12・ネコ仮面現る!
『何を観測したい? どういう未来を観測したい? 箱の中に閉じ込められた猫の生死は、開けてみるまでその状態がわからない。結果は観測によって決まる。その揺らぐ結果は観測されることで、何を思う? 観測される結果は観測者を感じ、いつだって箱の猫の生死を決定する』
ところどころから差し込む日の光、それに照らされ、涌き水がビロードのように滑らかな光沢の道を作り出している。
洞窟内は滑りやすく、地底深くに落ちる崖や穴がある。石筍が生えた床は、ちょっとした高さから落ちただけでも、痛そうだ。
洞窟内は蝙蝠の住処になっている。黒い蝙蝠がキキと音を発しながら、影から影へと飛び回っていた。
「よよーん! なんかネズミっぽいのが、たくさんいるよーん! すごいよーん! とんでいるよーん!」
よんよんは蝙蝠をこんなにも近くで見たことがないようだ。
「蝙蝠は初めてなんだ?」
しゅりるりはよんよんに訪ねた。
「そうだよーん」
基本的に船内にいて、夜もすぐに寝る生活をしているよんよんが、この夜の住人には馴染みがないのも仕方がない。
今3人は地下深くに作られた広場にいる。
周りには背の丈ほどの岩が立ち並んでおり、物々しい雰囲気だと船長は感じていた。
洞窟に住む魔王が良からぬ動きをしているらしい、とそういう噂が流れていた。
勇者役であるしゅりるりは魔王を倒しに行くという目的のため、船長とよんよんをお供にここを訪れたのだ。
しゅりるりは、ポップな柄の本を、鞄から取り出しページを捲る。
「今年の『ザ・全国魔王録』によると、ここにいる魔王はなかなからしいよ」
そんな本があるんだと、そっちの方に驚いた。しかし、しゅりるりが何を持っていようが誰も突っ込まない、それが日常を生きるコツなのだ。
襲い来る魔物や罠を掻い潜り、魔王の元にたどり着く。
そこには黒い影の形をしたものがいた。猫を模した仮面で顔は隠していたが、影が揺らめいている、よくある正体不明の魔王の造形だ。
「猫仮面だ、猫仮面」
しゅりるりは見た目でこっそりあだ名をつける。
「ほぅ、早かったな。なかなか、骨はあるということか」
猫仮面は何かを撫でながら、偉そうにしている。
「たまどの、ふさどの。なんで、ここにいるのよーん?」
よんよんは問う。
猫仮面がなでているのは玉殿と房殿であった。二匹は頭をなでなでしてもらっている。コロコロと気持ち良さそうにしている。まるで猫のようである。魔王も猫の仮面をしているから猫っぽい。だから、どっちも猫だ。猫が猫を撫でているように見える。
「ふっふっふ、世界征服のためには他の魔王の力も借りる必要があるですぅ」
「で、その条件としてココにいるのですぅー」
世界征服の手伝いをする代わりに、好きなだけ撫でるという交換条件らしい。意味が分からないが、そういうことらしい。玉殿と房殿も撫でられるのは満更でもないご様子。
猫仮面は撫でるのをやめ、立ち上がる。
「さて玉房ちゃん。さびしいけれど危ないから、向こうで待っていてねぇ」
ものすごく甘やかしている。また撫で始めた。そんなに撫でるのが好きなのか。
なんだろう、この空間に漂っているこのほのぼの感。戦意がかなり削がれる。
「さて、君ら勇者組の噂は、私の玉房ちゃんから聞いているぞ」
「私の?」
船長は思わずつっこんだ。
「あぁ、自分のものにしちゃったよ。これだから魔王は。人並みはずれた、所有欲と独占欲だね」
しゅりるりは猫仮面をからかった。
猫仮面はごまかすように咳払いする。
「さて、行くぞ!」
猫仮面の姿が、ぶれていく。一つがニつになり、二つが四つになっていく。
「うわぁ、なかなかやっかいだね」
しかし、なぜか嬉しそうなしゅりるり。
「ふははははは。驚いたか! このたくさんの分身から、本体を見つけ出すことはできるかな?」
「船長、船長、心眼とか使えないの?」
しゅりるりは、わくわく、きらきらした目を向けている。
「使えるわけ無いよ」
何を期待しているのだろうかと、船長はため息をつく。
「湖の風や水の流れが読めるんだから、きっとできる。やってみなよ」
「……えぇっ」
ここにきて突然の無理難題。
「ほら、目をつぶって、感じて!」
「うぅ……やらなきゃいけないんだろうな。……そこかな?」
船長は目をつぶり集中し、何か感じたところを攻撃してみた。何か手ごたえのようなものを感じた。
「あ、あたっちゃった……」
攻撃は本体に見事に当たったが、致命傷では無いようだ。目をつぶって全く見えない状態での攻撃だ、普段の半分の力も出せていない。。
「む~要練習だね。そうすれば、目を開けていても、できるようになるし、攻撃する時の躊躇も無くなるし」
しゅりるりは腕を組み、改善点を述べていく。
「心眼の使い手か……久しぶりに楽しめそうだ」
心眼といった比較的高度な技を使うことには、正直驚いたがまだまだ未完成。将来が楽しみな逸材ではある。
「次は……面倒だから、全部に攻撃してみよう! 全体攻撃だ!」
しゅりるりは次なる指示を出す。
「それは、君がすればいいじゃない。そういうような魔法は、得意そうにみえるよ?」
まともなのは無さそうだけれどと、船長は心の中で付け加える。
「使えなくは無いだろうけど、基本的な火の魔法でさえ結構カスタマイズしちゃったからなぁ」
しゅりるりは火の魔法を短く唱え火をだすが、ころっと出てきたのは豪華に装飾された松明。これは、アネーハ城にあったものであろうか。見覚えがある造形の松明だ。
「今日は持ってきていないけれど、アルコール度数高めの水も一緒に召還すると最高に格好いいよ。その水を口に含んで、フォーと松明に向かって勢いよく水を吹きかければ、火炎を口から擬似的に吹ける。それが結構爽快なんだよ!」
しゅりるりは松明に火を点け、振り回している。
「『あわあわ』は泡だらけに、『きらきら』って唱えると星が頭の周りを回って、『どくどくろ』と唱えれば……」
まるでおもちゃ箱をひっくり返したような使えなさそうな魔法たち。
「魔法はイメージと想いの強さとは言うけれど、あんまりですぅ」
「噂には聞いていたけれど、ひどい魔法ですぅー」
玉殿と房殿は非難轟々だ。予想通りまともな魔法は何一つとしてなかった。
「あそんでないで、ちゃんとしてよーん」
松明を使った踊りは惹かれるが、今は宴会芸を披露する場ではないのだ。
「よんよんちゃんに、言われたらちょっと頑張るしかないか」
しゅりるりは松明を魔法の杖と見立てて構え、全体攻撃魔法をとなえる。
「owet ebususu kuti kay a hakuog on ”arumoh” a hutenu kays on ”oonoh”」
高度な魔法になれば、それなりに長い呪文を唱えなくてはならない。そういう決まりがある。
ひとつの魔法について、どういう仕組みか、考えるのは無駄。理解するのは『ひとつ』ではなく、『全て』でなくてはいけない。それが魔法あり方。
これは『新装版・魔導概論』に記されたの言葉である。
「u ohami kegu oki at nez on ”orumoh=arumoh”」
しゅりるりが、長々しい呪文のすべてを唱え終えると、膨れ上がった炎は弾け、たくさんの猫仮面に向かって飛びかかる。魔法は本体にも当たったが、さほどダメージを受けた様子はない。
「お主も、なかなかやる! しかし、そんな威力の魔法では私は倒せぬぞ」
全体を攻撃する魔法は、対象が多ければ多いほど威力が拡散してしまう性質を持っているのだ。
「どうするよーん」
打つ手なしかと、よんよんはしゅりるりを見上げる。
「大丈夫だよ、よんよんちゃん。戦いの序盤における戯れは、必要な形式美なんだよ」
「よ~ん? そういうものなのかよーん?」
「そうそう。でも、そろそろ戯れの馴れ合いはオシマイ」
しゅりるりは、何を言っているのか判別がつかない程、ものすごい速さで呪文を唱える。周りに魔力の霧が集い始める。
「こっちも対抗してやる~。増えろ、自分!」
あっという間に、しゅりるりもたくさん増えた! 猫仮面と同じ数だけ。
「あはははははははは! たくさーん、登、場!」
「あはははは」
「あっはっはっはー」
「いえーい! いえーい!」
そして、賑やかさも倍増したのだ。
「むむむ」
猫仮面は警戒している。
たくさんの二人は何をするでもなく、にらみ合っている。大半のしゅりるりは、ボーっとしているだけのようにも見えるのだが気のせいということにしておこう。
しばらく二人は動かなかったのだが。
「もうそろそろ限界かな?」
口を開いたのは、しゅりるりだ。
「……ぜぃぜぃ、なかなかやるなぁ」
猫仮面の分身が薄くなっていく。
「この手の分身は魔力だけではなく体力消耗も激しいからね、持続にはコツがいるんだ」
しゅりるりも分身を消していく。
「ぶんしん、すごいのよーん。すごかったのよーん!」
「ですぅ」
「ですぅー」
ちびっ子たちは尊敬のまなざしを向けた。
「あっちが勝手に気を張って無駄に消耗していたから、こっちは基本何もしていないんだけれどね。でも、結構疲れたなー」
まったく疲れていないように見えるのは錯覚だろうか。
「基本何もしていない、か」
魔王は仮面の下で苦笑する。あんなに畏ろしい体験をしたのは久しぶりだ。
「あれは只者ではない。こうなったら……」
猫仮面は風景に溶けていく。同化していく。
「あれ? 消えちゃった……?」
船長は、まったく気配が感じられなくなってしまった。
「ふっふっふ、隠れても無駄だ! 観測できない猫にはお仕置きだ!」
しゅりるりは、すかさず「シュレディンガー!」と呪文を唱える。岩は砕け散った。
「……わぁ、木っ端微塵」
しゅりるりが攻撃をした場所には、そこには何も残っていなかった。
「……って、つい反射的に攻撃しちゃったよ、あぁもう少し楽しめると思ったのに」
なんか猫仮面が哀れに感じた船長。でも、なんだか「ほっ」とする。
「ううぅ、 よくここにいると分かったな」
どこからともなく声が聞こえる。姿を現した猫仮面は、かなりの傷を負っているらしい、歩くのもやっとの様子。
「え? そっちに? え、えええええええええええ?」
(しゅりるりが攻撃したのは右側にある岩だったのに、なんで左側にいるの?)
予想外の場所に猫仮面がいたので、船長は混乱している。
「どこを攻撃しているのかと思ったら。意味が分からないまま、まともに食らっていたよ……」
しゅりるりの攻撃で、右から左へと吹っ飛ばされたわけではなく、最初からその場所に隠れていたようだ。
「猫が右にいるか左にいるか、ダメージを受けているかいないか。観測するまで結果はわからない。だったら思いどりの結果を観測してみようじゃないかというような因果を持つ感じの魔法だよ」
よくわからない理論を展開している、しゅりるり。本当に何を言っているのかわからない。
「よーん? かんそく、よーん? けっか、よーん? よよよよーん? どういうことよーん?」
よんよんは、状況を理解できないでいる。
「しゅりるりが、まともな魔法で攻撃するわけ無いですぅ」
「ですですぅー」
「やっぱり、そういう結論になるのか」
まともな魔法は使えないのだなと、船長は再確認する。
「それにしても見事な戦いであった。我が人生に悔いは無し……」
猫仮面はその場に倒れた。その顔は満足げであった。
「こうして勇者たちは苦戦の末、とうとう魔王を倒し、そして、世界は救われたのです!」
しゅりるりは、ナレーション風に語り締めにはいっている。
「よよよよーん? よーん? おわりなのかよーん?」
「ですぅ」
「ですぅー」
「これにて、一件落着!」
しゅりるりは、ちょっと気取ったお辞儀をしたのでした。
★よんよんの秘密の日記「じんせいとは!」★
「わが じんせいに くいはない……」
ってセリフ、ステキよーん
たたかいに あけくれて、うしなうものも たくさんあって、
それでも リソウとヤクソクのためならと、ギセイになっていくよーん。
かなしきじんせい、でも、すばらしきじんせいよーん。
「じんせいに くいは ない」
いろんないみで、なけてくるよーん。