黒猫の知らない彼のこと④(エイプリルフール編)
最初の一つだけ珠稀が寝たきり、直さんが他の人と結婚している描写があります。しかし、その他はいつも通りの運転です(主に直さんが)。
【ゆめのなかのあなた】
「……って、いう夢を見たんだ」
直がそういえば、珠稀は顔を真っ赤にしてしどろもどろになった。
『な、直さんってば何て夢見てるの…っ』
真っ赤な顔をして早口でそれだけいった彼女は、フイッとそっぽを向いた。
その様子がおかしくて、直は笑い声を立てる。
「ははは、そうだよな。本当におかしくて……幸せな夢だったよ」
照れてそっぽを向く珠稀は、ここにはいない。
笑いの衝動が収まった直の目線の先では、一人の女性が目を閉じて静かにベッドに横たわっていた。
髪はショートカットではなく長く延び、大人びているが健康とは程遠い痩せ細った輪郭、そして無表情でありながらも意外にわかりやすい感情が青白い顔にはまったく浮かんでいない。
本来であれば直の見た夢の中の彼女のように、高校を無事に卒業して就職して、恋人でも作って楽しそうに笑っていたはずの彼女はいなかった。
ただそこには、白に埋め尽くされた部屋の中で無機質な音とたくさんのチューブに繋がれて生かされている女性が一人いるだけだ。
表情一つ変わらないその女性の様子に、直は自嗤を浮かべる。
「本当に、幸せだと感じたんだ。お前と…タマと一緒にいられて。今更、いまさら…な」
眠り続ける彼女に伸ばし掛けた手を止めて、直は無言でその手を下ろした。
左手の薬指に嵌った存在に咎められたのか、それとも彼女に対する罪悪感からか、直にはもうよくわからない。
だが昔の……、彼女がまだ階段から落ちる前の頃のように無邪気に手を伸ばせた時期はすでに終わっていることだけはよくわかっていた。
「あの日、タマと一緒に帰ってたら…いや、もっと早く俺が自分の気持ちに気付いてたら違ったのかな」
直の暗い呟きに、眠ったままの珠稀は答えることはなかった。
【ゆめのなかのゆめ】
美織「…と、いう悪夢を見たのよ」
志・直「「ひどい悪夢だ」」
美織「他にももっとひどい悪夢も見てるんだけど、とりあえず結城」
直「なんだ?」
美織「あんたとりあえず、精神科に行きなさいよ」
直「はぁ…?」
美織「いずれやる、あんたならいずれ珠稀ちゃんに対してあれこれするに決まってるわ!!(力説)」
直「夢の中の話しだろっ!?」
志良「あれだよな、すとー…」
直「追いかけてない!!」
志良「いや、追っかけてるだろ。…精神を」
直「(絶句)」
美織「いやだわぁ。ゾッとしたと同時に、納得したわ」
志良「だろ?もう精神だけタマを追っ掛けてアッチ側に逝ってるよな。ミオの夢の中のナオって」
直「お前ら…本当に、本当にっ!!(ギリギリしている)」
珠稀「(…三人共、コーヒーと紅茶片手にどんな討論してるんだろう?私が仕事から帰って来てからも、ひたすら白熱したやり取りをしてるけど…)」
【今から嘘吐きます!】
珠稀「今日はエイプリルフールだね!(勢い込んで)」
直「そうだな」
珠稀「ねぇ、直さん」
直「(『今から嘘吐きます!』って、顔に書いてある。無表情なのに)」
珠稀「私、妊娠したの(どやぁ)!!」
直「(何でドヤ顔?すごくかわい)」
珠稀「おなかの子どもの父親は、直さん以外のおと…ひぃっ!?なななな、直さん、うそ、嘘だから!ほら、今日はエイプリルフールだから!!」
直「じゃあ、今度は俺が嘘を吐くぞ。今から珠稀の嘘を本当にしてやる。ただし、前半だけ(無表情)」
珠稀「前半って…ひあぁぁっ!ままま、まって!まだあかるい!かかかかかーてんせめてしめてやめ、あぁぁぁっ!!」
暗転(笑)。
【やっぱりいつもの二人】
珠稀「うそつき、なおさんのうそつきぃぃぃ!!」
直「だから嘘だって最初にいっただろ(笑)」
珠稀「うううっ」
直「今日はエイプリルフールだから、嘘吐いてもいいんだろ?」
珠稀「(だからって、まだ明るいのにあんなこと、あああああ、あんなことぉぉぉ)」
直「(さっきの嘘は可愛くなかったけど、今の赤面してるタマは可愛いな。…さっきの嘘、嘘にしようかな)」




