13・吹雪の夜に
『時間は、過去から未来へ流れていく。しかし人間は、結果を知ってから、やっと原因を認知するのではないか。今この瞬間に起きている結果を見て、同時に過去に起きたことを思う。時間は、未来から過去へと遡る……』
この小さな世界では、数年に1度の割合で、空に浮かぶ太陽の光が弱まる。この太陽の光が弱まる時、本来なら雨として降りてくるはずの水滴が、氷の結晶となって地上に降ってくる。ここ最近の冷え込みや積雪は、そのせいだった。
大人たちは、この太陽光が弱まる現象に対して、「太陽を修理するために神様が光と熱を弱めるからだ」と、冗談交じりに子供たちに話をする。その「修理」という言葉に、モイの最下層に住んでいる復元屋のアラクを思い出す。
「もしも、あの太陽が光を失うことがあっても、アラクならば復元できるのだろうか」と、少年の脳裏に浮かぶのである。
「……なんとなくできてしまうような気がする」
それほど、彼は神秘的で不思議な気配を感じる人物なのだ。
「それはとにかく……この冷え込みだと、夕方には吹雪くかもしれないな。酷い嵐になりそうだ」
風も波も今は穏やかに見えるが、大気が嵐の気配をはらんでいた。
少年は船にいる誰よりも、雲や風の流れ、湖の流れを視ることができた。
突然変わる大気の流れ、気まぐれで吹く強風、危険な水の流れ。それらの変化に誰よりも早く気が付き、正確に指示を出すことができた。そういった湖の上において発揮される能力のおかげで、船員たちの信頼も厚く、船長という役職についているのだ。
「早めに避難するに越したことはないか」
嵐が過ぎるまで、湖上で漂躊しても良いのだが、酷く荒れそうだと事前に知れた時は、無理をして湖上にいる必要は無い。陸に上がれるのならば、陸に避難する。それが、長生きするため代々受け継がれてきた船乗りの知識であった。
湖のほとりには、船ごと入れる船倉庫がある。今回のように天候が優れない時に避難したり、船体を修理したりする場所だ。
「なんとか、間に合ったかな」
嵐が本格的になる前に、船倉庫がある場所につくことができた。この嵐がおさまるまでは、ここにいるしかない。
「嵐がおさまるまで、各自、部屋で休んで」
その船倉庫には、船員が休むための仮眠室がいくつかあるのだ。
「船長、部屋に明かりが。誰かいるようです」
船員の一人が、指差した先。数ある部屋のうち一つに、明かりがついている。どうやら先客がいるようだ。
「きっと吹雪で避難してきたんじゃないかな」
ほんの数刻で急激に変化した天候だったので、陸を旅していた人が避難してきたのだろう。
「ボクが様子を見に行ってみるよ」
「おいらもついて行くよーん」
少年とヨンヨンは明かりのついた部屋の戸を叩き、中へ入ってみる。そこには、数人の少年少女と二匹の白狐がいた。せいぜい二、三人と思っていたのだが、意外な人の多さに少年は少し驚いた。
「こんな嵐の日の、こんな離れた場所に勢ぞろいだね。……一体何があったんだい?」
疲労の色を浮かべる少年少女と狐たち。そして、倒れている人も一人いるようだった。吹雪の日に遭難する物語にありがちな状況だ。一体、どんな状況なんだと、少年は思ってしまう。
「あ、船長さんも来たんだ。こんにちは。吹雪、大変だったね」
新たな来客に気がついたしゅりるりが言う。倒れている人がいるというのに、焦燥している様子は微塵もなく、軽い調子で挨拶をしてくる。
「あ、うん。こんにちは」
反射的に返してしまったが、それはさておき少年は経緯を尋ねる。
「どうして、テースキラさんは倒れているの?」
そう、倒れているのは……テースキラだった。
銀色に見える髪、白い肌、赤い瞳が特徴的な人物だ。計算された狂いのないその整った容姿は、群を抜いて異質で、輝いて見える。しかし、その赤い瞳は今、閉じられていた。
「一応、応急処置はしたんだ」
しゅりるりは、うつむきながら言う。
「何をしても動かないのですぅ」
「きっと、しんでいるのですぅ~」
玉殿と房殿は言う。
「こわいですぅ」
「ですぅ~」
「よしよし」
シルルは、怯える白狐たちを抱きしめる。
「僕もこわい……なでて……」
オルドビスもシルルに構ってもらおうとすり寄った。
「貴方は我慢しなさい。ちいさな子供じゃないんだから。ほら、くっつかない! しゃきっとしなさい」
そして、シルルにお叱りを受ける。
「どうしてこんなことになったのかしら」
「だから、僕は嫌だって言ったのに」
「貴方は、いつも外出は嫌だって言うでしょうに。それに、あちらこちらに雪うさぎを作って、はしゃいでいたのは誰だったかしら?」
「だって。雪うさぎ、かわいいから」
シルルとオルドビスの痴話喧嘩込みの話を要約すると、外出したものの、急に吹雪きはじめたので道を見失い、気がついたらこの倉庫の近くに来ていたらしい。
「私達がこの倉庫に着いた時には、もうこの状態だったの」
「きっと、おばけがやったんだよ。呪いだよ。怖い、怖い……」
「よーん。そうなのかよーん。おいらも、怖くなってきたよーん」
少年に抱えられていた、ヨンヨンも震えだす。
「おいおい。おばけが出るなんて話は、一度も聞いたことないよ」
少年は生まれた時からこの場所を知っている。そのような曰くつきな話は、全く聞いた事はなかった。
「君たちも災難だったよねぇ」
しゅりるりは楽しそうに言う。この笑顔は、なにか企んでいる時の顔だ。
「……ふふふ、役者は揃った。そう、犯人はこの中にいる!」
しゅりるりは、突然、生き生きと語りだす。どこから取り出したのか、茶色の鹿撃ち帽と外套着込んでいた。
どこかの本で読んだような探偵の格好だ。一体、何をしたいというのだろう。
「この中にいるんですぅ?」
「犯人は誰ですぅ~?」
白狐たちは、探偵の出現に大はしゃぎである。
「まぁまぁ、落ち着きなさい。玉殿ちゃんに房殿ちゃん」
しゅりるりは、二匹の白狐をなだめる。そして笑顔のまま、一枚の変色した紙を取り出した。
「部屋を調べているとき、この『ダイニング』メッセージを見つけたんだ」
「ダイイングメッセージじゃなくて?」
「間違えてはないよ。ダイニング、つまり台所にあったんだ」
そう言って、しゅりるりは、もう一枚、古い紙を取り出す。
「テーブルの上には、この『夕ご飯は冷蔵庫の中』と言う紙が、冷蔵庫の扉には、この『おやつは戸棚』という書き込みが」
ニ枚の紙がしゅりるりの手の中でひらひら踊っている。
「確かにそれは、台所の伝言だね……」
この事件とは、全く何の関係もなさそうだ。
「じれったいですぅ〜」
「犯人は誰ですぅ?」
「誰が殺したですぅ〜?」
玉殿と房殿は、やきもきしている。しかし、しゅりるりは、何かを待つようにニヤニヤとテースキラに視線を向けているだけであった。
「……もうそろそろ起動するはずなんだけれどなぁ」
起動という不吉な言葉がしゅりるりの口から出る。
「一体何を企んでいるんだ」
何か突拍子も無い罠でも、しかけたというのだろうか……。少年は、気が気でなくなってしまう。
……と、突然、今まで何の反応も示さなかったテースキラが、無表情でのそりと起き上がる。
「おばけですぅ」
「きゃーですぅ~」
「よよーん」
「いや、いや、いや。さっきまで、息してなかったのに~」
玉殿と房殿とヨンヨンに混じって、オルドビスも怯えている。
「……少し深く寝ていただけ、」
いつもと変わらない抑揚の少ない声で、テースキラはそう言った。
「だから、一応、応急処置はしたって、言ったでしょう? 応急処置の結果、駄目だったとは一言も言って無い!」
しゅりるりは、再びうつむきながら震えだす。笑いをこらえているようだ。
「……」
何か企んでいるとは思ったが、やはり……しゅりるりが楽しそうにしていた理由がやっと分かった。
誤解を与えて、楽しんでいたのだ。
何一つ、嘘はついておらず、事実しかしゃべっていないから、たちが悪い。
「……犯人は、しゅりるりだったというオチ?」
オルドビスは、そっとつぶやいた。確かに、この騒ぎの原因は間違いなくしゅりるりだろう。
「……でも」
シルルが口を挟む。
「彼、呼吸がなかったように見えたし……肌もものすごく白かったというか、生気がなくて、駄目だったのかと」
彼女は、いつものように冷静に対応する。
「どうして、いきを、してなかったよーん?」
恐れより、好奇心が勝ったヨンヨンは、テースキラに尋ねる。
「呼吸? ボクには、その行為は必要ないんだ。そういう構造をしている、」
おおよそ、常識とは離れた身体をしているらしい。
「……おや? ここは、どこだ? 最後に記録していた場所と違う、」
いまいち状況を把握していないテースキラ。
「君が倒れていたから、タイヘンダ~とオモッテネ?」
しゅりるりは、棒読みで言う。絶対「大変」とは、思っていなかったに違いない。
「し、師匠? 来ていたんですか? ココに、」
テースキラの赤い瞳が、瞬く。
「師匠?」
少年はテースキラがしゅりるりに向けているこの言葉が気になった。
「師匠と呼ばれているものの、テースキラは弟子って言うわけではないのさ。あだ名みたいなものかな」
しゅりるりは、丁寧に答えてくれた。しかし、だからといって、この状況の謎が解けるわけではなく、重要な情報ではないのも事実。
「師匠は、何をしにここへ?」
「暇だったからちょっと散歩してたんだ。そうしたら、倒れている君を見つけて。でも、吹雪が酷くって、ここまでは何とか運んできたんだけれど。本当は本格的に吹雪く前には、アラクのところへ運びたかったんだけれどね。で、吹雪が止むまでココで一休みしていたら、人がぞろぞろやってきてさ」
しゅりるりの笑みは、まだ消えていない。
「師匠は、意味の無い場所には現れない、」
テースキラの言葉にしゅりるりは、さらに唇をあげる。面白そうだとあらば、どこからでも、いつでも、なんでも現れるのだ。しゅりるりとは、そういうモノなのだ。
「しかし、別にあのまま放置していても、構わなかったのに、」
テースキラは、一応感謝はしているようだ。
「あのままだったら、本当に動かなくなっていたよ?」
「仮にあのまま本当に動かなくなったとしても、代わりはたくさんいる。実際に、滞りなく問題は解決した、」
人形のような美しい顔は、相変わらず無表情のままだ。
「君は、本当にもう……。もう少し、人間味を持ってもいいんじゃない?」
「……善処しよう、」
「本当にそう思っているのかなぁ……。あぁ、そうそう。あくまで応急処置しただけだからね。ちゃんとアラクのところに行くんだよ、テースキラ」
「自分の体の状態は、わかっている。色々と影響が出ているようだ」
テースキラの無感情な顔からは読み取れないが、予想以上にボロボロらしい。
「これからが本番なんだから。体調は万全にしておかないと。いずれ……いや、もうすでに『時』が来たのだから……」
「師匠は、どこからそういう情報を入手するのか、疑問、」
「君も、彼も、やっと眠れる日が来たんだね……」
「基本的に、休息の必要は無い、」
「全てが終わったら、やってみなよ。案外、いいものだよ」
二人にしか分からない会話は進んでいく。
「一体何の話をしているの」
「簡単に言えば、この嵐の原因究明。どこでなぜ嵐が生まれたのかを、調査していた、」
「……そして、その解明中にテースキラは故しょ……怪我をして倒れてしまった。それを見つけたから、嵐が本格的になる前に、アラクのところに、運ぼうとしたけれど間に合わなかった、と言うただそれだけの話」
しゅりるりは「うふふ」と笑う。
「……これだから師匠は、」
テースキラは、あくまで傍観主義のしゅりるりに呆れている。
「なんか、色々と端折られているような」
何がなにやらさっぱりな、少年なのでした。
「とにかく、嵐はもうすぐ収まるし、こ
の事件に被害者なんていなかった。……ということで、無事解決! おしまい、っていうこと! めでたし、めでたし」
しゅりるりのその言葉によって、強制的に幕が閉じ、話は終わってしまった。
なんだか、そんな感じでしたとさ。
★よんよんの秘密の日記「迷・たんてー」★
じっさいの たんていは さつじんじけんは かいけつできないよーん
それは けいさつのしごとだよーん
たんていが じけんに まきこまれても けいさつに ちゃんと れんらくしてよーん
「はんにんは おっまえだよーん」
でも いってみたい ひとことだよーん