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みずうみのうみの船―泡にたゆとう海の境(ウナサカ)へ―  作者: まいまいഊ
しかし、それは確かに存在し、

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17/22

14・霧の生まれる森、暁に染まる湖。

『――見上げれば空はいつでもあったはずなのに。それは身近にあるが、しかし、今はそれはない。

 空が閉ざされてから、見上げても映し出されるのは偽の空。失って久しく、いつしかあったことさえ忘れていく……』



 湖の周り、つまり島の湖岸を1周するのに必要な時間は、充分な休憩時間も含めても、徒歩で10日もかかからない。帆船や自走車といった乗り物を使えば、もっと早く移動することができるだろう。


 帆船を使えば、一番離れている対岸でも、1日もあれば着いてしまう。安全安心に、そして楽に湖を渡るために、この世界に住んでいる人間は、移動に風で帆走る(はしる)船を使っていた。


 もちろん、湖には帆船以外の舟もある。その多くが湖で漁をするための小舟である。その小舟で湖を縦断しようとする奇人はいない。湖を小さな舟で渡ろうとすると、巨大な怪物に襲われてしまうという話が伝わっているからだ。

 その湖の怪物は代々帆船の船長が飼っているという話もある。村人たちが各自の舟で湖を渡ってしまうと、船賃が稼げなくなるので、怪物を使って自分の船以外を渡れなくしているのだ。(……という噂があるが、実際に怪物に襲われたと言う事実は今まで一切ない)


 実際にはこの怪物の正体とは、現実に存在する生物ではなく、湖の真っ只中で力尽きて遭難しないため、無謀な行為を諫めるモノ(主に好奇心と探検心に満ちた子供たちに向けて)というのを、大人たちは知っている。




 今日も、湖岸に狼煙が上がっている。

 狼煙は湖に浮かぶ船を呼ぶためのものなのだ。


「船長! のろしが上がっています」

 見張りの船員が、見張り台から報告する。

「分かった!今から、そこへ向かおう」

 船長は、指示を出す。

「方角は……モイだね」


 モイ地下街の船着場に長身の人物が立っている。それは復元屋のアラクだった。

「アラクさん、めずらしいですね」

「あぁ、たまには、ね」

 眼の下にクマを携え、相変わらず眠そうな眼が、空を見上げている。


「まだ、太陽がご機嫌ななめで、寒い日が続いているな」

「そうですね。毎日こう寒いと、朝起きるのが大変で」

 そう、今年の冬は例年に比べると少し長かった。もうそろそろ、温かくなっても良い頃なのに。


「しかし、もう少しで太陽は復活して、温かくなるだろう」

「本当に、春が待ち遠しいですよね」

 まさかアラクが天気の話をしてくるとは思わなかった。こういう、ありきたりな会話はしなさそうな雰囲気の持ち主なのだ。


「それはそうと、ここへ」

 雑談もそこそこに、アラクは世界地図を取り出し、行き先を指差した。指差された先は……

「霧の森?」

「そう。そこまでお願いできるかな」


「もしかして、テースキラさんに、会いに行くのですか?」

 霧の森と言えば、テースキラの住んでいる場所だ。アラクとテースキラは、友人だということを船長は思い出した。

「まぁ、そうだな」


「テースキラさんの所に……いや、霧の森に、僕もついて行って良いですか?」

 霧の森は何も無いといわれているが、謎多き未開の地。そこへ行くと言うので、好奇心が沸き起こったのだ。


「あぁ、構わない。しかし、面白いものがあるわけでは、ないのだが……」

「未知の地へ行くというだけで、十分な価値がありますよ」

「そうか。好奇心は、それだけで人生に彩りを与える素晴らしいものだ。それならば、その好奇心を持って楽しむと良い」

 アラクの眠たそうな眼が、細められる。

「……なんか、大げさですね」

 船長はそう思う。

「どうも長く生きていると、若人たちは、眩しく感じるものでな」

「アラクさんも、まだ若そうなのに」

 アラクの気怠げな雰囲気が年齢というものを不詳にしているのだが、見た目だけならば船長よりも少しだけ年上の青年に思えるのだ。


「うむ。……それならば到着まで、若人のように好奇のままに、船内でも見て回る事としよう」

「あはは……それでは、霧の森につくまで、ごゆっくり船旅をお楽しみください」

 船長は決り文句を言い、アラクを歓迎した。



 船長と別れたアラクは、船内を歩いている。利用者が少ないのか、船内に人気はない。アラクは、冬の淡い日が差す木の廊下を歩く。この閉ざされた空間は、モイの薄暗い地下街とは異なり、変化に富んだ優しい光が差している。


「前回、街の外へ出たのは、いつだったか」

 それは、二年や三年という単位ではない。数十年という長さだ。よほどのことがない限り、彼が地下深くにある部屋を出ることはないのだ。

 地下の景色はいつも変わらぬ同じ色。下層へ行けば行くほど濃くなる色。過ぎゆくはずの年月でさえ停滞してしまうような石と化した色。

「生きている世界を見て。まるで時が動き出したかのように……。この身もそうであるように感じるが……」

 それは錯覚なのだ。

 時にふと、思い出したように同じような疑問を持ち、しかし、結局、それはそういうモノなのだと言う結論になる。遠い昔にそのように造られた身体の仕様に、何か文句を言っても仕方が無い。

 この身は殻だ。空っぽの身体。人に似せた偶像(にせもの)だ。考えることをやめ、また変化のない虚無へと戻っていく。


「……我々仔羊たちは、いつまでも罪深く、彷徨い続ける。繰り返し約束の地を夢見ては、迷える仔羊……」

 アラクは誰に向けるでもなく、そう呟いた。


「まよったら、だれかに、きくといいよーん」

 いつからそこにいたのだろうか、アラクの足元に魚がいた。これは、船長が飼っている肺魚だ。薄い紫色の鱗が、電燈に照らされ紫水晶のように輝いている。

「君は確か、よんよんか」

 アラクは苦笑いを浮かべながら、よんよんをなでる。アラクは、話を聞かれていたことに、恥ずかしさを感じるが、まぁ、聞いていたのは無垢な魚だ。気にしないことにした。


「せいかいなのよーん。このまえ、おいらのコップを、なおしてくれて、ありがとうなのよーん」

「どういたしまして」


「よーん。こひつじさん、まいごなのよーん? まよってしまうのよーん?」

「ん、あぁ。でも、その羊は、それでいいんだ」

 迷える仔羊がいなくなったら、神に救われるべき魂がなくなってしまう。神が救うべき人がいなくなってしまう。神の要らなくなった世界は、どんな世界だろう。それは、幸いなのだろうか、それとも、辛い世界なのだろうか。


「そうなのかよーん? でも、まようこひつじさんは、かわいそうだよーん。だれか、たすけて、あげてよーん」

 よんよんは、難しい顔をして黙り込んでしまったアラクの顔を見上げている。


「誰かに求めれば、良いものではないよ。自分が選ばなくてはならないことなんだ……何よりも答えがない事も多いのだから」

「こたえがないから、まよったままなのかよーん? おいら、そんなむずかしいこと、かんがえられないよーん。でも、こひつじさんも、いつか、すくわれるといいよーん」

「そうだな」

「よーん。おいら、まよったこひつじさんは、すくえないけれど。ふくげんやさんを、あんないできるよーん。おふねは、おうちだから、おいらは、まよわないよーん」

 よんよんは、ヒレを広げてやる気満々だ。

「それじゃあ、おねがいしようかな」

「まかせてよーん」

 アラクとよんよんは、時間が許す限り、船内を散策したのだった。




 霧の森は、いつも白い霧に包まれている。夏は緑の中に、冬は白い大地の中に、いつ、どこから見ても、白い靄がかかっているのだ。



「そろそろ来る頃だと思ったよ、」

 森の手前の湖岸で、テースキラは立っていた。テースキラは、アラクがくることを分かっていたようだ。


「テースキラさん、おひさしぶりです」

 森の近くの岸に船を着ける。

「迷惑をかけたね。この前は、」

 子供特有の高い声が、唇から漏れる。


「こけー、こけー、くるっぽー、」とテースキラの頭の上の雛子(ひよこ)も、挨拶代わりに歌う。だいぶ成長したようだが、相変わらずどこか違和感のある雛である。


「さぁ、そろそろ行こう。あまり離れないように。霧に惑わされるから、」

 テースキラは先頭に立ち、森へ向かう。


 森の霧は非常に深く、手を伸ばした先程度の狭い範囲しか見えない。その為、方向を見失い、ひどく迷う森なのだ。しかし、テースキラの進む道は、霧が周りを避けていくかのように先がよく見えた。


 数刻ほど歩いただろうか、少し開けた場所に来た。そこには1本の大木があった。

「樹に擬態させた建物なんだよ、仮に人がこの近くを通っても、気がつかないような、」

 テースキラは言う。

「霧にここから遠ざけるような幻も含ませているから、この近くに来ることは、ほぼ不可能なのだが、念には念を、と言うわけだ」

 アラクが付け加える。


 テースキラは樹の根本に手をかける。すると、木の皮が奥へ消え、一人が通れる程度の穴が空いた。


 開かれた扉の向こうは暗い。日のささない森の湿った香り、白い霧の立ち込める世界。大樹に開く扉は、まるで異界に誘うような雰囲気だ。

「どうぞ、」

 テースキラに促される。アラクは当たり前のように中へ入る。


「あっ」

 人が部屋に入ると自動的に灯りがついた。そういう仕掛けがなされているのだろう。

 灯りがついて部屋の全容が明らかになる。扉の先は、拍子抜けするくらい、ちいさな部屋だった。出入り口は入ってきたものだけ、本当に何もない部屋であった。


「さあキミも、」

「……こんなちいさな部屋で何をするのだろう?」

 戸惑いながらも、船長はその部屋に入った。

「不思議な部屋だなぁ……」

 この部屋の床はやたらと音が響いた。まるで、床の下に何も無い空間があるかのように靴が床に当たるたびに、奇妙な響きを奏でるのだ。


 二人が中にはいるのを確認すると、最後にテースキラが中へ入る。

「準備は良い? 閉めるよ、」

 テースキラは部屋の壁に設置された二つのボタンのうち、下にあるボタンを押した。すると部屋の扉が閉まった。


 これから何が起こるというのだろう。



 扉が完全に閉まると、箱が揺れた。いや、揺れるとは違う奇妙な感覚だった。

 うまく表現はできないが、体がそうっと押しつぶされるような、そんな不思議な感覚だった。何が起きているのか、さっぱり分からなかった。


「今、この部屋は下へ移動している。これは古代の遺産、古代の技術だ」

 アラクは、突然語りだす。

「古代の?」

「そう、君が生まれるずっと、ずっと、前。火と雷を自由に使えた時代の」

 世界にまだ海があり、ほぼひとつの文明で統一されていた……今はもう伝説となって久しい時代の。


「星の黒い血液を媒体に、火と雷を利用して、光の中を情報が飛び交い、金属が人を乗せて空を飛ぶ……」

「金属が? 空を飛ぶ?」

 木でできたしゃもじが飛ぶのだから、金属が飛ぶこともありえなくもないのかな、と思いつつも、重い金属を使って、空を飛ぶことができるのは、やはり信じられなかった。


「……しかし、それは滅びた。その技術は、刻とともに消え、刻とともに絶え、知るものは人の中にはもういない」

 そう、もう誰も知らないのだ。すべてを知っているのは、それこそ「神のみ」ぞ。


「……本来、世界は自らの力で常に復元してきた。しかし、度を越えた破壊は、どんなにがんばっても、元のようには復元されなかった。破壊された世界が復元されるには、気の遠くなるほど長い時間がかかる。そして、どんなに時間をかけて復元しても、昔のように……実用に耐えうるものになるのかさえも、分からなかった……」

 アラクは、そのまま黙ってしまった。


 箱の奇妙な揺れは、まだ止まらなかった。




「そろそろ到着する、」

 テースキラがそう告げる。

 箱の揺れが止まり、自動的に扉が開いた。

 扉の外から、ひんやりした空気が流れ込んでくる。ここは少し寒い。この冷えた空気は、なんだか薄いようにも感じた。

 等間隔に灯りは設置してあるのだが薄暗く、物音一つしなかった。そこは、生きている者などいないような、生気を感じない、チリひとつ存在しない無機質の廊下だった。


「ここは? 一体、何なんですか?」

「ここは外と中の境界。この世界の境界、」

 テースキラは、説明する。


「そして……だから、ココをウナサカと呼んでいるのさ」

 その説明を、別のところからの声が、遮った。


「でたな、神出鬼没」

 アラクは言う。

 声の先、そこにはしゅりるりがいた。しかも、天井を歩いている。

「アラク、久しぶり。何十年ぶりかな? 相変わらず復元をしているようだね」


「なぜ、ここに現れた?」

「そろそろだと思って、見届けにきたんだ」

「やはりな……君にはテースキラとは、異なった『眼』があるのだな。何か面白そうなことがあると知れば、どこからともなく、この世界に沸いてくる」

「あはは、酷い言いよう。人を虫か何かのように」


 しゅりるりは、なにやら考え込むように腕と足を組んだ。足が天井から離れたが、床に淡い栗色の短髪がつくことは無い。



「しゅりさん? 一体どこから? なぜ天井を?」

 なんか、どこかで見たような既視感である。

「……だから、神出と言うんだ」

 ため息混じりに、アラクは言う。


「中と外の境界線であるウナサカは、上と下もあやふや」

 しゅりるりは、宙をくるりと回ると、床へ足をつけた。

「うん、こっちの方が、話しやすい」

「わざわざ上を歩いてこなくても。これだから自由すぎる、」

「ウナサカに来るのは久しぶりだから、迷った。床と天井の区別がつかないほどに」


「……嘘だな……」

 アラクは、ぼそりと言う。

この3人は、古くからの馴染みなのだろう。言葉の端々に馴れ合いを感じた。



「ここはウナサカって、言っていたけれど、どうしてそんな名前を?」

 ウナサカという名前の空間。

 海の果てにある海の境、海境ウナサカ


「遠い昔……海を失った時、未来に希望を託して。再び海を望めるよう、長い時の果てにある希望に思いを寄せて。ここは『ウナサカ』と名付けられた。旅の果にある、希望の世界に達するように、」

 テースキラは、命名の理由を簡単に語る。


「勘の良い君の事だから、うすうす気がついているとは思うけれど、この世界は作られた世界なんだ。何千年も前に」

 しゅりるりは、「ふふっ」と笑う。


「何千年……?」

 突然の告白に、予想を上回る事実に、これ以上の言葉が出ない。


「君はこの世界の形を知っているかな?」

 しゅりるりは、どこからとも無く、模造紙を取り出し、壁に貼る。


「どこからそういう情報を仕入れてくるのか……しかも私でも把握しきれていない情報だな、それは。本当になんでも知っている」

 アラクは呆れている。


「なんでも知っているわけではないさ。知らないことは、さっぱり知らないもの。……さて、この世界は、概ね四重構造になっているんだ」


 紙に書かれていたのは四重の円。その一番外側の層を指差した。

「一番外の第一層は、石の殻。とても厚い岩肌だ」

 その岩でできた外殻の内側に密着する形で存在しているのは、金属の壁で幾重にも補強した第二層だ。そして、厚い金属で密閉された空間は、大量の水で満たした。これが三層目となる。

 3層目には、水中に居住区や農業や工業を行う場所等、生活に必要な施設をつくったのだ。また、貯めた水は電気分解して燃料や大気として循環させたり、生活水に使ったりするために役立った。

 新たに生まれたそのちいさな世界には湖がひとつ、島がひとつだけ。それが新しい世界のすべてだった。


 しゅりは、次に球体の中心を指す。

「この世界の中心に作ったのが君たちの住む世界だよ。水と土と風と光を入れた、本当にちいさな世界だ」

 中心部はカラフルな色で、湖と島と風と太陽が表現されていた。その絵は、ごちゃごちゃしているように見えるが、意外なことに、分かりやすかった。


「最後に、このあたり。君たちの住む世界と水の層の間にあるこの施設は……秘密で満たされている。君たちの世界の大気を循環させたり、飲料水を生み出したり、空の光を管理したり……。内側から来る影響から守るための仕掛けがたくさん。……そう、今、君がいるのがここ。この世界を制御、管理している場所なのさ」


「じゃあ、僕は今、世界の中と外の間にいるんですね……。本当に箱の中みたい」

 想像を絶する説明を受け、理解が追いつかないところもあったが、途方もないものであることだけは感じることができた。小さな星の中に創られた小さな世界に住む者が今、秘密を知ったのだ。



「このウナサカは、とても重要な場所。まめに点検、修理しないといけない。

大部分はそれで事足りる。だが、修理では対応できない処がどうしても出てくる。そういう場所は、アラクに任せないといけない、」

 テースキラが補足の説明をする。


「アラクさんにしかできないこと?」

「今回、私は君たちが太陽と呼んでいる光源の復元をする」

 アラクが今回の目的を話す。

「今、空に浮かんでいるのは君たちが冬の太陽と呼んでいるもの。太陽も相当古くなった。だから、修理ではなく復元してしまおうという話だ。太陽の復元が終われば、仮初の太陽は回収され、春が訪れる」

 アラクは、とんでもない事実を述べる。


「太陽の修理の時に冬が来るって、本当だったんだ……」

 言い伝えだと思っていた物語が、実際の事だと知り、船長は驚きを隠せず、なんとも言えない表情になる。


「時代を経るごとに、事実を知るものがいなくなり、言い伝えという形で残っていったのだろう」

「僕がここで見たことを、みんなに言っても、信じてもらえなさそうだ……」

 あまりにも壮大で、突拍子も無い真実は、知った今でも、信じられない。


「過去にココを訪れた者も、そう言っていた、」

「僕以外にもココに来た人が?」

「十数年に一人くらいは、ここへ連れてくることがある。キミのように、太陽の復元をする時に着いてきたのは史上初めてたが、」

 どうやら一定の期間を持って、この場所へ招待される者がいるらしい。


「防衛の意味でも知られすぎるのは困る。しかし、完全に忘れ去られるというのもまた問題、」


「それに何も知らない人が、真実を知った時の顔は素敵だよね?」

「私は、あまり共感できないのだが……」

「同意、」

 しゅりの言葉に、賛同する者はなかった。


「とにかく私達の世界はそういう風に成り立っていることは、分かってもらえたと思う」

 アラクは締めくくる。


「ここが昔の人が作った場所で、外があるなんて。どうしてそんなことを? ……それよりも外の世界はどんな所なんだろう?」

 船長は外の世界に思いを寄せる。


「外の世界については。それを語るのはまだ早い。今はその時ではない、」


「今日はもう十分です。あまりのことに、何を考えたらいいのか分からないのに、さらに外のことなんて聞いたら、もっと混乱します」

 外の世界については、気になることではあるが、今明かされたほんの少しの秘密だけで十分だった。


「いずれ近いうちに知ることには、なるだろう」

 アラクは予言めいた事を言う。

「その時は、お手柔らかに」



 世界の構造についての講義はそこそこに、四人はなんとなく廊下を歩き出す。

 廊下の突き当り、そこにある扉が見えてくると、テースキラが扉の前で立ち止まり、船長の方を振り返る。

「この扉の先には、行かないほうがいい。今からアラクが向かうこの先は、快適な環境に調節されていない。キミの体では過酷である、」


「……そうか、あれは有害だったな。失念していた。もうしわけない。ここで待っていて貰えるかい?」

 アラクは謝る。

「……分かりました。終わるまでおとなしく待っています」

 この先も行きたい好奇心は強いものの、ここは従ったほうが良いだろう。


「アラクさんは? 大丈夫なんですか?」

 素朴な疑問が思い浮かぶ。

「私は自分自身を常に復元している。だから、多少のことは平気なんだ」


「このメンバーでは、船長さんだけダメだね」

 しゅりるりは余計な一言を言う。


「僕だけ……」

 やはり、この三人は常人ならざる者のようだ。


「この先に行くことができないけれど、何もない通路でただ待っているものつまらないでしょ?」

 しゅりるりはにんまりと笑い、何やらテースキラに耳打ちをする。


「今までここを訪れた者の滞在時間を解析しても、最適であるとデータが示している。案内しよう、」

 暇を潰せる良い部屋があるらしい。



「じゃあ、そこでゆっくりしていくと良い」

「船長、またね」

 しゅりるりは、アラクについていくようだ。


「なぜ、君は私についてくるのだ」

「より面白そうな方に行く。そういう奴って言うのを、アラクもよく知っているでしょ?」

 そう言う会話が、遠ざかっていく。




 テースキラに案内されたその部屋は、薄暗い青の空間であった。


「ここは湖を管理している部屋、湖の底。向こうからは、こちらは見えないようになっている。なるべく周囲の風景に溶け込むように、目立たぬように単なる岩の湖底に似せて造ってある。ほら、見えるだろう? 地上からの煌きが。君たちがいつも見ている風景と、また違った世界の美しさが、」

 壁も天井も、湾曲したガラスのようなもので出来ていた。巨大な透明ガラスは水と一体となり、その境は曖昧だ。まるで自分が水底へと迷い込んでしまった錯覚に陥ってしまう。


「……泳ぐ魚たちの群と水の揺らめき。湖面から降り注ぐ雪のようなモノ……生命にあふれていて、きれいだ。……これがあの湖の姿……」

 そう感嘆の言葉が漏れる。


「君は、詩人のような感性の持ち主だな、」

 テースキラは言う。

「……ありがとう」

 船長は、なぜか照れくさくなり微笑んでしまう。


「そういえば、ヨンヨンが昔、光も届かない湖の底で、キラキラした水の故郷見つけたと、言っていたっけ……」

 それがもしかしたら、ココだったのかもしれないと、そう思った。









★よんよんの秘密の日記「みずうみのかいぶつ」★

みずうみのかいぶつは こわいよーん


でも おいら みずうみで およいでいても 

おおきなかいぶつ みたことないよーん


おいらが いったことのない

ずっと ずっと ふかいところに いるのかよーん?


おいらが しっている みずうみの ふかいところには

みずが うまれてくる おおきないわが たくさん あるよーん

ひかりも とどかない やみのなかでも きらきらしていて きれいだよーん


それが おそろしい かいぶつのしょうたい?

あれって じつは うごいたりするのかよーん

だとしたら おいら こわいよーん


挿絵(By みてみん)

アラク

挿絵(By みてみん)

絵の提供・隅の人様


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