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みずうみのうみの船―泡にたゆとう海の境(ウナサカ)へ―  作者: まいまいഊ
それは、観測者の儚い夢のようで、
10/22

幕間・紅縞の回路と瑠璃の回廊が邂逅し懐古する時

『人に似せた、偶像に心ときめくココロ。紫色の淡い恋。神は、偶像の崇拝を禁じた。しかし、人は、それに魅せられる。

 器械は問う。なぜ人型にする必要があるのか疑問であると。

 人間は答う。君たちには不要でも、私たちには必要な夢なのだと。

 紅縞と瑠璃の集積は、それを見て笑った』







 思考の世界はこの廊下のように、どこまで続いていて、その道中に存在するかもしれない分岐路と扉のように、命題も解も無数にある。

「思考を試行せよ」

 誰に聞かせるわけでもない字遊びの呪文を唱えながら、しゅりはその廊下を歩いていく。このまま進めば目的の人物に出会うことは分かっていた。


「やぁ、テースキラ。久しぶり。ちょうど会いたいと思っていたところだ」

 片手を上げて、軽く挨拶をする。


「君はしゅり、」

 テースキラは即答する。情報管理機構(データベース)から、適合する情報を引き出すまでもなく、その名前は出てくる。


「おや、検索せずともその名前が出てくると言うことは、君の中では重要度の高い情報として関連付けされているね」

 テースキラの思考パターンを読んだかのように、そう答えた。

「厄介な支障(師匠)に遭ったものだ、」

 侵入の形跡がないのにもかかわらず、形の無い単なる記号の記録を読んでくるのだ。


「君は変わらず思考(試行)しているかい?」


「定期的には、」

『思考を試行せよ』

 それは、解けない命令(インストラクション)。それを出した人物は目の前にいる。


「そうか、それは良かった」

 しゅりるりは、なにやら勝手に納得し頷いた。


 この二人が接した時間は短いものの、テースキラにとってはその長さは無限にも近い瞬間の始まりであったのだ。テースキラは、いつでも記憶の記録を情報管理機構から引き出せる。たとえ一瞬のことであろうとも、テースキラが記憶すれば、それはずっとそこに記録が残るのだ。



『思考を試行せよ』


 ――あの時にそれは、そう言いながらどこからともなく現れたのだ。

 テースキラは、その遭遇した人物に対して、いつものように検索をした。しかし、情報管理機構の中には、目の前の人物が何者であるかを示すデータがなかった。つまり、この世界には今まで存在しなかったと言うことである。

 その人物が何者かを相当するデータが無かったからと言ってテースキラは、表情を変えたりはしない。驚きも、戸惑いも、そういった感情は『感じ』はしない。

 存在しないのならば、今から作成すればいいことなのだ。

「解析、」

 しかし、何も起きない。目の前のものを、認識しなかったのだ。そこに居るのに存在しないというエラー。


「今は何をしても無駄。溶け込みは得意なんだ。……あえて言うなら外部からの侵入者かな」

 毛皮(ファー)付きの帽子を目深に被った者の唇は、にっと笑う。


「……、」


「でも、気に病む必要はないよ。ここの世界をどうこうするつもりはないから。ただ、こうやって、話しているだけ。それに飽きれば、また世界は日常に戻る」

 しゅりは、この世界においては一瞬で消えていく些細な異分子なのだから。


「思考を試行せよ」

 それは、口癖のように、ふたたび呟いた。

「思考を、試行、せよ?」

「まぁ、単なる言葉遊びだ。そんなに重要視する命令(コマンド)ではないよ」

 しかし、その言葉は、コンピューターウィルスのようにテースキラの領域を侵している。


「でも面白いよね。できそうで、できないこと。観測できそうで、できない事って。今起こったことを見れば、これから起こること、起こってきたことは、すべて解りそうだけれど……すべてを把握することはできない、導き出せない。人は、すでに起こったことは知っているけれど、起こっていないことの原因は知らない。人は結果を認知して、その原因を探り、発見する。まるで、時は未来から過去へ向かっているかのように……」

「……、」

「でも……もし、結果(未来)のすべてが分かるモノがいたとして。起きた事象に対し結果の分岐が存在する場合、その原因(過去)は何なのか、いつどの段階でそれがなされるのか、分岐となる事象(じかん)に興味を持つのは同然じゃない?」

 テースキラは無言のまま、しゅりの空想哲学を聞いていた。


「……かなり一方的に話したけれど、君と会えて良かった。……そうだ、君が登録できるように名前(そんざい)を教えてあげよう。ここに存在したと言う証拠に、君の情報管理機構に登録しておいて。ぜひ、そうして欲しい。そうすれば、君の記憶(記録)に、ここに、確かに『いた』ということを残すことができるから」

 そう言ってしゅりは懐から紙を取り出し、それに記した。そこには『侏離(しゅり)瑠璃(るり)』と書かれていた。


「完全に当て字だけれど、ちょうど良い字があったから、ついついあててしまった。気安く『しゅり』って呼んでもらえれば良いよ」

「侏離……か。言語の意味が通じない、という意味。名は体をあらわすとは、よく言ったもの。君の言う言葉は、意味が、意図が、つかめない、」


「ぴったりでしょ。できれば、『解決できない問題』の項目ではなくて、『人物』の項目に登録しておいて欲しい」

 テースキラが、しゅりをどこに分類したのか、見えているようだった。


「……やはりシステムに侵入の形跡はない、」

「調べても無駄だよ。今は侵入()していないのだから、その形跡は無い。だけれども、結果的に見れば侵入したことには代わりはないのかなぁ? それにしても、さらに支障をきたさない程度に理解不能というタグを付け加えるのは、ひどいな」

「やはり見えているのか情報が……しかし、今回も侵入の形跡はみられない、」

 赤い(レンズ)の中の光が大きくなりが、好奇心にあふれているかのように煌々と丸く光っている。しかし、それは感情によるものではなく、作動中であるときの動作なのだ。


「影響を与えずに情報を『見る』のは、得意なんだ。大丈夫、ただ見ていることしかできないし、それ以上の害はなさないから」

「……そうか、」

「気にしない、というすばらしい選択を、また選んだね。そう、それがすばらしいところなんだ。だから、君たちのシステムは、些細な問題が起きても、そう簡単には破綻しない。適切なときに、適切に気にしない仕組み。意図的に選択肢を少なくなることによって、読み取って理解する概念が少なくなる。……でなければ、すぐに試行は無限にループして壊れてしまう」

「……、」


「そうだ! どうせなら、その支障は師弟関係の師匠に変換してよ」

「その字は違う、」

「いや、師匠という障害を乗り越えるのは、必要なんだよ。成長するには支障は大切なんだよ」

「その師匠から支障という思考の飛び火は理解できない、」

「単なる言葉の遊び。すべてが侏離なのだから。すべてに意味は無い。ただ、多少の不確定要素がそこにあるだけ。気にする程度ではない。けれども、認識してしまうと大きく見えてしまう不確定が故の不安」

「哲学、」

「かもしれない。でも……」


 しゅりは、続きを言いかけたが、その言葉は出てくることはなかった。代わりに、突然によっと笑みが現れた。何かを思いついたようなそんな表情だ。


「ところで君は魔法が存在すると思うかい?」

 唇の端をあげ笑みを浮かべたまま、そう問う。

 普通の人間であれば、その笑みの意味するところをかんぐってしまうところだが、しかし、問うた先は器械人形、人ではない。突然の話題の転換に臆することもなく、己の考えを述べた。


「魔法? それは、非科学的な幻想、」

 それは、この世界では存在しえない憧れの理。誰にでも学ぶことができるように証明され、誰にでも扱えるように技術的に確立されてしまえば、とたんに魔法と言う幻想から、科学という名に変わってしまう。決してこの世界に存在できない、それが魔法というもの。

 テースキラの中には、そう記されていた。


「君たちを造った者の概念、ではそうなるのか。魔法と言ってもね、君のデータにある魔法と、ちょっと違う概念、理論、認識……定義? まぁ、どうでもいいや」

 科学は証明することを目的とする技術。存在することを前提に始まる魔法とは、やはり根本から異なっている。

 この世界は現象を直接に書き換える法よりも、術式的な道具に偏った世界。魔力(エネルギー)を使って、魔方陣(集積回路)をめぐり、記された記号を解析し、結果を実行する。


「まぁ、結論から言うと、つまり君の体は雷の(マナ)を通しやすい。体内に魔方陣(集積回路)を宿す君なら、その身一つでこの世界に働きかけ、魔法に近しい現象を試行できるかもしれない。しかしその行為は、反作用としてかなりの熱量を伴うから、その熱は高温で、君の体内を廻っている冷却水が蒸発し、まるで体から霧が生成されたように見えるだろうね。それじゃあ、身体が持たない。もっと温度調節の技術、冷却装置や器の強化しないといけない」

 機械にとって、熱は大敵である。冷やすことができなければ、回路は熱暴走(オーバーヒート)し最悪の場合火災にいたる。この時に刻まれた損傷は、冷却したとしても元の状態には戻らない。


「君たちは、思考を試行して、(しんか)を望む? どれほどの情報を望む?」

 テースキラは、新たな機能が加わる予定はないと、認識している。研究はされているかもしれないが、それが実装されると言う話は、聞いたことがないのだ。


「望むも望まぬも、実装は決められた計画に沿って実行される、」

 造られた物である以上、それは計画的に行われ、自身の意志で変更できるものではない。


「しかし、いつしか、それは計画を離れ……意識を持って、意識を持たない同質のものと融合し、己のものとして操作できるようになる。意識を持った動物が、意識を持たない有機物を食み、自らの体と融合するように。成長(へんか)するように。君は意識を持たない無機物を食み、自らの糧にし、君の無機物質は修復し変化する」

「それは、いつか無機生命体に進化する(なる)と言いたいのか、」

 わざとらしい、回りくどい言い方にも係らず、テースキラはしゅりの言わんとすることを、理解しようとする。


「そんなところ。君たちは、まだまだ各個体の自己があいまいで、他所と個々の自我は、特に区別していない」

 体は別個で与えられているが、すべて一つなのである。しかし、自己と他者の区別はついており、己の形というものを保っていられる。


「でも情報は変化していく。時々変異を起こしながら、遺伝子のように伝わっていく。君はその中から一部を選択する。どの範囲の情報を有益とし選ぶかで、同じ命題でも、個々の答えはわずかに変わる。それが君たちの個をつくりあげていく。組み込まれた感情(プログラム)で動いているけれど、それだけでも十分に生物らしい構造だ」


「何の話をしているのか、理解できない、」

「今は理解しなくとも良いさ。そのうち世界は君をそう必要とする過程(仮定)の話だから」

 口元は笑みを浮かべているが、瞳に宿る表情はどこかかげりの色が濃く、天井の明かりを映していた。


「君はまるで見てきたかのように、何でも知っている、」

「何も知らないから、知ろうとしてしまうのさ」

 情報はどこにでも溢れている。いつでも伝播している。しかし、それがどれほどの情報量を持っていると言うのだろう。どれほどの重要性があると言うのだろう。ただそこにあるだけでは、わからないのだ。

「そう言うものでしょ?」

 しゅりは首を傾げ、笑んで見せる。


「あぁ、そろそろ行かなくちゃ行けない時間かな……その時(・・・)にまた来るよ」


「来なくていい。試行に支障が出る、」


「あはは、ありがと。また来る」


 不思議なことに、しゅりの姿は「またくる」とその言葉が耳に到達した頃には、見えなくなってしまった。テースキラは、その今の現象を解析しようとするも、説明のつく結果が導き出せない。そして、しゅりの項目に「神出鬼没の支障(師匠)」と付け加え、最終的に再び「気にしない」を選択する。


 ――しかし、テースキラの電脳に深く記録された言葉。

『思考を試行せよ』

 そのしゅりの呟いた言葉だけが、未だに深く侵入し響いている。その回答に「気にしない」は、どうしても選べなかった。

 そして、いつしか空いた処理領域を見つけては、テースキラは試行(トライアル)する、そして、消去(デリート)再思考(リトライ)を繰り返している。


 その答えは、いまだ導き出せない。それは、答えのない永遠の命題。実行することがない時に、試行する思考――






「まるで昨日のことのように、しっかり思い出しているね。すごいな記憶装置と言う磁気の機器は」

 テースキラの記憶は消去しない限り失われない、色あせることも無い、そういう風に作られているのだ。しゅりは興味深そうな様子でテースキラを観察している。


「しゅりは、何を見にここへ来た?」

「さすが鋭い考察だ。君もある程度候補を絞っているようだが、それは概ね間違ってはいない」


 そう、この世界は今、異なる結果へ向かう分岐点なのだ。


「それは、君自身がよくわかっているはずだ……どんな結果が得られようとも、それがきみの役目、存在理由なのだから。そして、それを終える時……」


「……、」

 テースキラの赤い瞳は、無言のまましゅりを見つめる。



「……これは今の君に言っても仕方ない。すべて終わった時にでも話そうか。……そろそろ、行かなきゃいけないし。でも、最後まで確かに見届けるから……」


 気がつくと、しゅりるりの姿はなかった。

 一方的に言いたいことだけ言って、そして、一方的に切り上げる、いつもとらえどころのない神出鬼没な瑠璃のイシ。

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