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幕間・それでも、世界は動き続けている。

『私は、そこに青いヴェールを纏ったような美しい花嫁を見た。そして、そこから見える暗い空をいくら見渡しても、どこにも神は見当たらなかった。

 そして、今も、暗い宙の中を変わることなく、花嫁は舞い続けている』




「この太陽のように、星の再生も自分たちの手で復元することができたら、どんなに良かったことか……」

 復元が終わった太陽を見つめ、アラクは言った。

「これと惑星じゃ、規模がまったく違うでしょう」

 しゅりるりが言う。

「それは、そうなのだが……」

 同じ星というモノを扱っているものの、天然の惑星と、人工の小さな恒星とでは勝手が異なる。それは身を持って、痛いほどわかっている。


「星の再生か。……思い出すね。君がまだ星の再生を諦めていなかった頃……いや、絶望の中、諦めてしまった時のことを」



 かつて――この箱の様な世界ではない場所にいた頃。まだ、海が手の届く存在だった時代。その時代を二人は知っていた。彼らの存在は、その時代にもあったのだ。


 その時代の始まりは温暖し続ける気候であった。その気候は、極海にあった氷を溶かし、世界に豪雨をもたらした。

 大陸は海へと沈み、かつては天にそびえていたであろう山々が大海原に散らばる島となっていた。

 そのわずかに残る大地でさえ黒に煤けていた。黒い砂の溶け込む水は濁り、塵の舞う風は澱み、群青に開けた空には有毒の光が満ちていた。大気(そら)に穴が開いているのだ。昼ともなれば、人体に有害な化学線(ひかり)が天から降り注いでいた。

 現在、大気に残る青い大気だけでは、太陽から降り注ぐ有害な光は防げない。太陽光が直接注ぐ陸上では、動植物のほぼすべてが死滅してしまった。

 豊かな土を作るはずの有益な極小の生物たちも、大地を汚染する毒に耐えられず消え去ってしまった。その毒の土に種を撒いても、芽を出すことは決してない。

 水の星はすでに人のために無い。星と人と共存する道は、閉ざされている。地上からは、人が築いた文明が消え去ってしまった。


「……死んでしまったものは、再生できない。もうここには、再生できる力がない。この星は……」

 土や水や空気を採取し、浄化する施設は稼働し続けている。しかし、浄化し終えたそれらを外へと戻せば、戻した先から汚染されていく。焼け石に水、意味のない徒労。

 人の手ではどうしようもないほど、汚染されてしまった世界。為す術もなく、見ていることしかできない無力な人間たち。

「この星は……死んでしまった」

 今まで堪えていた悔しさが、口から漏れだす。


「……いや、まだ死んでいないさ」

 不意に背後から声がかかる。


「誰だ!」

 アラクは、警戒を乗せて振り向いた。この場所は、厳重に隔離されている施設だ。訪れる者など、いるはずもない場所なのだ。


「君と似たような似ていないような、そんな成り立ちを持っているけれど、役目がまったく異なる者さ」

 目深に被った白い帽子の下で、唇はにっと上がる。

 掴みどころがない怪しい人物であったが、それ以上に気になることも言っていた。


「……まだ死んでいないと言ったな?」

「そう、死んでいない」

 そう、断言した。


「なぜだ? 生物は生きられない、自ら浄化する力も衰えている、この星が!」

 今現在、生物にとってこの星は毒の大気、毒の大地を持つ過酷な世界である。半刻も外の空気を吸えば肺の中は黒く煤け、死をもたらす地なのだ。

 黒い大地には、動物はおろか植物の姿はない。動くものは、風に舞う黒い砂埃のみ。生命の営みは、遠い昔に地上から消え去ってしまった。


「地上に無くとも、海にはまだ生きている物たちがいるだろう?」

 水と空気と大地は汚染され、多くの生物が住めない環境となってはいた。しかし、毒に満ちた環境であろうともそれに適応する生命はいた。毒に満たされた世界でも強かに生きているモノ達が。

 黒く澱んだ海は、一見すると何もいないように見える。しかし、全く生き物の気配がしないわけではなかった。

 今だにこの星を辛うじて死の星に至らしめていないのは、海がまだ多くの生命を産み出しているからである。


「人間や生物の多くが住めなくなったからといって、星が死んだなんて……ほんの一部を全てだと思い込む……人間たちの悪い癖だ」

 人間を含めた陸生の生き物たちは、この星から見ればほんのちょっとした表層でしか生きていけない。そのちょっとした表面で致命的なことが起これば、多くの生命にとっては死に直面する危機的なことである。しかし、表層が汚染されて困るのは、その場所にしか住めない生物であって、星そのものではないのだ。


「星の体内はマグマという血液が熱く流れ、星としてはまだまだしっかり生きている。それに、君らが今、生きていけるのは、この星のおかげなんだ」


 かつて、まだ辛うじて海の畔に暮らせていた頃、滅びゆく未来を憂いた人々は、この星で生きていくために、海中に都市を造ったのだ。

 地下には熱がある。それは星が生きているという証拠。その膨大な熱を使い発電し、必要な機器を動かし、彼らが生きる都市を人にとって快適な環境へ整えた。

 この星で人が生きていける場所は、人が作った人のためにある僅かなその空間だけであった。

 その都市は水に浮かぶ泡のように何百年もの間、海の中にあった。海の中にあったからこそ、生き長らえた。


「君たちは、まだこの星に生かされているんだよ」


 星に水と熱と空気と有機物がある限り、生きていける。星が生きている限り、星の暖かな活力がある限り、生命はなくならない。



 ――忘れてはいけない。人類が今日まで生きてゆけるのは、その海中をたゆとう都市の存在だけではないことを。酸素の大気がまだ存在し、そして何よりも海が残っていたことを。

 海。この存在こそ、それこそが人類にとっては幸いであった。海は急激な温度変化を防ぎ、そして、酸性の色を示すとはいえ、喉を、大地を潤す恵みをもたらしてくれる。


「君たちは、地球に感謝しなくてはいけないよ。それでも、回り続けている地球に。こんなにも傷つけてなお、無償の愛で微笑む母なる星に、さ。……お、今、いいこと言った」

 そう言うと、どこからか紙とペンを取り出し、書き留めている。鹿爪らしい雰囲気が、すっかり台無しである。


「それにさ、そもそも人間が、星そのものをどうこうできると思っているのが、間違っているのさ。確かに人間は環境を破壊した。でも、星という存在はどうこうできないはずだ。この星がほんの一時、生き物の住みやすい環境ではなくなってしまっただけ」


 その人が生み出したこの過酷な環境は、人がいなくなり、人が影響を及ぼさなくなったら消えていく。人が活動したという痕跡は、他の生物たちの活動によって塗り替えられてしまう。世界を覆う毒も、長い時間をかけ地下深くに沈み、地表は新しい大地に生まれ変わっていくだろう。


 それは、どれほどの年月が流れれば、海の中の藍藻が大気に酸素を満たし、空にもう一度、青い(オゾン)層を作り上げるだろうか。

 ――そして、生物が陸上に進出できる環境へ整ったのならば、再び地上は生命にあふれるのだ。


「それは、ことのほか早く訪れるかもしれないよ?」


 ペルム紀後期に起きた史上最大規模の大量絶滅でさえ、九十パーセント以上の生物が滅んだというのに、おおよそ一千万年後には生物は多様性を取り戻した。今回、人間が引き起こした大量絶滅は、陸上の生物こそほぼ全滅に追いやったが、海中には多くの生命が生きている。ある程度の毒が消え、原始的なオゾン層が生成されたのならば、それらの生物たちは簡単に地上へと進出するだろう。


「しかし、だからといって、人が住める環境が整うまで……何もせず自然に任せて何万年も、あの狭い無機質な都市で待つのは……」

 生存することのみを追求した都市は、すべてがコンクリートの重々しい壁に覆われている。天は青く明るい色調が描かれているが、天井に埋め込まれた灯りが、作る影が、不自然な色を映している。偽物と分かる天を見れば、嫌でも閉じこめれているような息苦しい絶望に支配されてしまう。


「だから君たちは、海中都市に変わる新たな場所を作っているんじゃないか」

 緩やかに滅びるくらいならと、少しの希望を持って、資材を惜しみなく使い、かつてあった青い星のような――空があり、太陽があり、森があり、生き物がいる――場所を作り上げたのだ。


「すごいよね。小さいとはいえ一つの星をくり抜くなんてさ」

 そう、彼らは宙に目をつけたのだ。宙にある一つの星に目をつけたのだ。元々、その星には、小規模な基地があった。それを中心とし、開発を進めたのだ。何もない宇宙空間に巨大なものを一から作るのは手間がかかる。すでにある星を基礎(ベース)に使えば、星の地上部分を一時的な基地や資材置き場、部品の製作所にすることも可能であり、現場で加工することで細かい修正や新たな機材の追加にも対応できるようになるという利点があったのだ。しかも幸運なことに、その星を掘り進めていくと、その内部には、建設に必要な資源が多く存在していたのである。

 すでにある星を使ったのには、そういう製造上の利便の理由もあるが、もしもの時のためでもある。宇宙に浮かぶということは、宇宙を漂う小さな塵や石(メテオロイド)との接触が絶えない。大きな隕石などは事前に観測し対処することも可能であるが、小さなそれらは観測も難しく数多にあり、いちいち避けてはいられない。しかし、下手にそれらに接触すれば設備が破損し、最悪の場合、生命の危機に及ぶ可能性があるのだ。

 一番外の外壁を、砂や岩でできている星を使用することで、微小な塵や石が衝突しても、岩の外郭が受け止めたり、剥がれ落ちたりすることで、大きく衝撃をやわらげる事ができるのだ。

 さらにその下には、耐衝撃・耐熱性金属物質の層を作り、内部を守るので、隕石がぶつかった程度では、それほど深刻な被害にはならない、というわけなのだ。



「完成した時に、君はどうしたい?」

「……」

「ここに残って失意のまま朽ち果てていくのか。新天地で、その能力を活かすのか」


 近い未来、海の箱庭に住まう人たちは、選択しなくてはならない。この嘆きに満ちた棺桶の中のような世界にとどまるのか、星の外に作られた場所へ行くのか、と。


「……それでも、私は。……自分たちの手で、星を取り戻したかった……」


「……まだ完成までには時間がある。その時までに、大いに悩むといいさ」

 そう言うと、その姿は朧げになっていく。まるで夢を見ていたかのように、そこにはもう誰も存在していなかった。


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