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仔猫の恋  作者: くろくろ
狐と黒猫の攻防戦
39/61

アイスに負けた!(視覚的な意味で)

side.N。

「なんだか、たくさん食べなきゃいけない気分になるな」

「同感です」


力強く、頷かれた。

片手にケーキ山盛りのお皿を持って(三皿目)。


向かいに座る珠稀は、最初よりもリラックスした表情をしていた。

やはり、普段の行動範囲から離れた場所で、彼女の好きなものを出したおかげである。

…残念なことに、直単体では、まだ緊張は解してやれないのだ。


だいぶ良い具合に、グロスが剥がれているのを見て、直は内心安堵した。

付け慣れないからか、ほんの少し突き出していたほんのりと色付いた唇に、危うく食らい付きそうになったなどと、紅茶のシフォンケーキに真剣な面持ちで生クリームを乗せている珠稀は気付かなかったはずだ。


口の端に付いた生クリームを舌を伸ばして舐め取る仕草は子どもなのに、そんな相手につい手を伸ばしたくなるのは直に堪え性がないからだろうか。

まるで、はじめて出来た恋人に浮かれる学生そのものと同じ自分の態度に、直は苦笑と共に苦いコーヒーを飲み込んだ。

我ながら、がっつき過ぎである。


「このチョコのロールケーキはチョコクリームの他に、間にクリームとは別の味のチョコレートとナッツが砕いて挟んであります!あっ、直さん、アイスもあるみたいですよ」


「へぇ、そうか」


楽しそうに食べているケーキの説明をしてくれる珠稀の笑顔を見ているだけで、今は取り敢えず胸をいっぱいにしておこう。

…ちなみに腹はすでに、見ているだけでいっぱいである。


「ハーゲン○ッツですよ!ハーゲン○ッツ!」

「わかった、わかった」


高級アイスも食べ放題に入っていて、興奮気味の珠稀がおもしろい。

宥めながら、コーヒーのおかわりとついでにせっかく勧められたからと、バニラ味と抹茶味を取って来た。


「あっ、アフォガートですか?いいですね、美味しそうで!」

「アホ?」


甘いものにさほど詳しくないため良くわからないが、美味しいものらしい。

コーヒーのアメリカンと、アイスを乗せたガラス皿を交互に見た直は首を傾げた。


「いえ、ア│フォ《・》ガートです。バニラに」

「はい」


今度は直がバニラをスプーンに掬って、珠稀に差し出した。


「えっ?これ、直さんが」

「溶けるぞ」


「うぇっ!?はい!」


小さなティースプーンに乗る分だ、いくら冷房が利いていても溶けるのは早い。

珠稀は慌てて、差し出されたスプーンを咥えた。


「良い食い付きだな」


そうはいっても、そんなにすぐは溶けないだろう。

かなりの勢いの珠稀をからかえば、彼女はスプーンから口を離してもごもごいっていた。

眉をつり上げているところを見れば、怒っているようである。


「タマ…あっ」


直がニマニマしているのが気に食わないのか…とにかく、慌ててスプーンーを離したのがいけなかった。

スプーンを離すときに溢したらしいアイスの白い雫が、唇の端から垂れているのを直は見付ける。


「ほら、慌てるから」


テーブルに備え付けの紙ナプキンを取り、拭ってあげようと手を伸ばした直だったが、珠稀はスッと身体を引いてそれを避ける。

からかい過ぎて、ご機嫌斜めらしい。


「あぁ、からかい過ぎたか?ごめんな、タ…」


軽く謝りながら、彼女の名前を呼ぼうと口を開いた直だったが、それは目の前の光景のせいで留めざる得なかった。


大げさとは思うが、どうやら彼女にとっては相当に恥ずかしいことだったらしい。

首筋まで真っ赤になっている珠稀は、涙目だ。

イスごと移動が出来なかったから顎を引いて直の手から逃れただけで、上目遣いはそもそもの身長差があるからである。

他意はない…のだろう、あったら“あざとい”としかいいようがない。

まあ、直はそういうのはキライじゃないが。


紙ナプキンを珠稀の前に置いて、両手を軽く挙げて手を出さないと彼女にわかるようにアピールする。


「ごめん、もうからかわないから口元拭いてくれ。まだ、時間まで余裕があるから、それからもう少しケーキを取ってくればいい」


野良猫が初対面の人間を警戒しながらエサを咥えるような感じで、恐る恐る珠稀は自分の前に置かれた紙ナプキンを取って素早く口元を拭う。

アイスだからベタ付くのだろう、何度も拭いて紙ナプキンを外したときにはもう、アイスの白い滴も艶やかに唇を彩っていたグロスも、どちらもなくなっていた。


「…直さんは、いらないのですか?」


少しだけ警戒心を緩めた珠稀はそう聞いてくれたが、両手を下ろした直はコーヒーカップを持ち上げて首を振る。


「これが飲み終わったら取りに行くよ」


「コーヒーなら、入れてきますか?」

「じゃあ、頼むよ。ケーキはひとまずいらないな」


「わかりました」


席を立つ珠稀は、すぐにコーヒーを入れて一度戻って来る。

直がお礼をいって受け取り、促せば何度も振り返りながらケーキへと向かっていった。


「本当に、食べなくても大丈夫ですか?」

「大丈夫だから、気にするな」


おずおずと、申し訳なさそうに食べはじめても、しばらくすれば彼女は幸せそうな顔でケーキ(四皿目)に夢中になった。


だから、直が安堵の息を吐くのも、まったく身動ぎをしていないのも幸いにして気付くことはなかったのだ。

アフォガート…バニラアイスにエスプレッソかけたもの。アメリカンではない。

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