ケーキに負けた!(魅力的な意味で)
side.T。初デートでスイーツビュッフェに行った。
「直さん、こんにちは!」
「こんにちは」
恋人になって初デートの第一声が、これであった。
緊張し過ぎにも程がある。
慣れないリップグロスが気になって、唇に延ばしそうになった手を慌てて下ろす。
拭えば落ちてしまうことを、思い出したのだ。
「どうした?」
「えっ?えーと、友だちに勧められてはじめてグロスを付けてみたんです。…ど、どうですか?」
彼は、ジーッと黙って珠稀を見下ろす。
真剣な表情だった。
直は手を伸ばして、あくる日と同じように珠稀の頬に手を添えて顔を近付ける。
急に近付いた距離に、自分で仕掛けたことながら珠稀は真っ赤になって視線をあちらこちらに向けて狼狽えた。
確か、蓮花がこうなったら目を瞑れといっていたことだけ咄嗟に思い出して、強く目を瞑る。
極度の緊張と両手を強く握たせいで、手の平が汗ばんでしまっていた。
その瞬間を今か今かと待ち構えている珠稀が、一向に触れ合う気配のないことを不思議に感じるくらい時間が経ってから、彼は一言いった。
「グロス、厚く塗りすぎじゃないか?」
「……」
そういえば、彼は兄の友人である。
それに気付いて、珠稀はパッとすぐに閉じてた目を開いた。
デリカシー!!
「…それで、タマ」
「はっ、はい!」
気を取り直して、移動した先で呆れを含んだ声が向かいからして、珠稀は目をキラキラさせたまま顔を上げた。
「喜んでくれるのは嬉しいけど、主食をまず食べてくれ」
「あっ」
お皿の上にこんもりと乗ったケーキを前に、珠稀は照れ笑いをした。
「で、ですが、美味しそうで…あっ、直さんは食べ終わったんですか?」
「まあな」
空になった彼の前にあるお皿を見て、珠稀は自分のところからチョコレートケーキをフォークに刺して、彼へと差し出す。
フランボワーズのシロップを塗ったジェノワーズ生地が何層にも重なり合った上に洋酒の濃い香りが漂う甘さが控え目なビターチョコレートが掛かった、この艶やかなケーキなら彼でも食べられると思ったからだ。
「はい、どうぞ!」
直は身を乗り出してフォークを差し出す珠稀を見て、次にケーキを見る。
あまり考える素振りを見せずに、彼はあっさりとそれを口に含んだ。
「あっ、結構うまいな」
「……」
何か、腑に落ちない珠稀であった。