに、その方法は合理的ではある。やりすぎているような気はするけれど。


「ところで、この樹には何があるのですか?」

「口でいうよりも、実際に見た方が驚きも興奮も異なる。見ていると良い、」

 そう言うと、テースキラは1枚の半透明の厚紙を胸のポケットから取り出した。


「その紙は……?」

「これは『鍵』。大昔には一般的なものだった、」

「鍵? これが?」

 鍵というと、棒の先にギザギザがついているものが普通だった。この紙は、どうやって、鍵として使うのだろう。


「この鍵は、こう使う、」

 テースキラは、ご神木の前に立つ。

 そこは、やはり何の変哲も無い樹の幹。とても、何かがあるようには思えない。


「さて。まだ生きていると良いな、この認証。じゃないと少し面倒、」

 そして、厚紙でできた鍵で、木の幹に触れると、「カロンカロン」と甲高い音がした。


「……今ので動いたの?」

 鍵というと、鍵穴に差し込んで回すというイメージしかなかった船長にとって、厚紙が鍵で、それで触れるという行為だけでも奇妙だった。

 そして、それに反応したように樹から音がしたことには、驚嘆した。


「動いたと言えば、肯定。第一の認証は作動している。しかし、次の段階に移行するかどうかが問題、」

 テースキラは、樹の様子を見守っている。しかし、しばらく待ってみたものの、先程音がして以降、何も起きる気配はなかった。


「……やはり反応なし、」

 予想していたのだろう、特にあわてた様子はなかった。


「仕方ない……」

 テースキラは樹に向かって、言葉を告げる。

『緊急算譜強制入力、Code0101、"******"、』

 テースキラが、二重にブレたような音声で呪文を唱えると、樹が、枝が、ざざっと、さざめいた。


『……緊急システム起動します。認証……"******"、検索しています……承認しました。システム再起動します。……警告、エラーが発生しました、その算譜は存在しないため、操作を行えません。……不正な処理を行ったので、強制終了されます。……警告、エラーが発生しました、切断できません、再試行します……警告、エラーが、』

 葉のざわめきの中、男とも女とも分からない不思議な声が、響く。

 樹が、なにやら難しい呪文のような文言を言っている。

「……もはや正常な処理をしていない。ここは壊れている、」



『緊急算譜強制入力、Code0000、"******"』

 テースキラがそう告げると、声が『ブツっ』と、やむ。


「……打つ手、無しなんですか?」

 何が起きているのか皆目見当のつかない少年は、おそるおそる尋ねてみる。

「ココが故障しているのは、予想の範囲内。報告どおり、」

 紙の鍵をパタパタ揺らし、次なる手を考えているようだ。


「……修正すべき故障部位は、」

 テースキラは赤い瞳を細め、睨みつけるように、ご神木を上から下まで視線を動かした。


「劣化部品の交換と、エラー箇所の書き換えが最も効率的。それならば……。キミは、少し離れて。今から内部に侵入する、」

 船長が離れたのを見ると、テースキラは、右手の袖をまくる。袖からは、白く細い手が現れる。

 テースキラはその右手を高く上げ、樹の幹に思いっきり拳を打ち付けた。樹の破片が飛び散り、樹ではない金属の破片のようなモノも飛び散った。

 衝撃を与えたその樹の内部から、稲妻が、数本テースキラの体を走る。


 右腕は壁に、しっかりと突き刺さっている。刺さっているというよりも、融合してしまっているといった方が、正確だろうか。


 しばしの静寂のあと、樹か煙のような白い霧が噴き出した。その煙がテースキラの姿を覆い隠す。


「わ! 一体、何が?」

 何が行われているのだろう、ご神木が奇妙な悲鳴を上げている。枝が揺れ、葉が波打ち、白い霧が現れる。何が起こっているのか全くわからなかった。


「テ、テースキラさん?」

 彼は、無事なのだろうか。何が何だか分からない。


 霧が収まりはじめ、何事も無い無表情な顔のテースキラの姿が見えてきた。何事も無かったかのように、そこに立っていた。しかし、何かがおかしかった。


「その腕! どうしたんですか!」

 現れたテースキラの右手が無いのだ。無理やりちぎったかのように無くなっている。


「強制的に電子侵入して、壊れた算譜を正しく書き換え、なおかつ、壊れた機構の補修に、右手に内蔵されていた機構をそのまま代用、移植した。これで昔のように作動するようになった、」

 何をしていたのかを、無表情で答えた。


「いや、そうじゃなくて……右腕が無くなって……」

 テースキラは、右手を失ったことなど全く気にしていないようだ。

「右手? ああ、大丈夫。家に帰ればいくらでも直せるから、」

「でも、その……。痛くないんですか?」


 その質問を、意外に感じたのだろうか。テースキラは、呆気にとられたかのように、赤い目を瞬かせている。

「この体は、君たちと構造が違う、」


 確かに、血は流れておらず、骨も肉も変な形、色である。血の変わりに、白い霧が傷口から漏れている。

「……見て分かるとおり、この体は正確には『生物』ではない、」

 テースキラは、思い出すかのように目を細めた。

「生まれた時……いや、この姿を貰う前から、生き物として扱われたことは無い。機理(きり)の器に、世界を見る瞳があるだけ。この体の代わりは、霧の森へ戻れば、たくさんいる。……しかし、気を使ってくれたことは嬉しい。ありがとう、」

 テースキラは一瞬だったが、唇を少しあげた。


「いえ……どういたしまして」

 船長は、テースキラの生物離れした体について、何を言ったら良いのか分からなくなってしまった。



「さて。そろそろ湖に現れる。見ていると良い」

「湖に? なにが?」

 突然の話題に状況が飲み込めず、きょとんとする。


「扉が開いたから、」

「え? ……扉、開いていたんですか?」

「さきほど動かしただろう、」


 扉は既に開いているとテースキラは言ったが、今はまだ、特に何も変わった様子は無い。

 もっと、こう『ごごごごごごご……』と言うような、壮大な音、過剰な演出……

そう言った驚きにあふれる『すごいこと』が起きるものと思っていたので、こうも静寂が続いていると拍子抜けしてしまう。

「いったい、何が起きているのだろう?」

 己の右手と引き換えにしてまで、開かなくてはいけない扉。その扉が開くと何が起きるのか……疑問は尽きなかった。



「きた、」

 テースキラは突然言う。

 そう言われ、再び湖を見てみると、底の方で、巨大な影が揺れていた。清んだ水の底から、何かが現れようとしていた。


「あれは?」

「浮かんでからの、お楽しみ、」



 数分後……

 湖に浮かぶのは、巨大な金属の船。帆船が何十隻も収納できるのではないかと言うほどの、帆の無い船が浮かんでいた。


「……扉って、湖の底にあったんですね」

 湖底の扉が開き、この金属の船が浮上した、と船長はそう理解した。


 何も知らなければ、どういうことなのか理解に苦しんだだろう。しかし、船長はこの世界の外側に存在する、ウナサカという空間を既に知っていた。なので、巨大な船の一つや二つ、格納されていてもおかしくはないと思ったのだ。


「それにしても、大きな船……」

「これは昔に作られた遺産。(そと)の世界を旅するための船。……ただ、宙を長く旅するには、小さすぎる船、」

「外の世界を……旅する?」

 テースキラは、軽くうなずいた。


「君たちは、選択しなくてはいけない、」

 テースキラは、鉄の船体に触れた。

「時が来たんだ、」

 今まで、この時がくるまで、この船は湖の地下深くで眠っていたのだ。


「封じられた『希望の扉』はもうすぐ開く。始まりの場所、そして、終わりの場所へと向かう道が、」




★よんよんの秘密の日記「かみがみのいさん」★

 ごしんぼくは じつは ほんもののきじゃ なかったよーん

 なんか かみなりが びびびって なっていたよーん

 ふしぎなき だったみたいだよーん


 ごしんぼくが びびびって なったら

とつぜん みずうみに てつのはこが あらわれたよーん

 そのおおきなはこは おおむかしに

 つくられた おふねらしいよーん


 いままで みずうみのそこに あったらしいけれど

 おいら みずうみで およいでいても

おおきな おふね みたことないのよーん


 いったい どこにあったのか おいら ふしぎでならないよーん



挿絵(By みてみん)

樹は木ではなく、機でした……という話?

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