10・対決!りんご団!食卓の明日はどっちだ!
『勇者と魔術師は旅立ち、云々と……。
彼らの企む悪だくみ的な事件を阻止するために、襲いくる魔物や四天王や魔王をばったばったと切り捨てました。
――そうして勇者は世界を救ったのです』
「云々と……って、大事なところ省略しすぎじゃない?」
「ザ・冒険の書」と表題のある本の前書きを読み終えた船長は感想を述べる。
「今、村では勇者と魔王ごっこが流行っているんだよ。特に子供たちの中では魔王が人気で、自分はいつも勇者役をしているんだ。あ、ちなみに魔術師役はいつでも大募集中だよ」
しゅりるりは、今までしてきた冒険の数々を語る。
「おいらも、ドキドキな、ぼうけんしてみたいよ〜ん」
話を聞いていたよんよんは、その楽しそうな遊びに興味津々だった。
「いいよ。その時は、一緒に遊ぼうね」
「やくそくだよーん?」
「うん」
しゅりるりは、よんよんを撫でまわす満足するまで撫で、何事もなかったかのように話の続きに戻る。
「で、話は戻るけれど、魔王は本来、残酷、冷徹、完璧であるはずなんだけど……」
しゅりるりは『ザ・魔王になろう』と言う本をどこからとも無く取り出す。
「最近の魔王の流行は、ちょっとばかりカリスマ崩壊とか、何がしら姿にギャップがあるとか、そういった流行があって……」
「ちょっとまって。何で君がそんな本を持っているの?」
「ああ、図書館にこの手の本は、たくさんあるよ。なにせ、流行りだから」
しゅりるりは暇な時に図書館で、こういった類の本を読んで暇を潰しているのだという。そういえば、初めて出会ったのも、図書館であったと思い出す。
「……今度は魔王になりたいとか思っているんじゃ?」
その本の帯の部分には「君も、今日から魔王になれる!(かもしれない)」という、うたい文句が書かれていた。
「まさか。椅子に座っているだけなんて……暇すぎるから、やりたくないよ」
しゅりるりは赤褐色の本の角を手の平の上に乗せて器用に回しながら、そう言った。
「……あまり深くは追求しないことにするよ」
追求したところで、おそらく奇妙な話になることは目に見えている。
「この本には、いつの頃からか『魔王』は野心と欲望と破壊の絶対悪な職業から、ボケ・ドジッ子な感じのお笑い担当職になったのか。とか、そういう流行り廃りな歴史も書いてあるんだよ。魔王になるならないはとにかく、興味があるなら、今度読んでみると良いよ」
しゅりるりは本を自分の鞄にしまう。
「こんな本が人気の貸し出しコーナーにあるくらいだし……。だからね、ちょっと力がある個性的な子たちが面白がって、魔王って名乗って遊んでいるんだよ」
「その本、人気なのか……」
「そう、だから、今、巷には自称な魔王がたくさんいるけれど、正統派もちゃんといるよ。そうだ! 今度、正統派魔王の家に遊びに行こうか? 封印されちゃってることになっているけれど、解いちゃえばすぐに会えるよ」
怖ろしいことを、なんという風ではない言葉で言う。
「正統派? 封印されている?」
「うん。昔、まじめに世界征服を企んで活動していたんだけれど、偉大なる力に封印されたらしくって。だから、今は普通の人に戻って暮らしているんだ。魔王の時の記憶が思い出せなくて曖昧なんだって」
「それ……触れないであげたほうがいいよ」
若さゆえの恥ずかしき黒い歴史は、闇に葬られたままのほうが幸せなものなのである。
「……とにかく子供たちが、魔王という名を免罪符に悪さをしているのか」
船長はため息をつく。なぜならば、「魔王」たちの悪さの被害を受けて、食卓が危機に陥ろうとしていたのだ。
そもそも、そのことを知ったのは、よんよんと共にリンゴの森へ来た時だった――
さて、島ではりんごがなる季節になった。湖の畔に住む人々は、りんごが大好き。りんごは村の近くで農家が育てており、りんご狩りの季節には人々は多く訪れる。
果樹園には船着き場もあるので、船旅のついでに気軽に行くことができる。魅力がいっぱい、そんなりんご園であった。
りんご園に行くと知ったよんよんは、「おいらもいきたいよーん」と、言って聞かない。好奇心が旺盛な魚なので行きたいと言うのは、いつものこと。船長は、よんよんを腕に抱え、りんご園へ出かけるのだった。
「やあ、船長さん。奇遇だね。こんな所で会うなんて」
りんご園に着いて、早々、なんの前触れもなく、しゅりるりが現れた。
「だ、だれだよ〜ん?」
よんよんは、初めて会う人物に興味が深々である。そして、よんよんは、怪しげな風貌の来客に警戒もなく寄っていく。よんよんは好奇心が旺盛なのだ。
「よんよんちゃんだね。君の事は、『知って』いるよ」
その白い人物はしゃがみこみ、足元に寄ってきた魚の頭をなでる。
「はじめまして。しゅりって、気軽に呼んでね」
「しゅりさんと言うのかよ〜ん」
仲良くしようねと言って、しゅりるりはよんよんのヒレを優しく握り、握手の真似事をする。
「さて、自己紹介も終わったし、本題に入るね」
聞かれてもいないのに、しゅりるりは語り出す。
「今、このりんご園では困ったことが起きているんだ。実はりんごを狙う魔王がいて、困っているらしい。もう、いくつかの畑が被害にあって、このままでは、みんなの台所に十分なりんごが届かなくなってしまうみたい」
「え、魔王? りんごを狙う?」
話が見えない船長は、困惑する。
「そうそう。りんご専門の魔王が、出るらしいよ……」
まるでお化けか幽霊が出る噂を語るように、声を低めてしゅりるりは言う。
「……それ、どこから仕入れた情報?」
突拍子もない話に、船長は怪訝そうにする。そのような噂は聞いたことがなかったのだ。
「りんごだけを狙うって、何をしたいのやら。面白い魔王だよね。その魔王の手下たちは、りんご団という名前で決定だね」
しゅりるりは言う。
「りんご団って……。本当に、こんな場所に本当に魔王がいるの?」
「それが、本当にいるんだなぁ」
船長たちがいるのはごく普通の果樹園。場所が場所なだけに人通りは少ないとはいえ、ここは村からも近く比較的治安が良い場所である。
まさかこんな果樹園の中に魔王がいるとは思っていなかった。魔王と言えば、人がそう簡単に行けないような場所に城を構えているのが、一般的な印象だったからだ。
「どうして、まおうが、ここに、あらわれるよーん?」
よんよんは思ったことを言う。
「駆け出しの頃は、基地とか、お城なんて構えられるほどの財産ないからね。どうしても飛び込み営業的な活動になるんだよ」
世知辛い世の中だよねと、しゅりるりは言う。
「そういうものなのよーん?」
もっともらしい、しゅりるりの意見に納得しそうになっているよんよんがいた。
「あと最近の魔王は、城を持たない者も多いみたいだよ。そうだ。この本、読んでみてよ」
しゅりるりは鞄から、無駄に凝った装飾のなされた一冊の本を取り出すと、船長に手渡した。
「この本は?」
「今起こっていることの原因となった本の一冊だよ。今、この世界には魔王と呼ばれる者がたくさんいるんだ。それはもう溢れんばかりに。その実力や思想は一様ではなく、必ずしも、世界征服や何やら悪事を企んでいるわけではないんだだ。……まじめに世界征服を企むいわゆる正統派な魔王は、ほんの一握りしかいないんじゃないかな」
嘆かわしいと言わんばかりに、ため息をつくしゅりるり。
「つまり……子供たちが、魔王という名を免罪符に悪さをしているのか」
船長は事情を把握した。
「でね、これから、魔王退治するのだけれど、一緒にどう?」
「退治って……子供たちを?」
「ごっこ遊びなんだから、こら! って、軽く懲らしめる程度だよ」
「……それもそうか」
船長は、ほっとする。
「おいらも、まおうたいじ、まぜてほしいよーん」
「いいよ。さっき約束したしね」
「やったよーん」
「船長さんは? 留守番する?」
「僕も行くよ。よんよんだけじゃ心配だし」
特にしゅりるりの奇行から、守らねばなるまい。
船長は、子供たちの……いや、魔王の野望を止める手伝いを、微力ながらしようと思った。
「そうと決まれば、まだ無事なりんご園で、待ち伏せしよう」
しゅりるりの提案もあり、船長とよんよんは、リンゴ園の所有者の所へ向かう。所有者に事情を話し、二人と一匹は魔王たちを待ち伏せることにした。
「じゃあ、来るまで、お茶でもしようか」
しゅりるりは、鞄から敷物やらお菓子やらを取り出した。
「船長さんも、よんよんちゃんも、おいでよ。お茶にしよう」
「あ、はい」
「よーん」
しゅりるりに促され、船長とよんよんは敷物の上に座る。
ピクニック気分な緩い待ち伏せは、飽きることはなかったが、緊張感がなく、目的を見失いそうになる。
「お。あれかな? 発見!」
待つこと、数刻。目敏いしゅりるりは、畑に侵入する集団を見逃さなかった。船長が止める暇もなく集団の前に飛び出した。
「あぁ、やっぱりこうなるのか。後先考えないで飛び出すんだから」
船長は、よんよんを抱え、その後を追う。
その先には、リンゴのような被り物をしている集団がいた。材質はカボチャであると分かるのだが、加工をしすぎたせいか、滑らかさといい、艶といい、色合いといい、もはやリンゴと言って差し支えないほどに変容していた。
「そこまでだ!」
しゅりるりは、正義の味方が現れるときによく使われるフレーズを叫んだ。しゅりるりは嬉々として、手足を広げて行く手をさえぎるように立っている。
「リンゴの皮を被った怪しい奴らめ! この『勇者』しゅりるりは、お前たちの悪事をすべてお見通しだぞ!」
しゅりるりの大げさな動作は、目を引きつける。
「勇者?」
「勇者が、来たー!」
思いがけない勇者の登場に、集団は色めきだつ。
「くっくっく、飛んで火に入る夏の虫め。我々は、影集団『失楽園』! 世界を統べる魔王が率いる最強の軍団だ!」
待っていましたとばかりに3列に並び、各自、前々から練習していたであろう決めポーズ的なモノをしている。その決めポーズはまったく統一性はないが、普通ではない雰囲気が充分伝わってくる。
「よ、よーん……」
「影集団。怪しいにもほどがある……」
「あはは! りんご団、格好いい! 格好いい! あはははは!」
その決めポーズはしゅりるりの笑いのツボだったようだ。今にも転げそうな勢いで笑っている。
「我々は、そのような名前ではない! それにこれは、ヤチボカ村特産のカボチャだ! 決してリンゴではない!」
橙色の被り物をしている者が叫ぶ。
その声を聞き、手下たちに動揺が走る。
「え、リンゴじゃなかったの? リンゴ園を縄張りにするといっていたから、てっきりリンゴの形に加工するのかとばかり……」
「りんご、ちがったみたいですぅ」
「ですぅー?」
数人の手下から、ひそひそと声が上がる。
そして、元凶のしゅりるりは、「りんご園のりんご団! りんご園のりんご団!」とまだ連発している。
「む。むぅ……私は影集団『失楽園』の魔王アンキ」
魔王はすべてを無視することに決めた。
「私は忙しいのでな、貴様らの相手は……青の三人だ」
アンキが指を3本立てた状態で右手を上げ、上げ合図を送ると、たくさんの手下の中から、青りんごの被り物をしている3人が前に出る。
「3対3で、公平に、な」
さりげない優しさ、律儀さ。
「よ、よーん。おいらも、戦うのかよーん?」
よんよんは不安になった。
「大丈夫。このハンマーをあげるから、よんよんちゃんも、行っておいで」
しゅりるりはよんよんに、タコの形を模った、真っ赤なボディが鮮やかなハンマーを渡す。
「……それでいいのか?」
船長はしゅりるりに言う。
「きにしなーい。きにしなーい。これで叩かれたものは、すごいダメージを受けるのだ! そう、一振りすれば、タコ殴り。その名もタコットハンマー!」
しゅりるりは、ぴこっとハンマーを鳴らした。それに合わせてタコの丸い黒目がくるりと回る。
「それに、これは遊びなんだから、気楽に、気楽に。敵も、よんよんちゃんに、本気で勝とうなんて思っている人はいないよ」
しゅりるりは、元も子もない事を言う。
「……あの伝説のタコットハンマーを託されただと! さすがよんよんちゃん! かわいい!」
「さすが勇者の仲間ですぅー」
「これは勝てないかもしれないですぅ」
りんごのような被り物をした魔王の手下たちは、しゅりるりの意見に同意するように、よんよんに気を使いはじめる。
「よーん……おいら、がんばってみるのよーん」
これらのやり取りと聞いているうちに、よんよんの緊張はどこへやら消えてしまった。
「準備も整ったようだし、始めよう」
しゅりるりの、何とも緊張感の無い一声で、戦いは始まった。
よんよんの「ぴこっ」とする猛攻撃に、魔王の手下たちは手も足も出ない。よんよん、大活躍である。
しゅりるりは、隙きをみてはそれっぽい魔法を唱えて、よんよんの補助をする。
船長は、様子を見ているだけである。
――数分後。事態は動いた。
「くっくっくっっ、りんごは頂いていくぞ! 皆の者、撤収だ!」
しゅりるりとよんよんが手下と戦っている間に、アンキを含めた戦闘に加わっていない者たちは、ちゃっかりとりんごを盗っていた。
手下は、足止めの役目を充分に果たしたのだ。アンキたちは手下とともに、さっさと逃走を図った。
「あ、逃げるのか? りんご団! 待てぇ!」
しゅりるりは嬉々としながら、船長とよんよんは仕方なく、りんご団のあとを追いかけた。
「さっさと逃げるなんて魔王の風上にも置けないやつだなぁ」
珍しく怒っているのかもしれないが、スキップ混じりに追いかけているので、本当のところは、どうでもいいのかもしれない。
とうとう、りんご団を湖の見える岬まで追い詰めた。
この先は湖だ。逃げ場はない。
「ふっ、ここまで追ってくるとは」
落ち着きを払ってふりむく。逃げる道を間違えたとは、今更言えない。
「ぼくらは、食卓の明日を守るんだ。りんごの無い台所には、させない!」
しゅりるりは、まるで正義の味方が言うような口上をすらすらと述べる。勇者と魔王が対峙する。本来ならば燃える展開だというのに、言っている内容が奇妙な感じで、いまひとつ及ばない。
「ああ、やっと追いついた……」
そして、船長とよんよんは、もはや完全に置いてけぼりである。
「……ていうかさ、思うことがあるんだけれどさ? りんごの窃盗? そんな、しょぼいことするのはさ、魔王の仕事と言うより、むしろ雑魚敵な下っぱな仕事、したっぱ~っぱ~! だと思わない?」
しゅりるりは、緊迫した空気を読まない発言をぼそっとした。
「うぎぃ、うぎぃ、何か言ったか?」
アンキは聞き逃さない。いや、むしろそれはぎりぎり聞こえるような声の大きさだった。
「雑魚扱いした。ゆるさんぞ。魔王の力見せてやる!」
「ふっふっふ、かかってくるがいい!」
しゅりるりは、わっはっはと笑う。
「これじゃあ、どっちが、わるものか、わからないよーん……」
よんよんが言う。
何はともあれ戦闘は避けられない。
「よし、いくぞー」
先手をきったのは魔王アンキである。
「アンキクラーシュ!」
「しかし、見えない壁に阻まれ攻撃は届かなかった」
しゅりるりは、すでに防御の魔法を使用していた。
「こ、攻撃がきかない?」
これがアンキの使える最高の技なのだ。
「も、もう一度だ! アンキクラァァァーーシュ!!」
「しかし、同じ結果に終わった」
しゅりるりは、アンキの攻撃を口撃で防ぐ。しゅりるりのかけた補助魔法の効果により、物理的な攻撃はもはや効かないのだ。
「ぐ、こうなったら」
アンキは両手を地についた。大地から湧き出る力を借り、勇気を出して叫んだ!
「……ごめんなさい、見逃してください、りんごは返します」
口では勝てそうにないと、アンキは罪を認めた。
こうして長かった戦いは幕を閉じた。
太陽が輝く空は、晴天の色を映し出す。
「これで終わったね。綺麗な夕日だ」
しゅりるりは言った。
3人は陽を見つめ、戦いのむなしさをかみしめる。しゅりるりのナレーションは、物語の締めに入る。
「いや、夕焼けなんてないから……それに、僕は太陽なんて見つめてない!」
船長はそのナレーションに突っ込む。
「そう、これからがはじまりなんだよ。これからが本当の戦いなんだ」
拳を握りしめるという、演技かかった所作とともに、しゅりるりは締めくくりの言葉を言う。
太陽の光に染まった湖は明るく輝いていた。
今日も一日、いい天気になりそうだ。
★よんよんの秘密の日記「まおうは りんごが すき」
りんごを、まおうが、もっていっちゃう、じけん、おきたよーん。
それは、たいへんなのよーん。
りんごが、たべられなくなるのは、いやよーん。
おいらも、りんごを、まもるために、まおうのてしたと、たたかったのよーん。
ぴこっ、となる まっかな でんせつのハンマーは、すごいのよーん。
ぴこっと、なって、たのしいのよーん。
おいら、まおうのてしたを、たおしたよーん。
そして、ゆうじょうが、めばえたのよーん。
まおうのてしたと、こんど、あそぶやくそく、したのよーん。
また、まおうをたおす、ぼうけんをして、おともだち、ふやすよーん。