仔猫の前で、空が落ちた
「大丈夫、ですか?」
さすがに│蹲った女の人を放置出来ずに声を掛けて、珠稀は自分の遭遇率を呪った。
「ぅ…ぷ。あぁ、あなた。二年生の……」
何故、好きな人の恋人に遭遇するのだろうか。
珠稀は自分のタイミングの悪さを内心嘆きながらも、元教育実習生の背中を屈んで撫でた。
「えぇ、そうです」
「ひさし…ぶりね」
具合が悪いなら、黙っててもいいのに。
額に脂汗を滲ませながら、青褪めた顔を笑みの形する元教育実習生に対してひっそりと思った。
「ふ…ぅ。ありがとう。足、まだ痛いでしょうに」
「いえ、大丈夫です」
近くのベンチまで誘導し、買ってきた飲み物を口に含んだ彼女は、しばしらくしたらそういって礼をいう。
差し出された小銭を素直に受け取った珠稀は、緩く首を振った。
「本当に、病院に行かなくて大丈夫ですか?」
今日この後、母に連れてってもらって通院するものの、捻挫はほとんど治っているような珠稀のことより、今は彼女のことである。
水分を取ったおかげか、それとも座って一息吐くことが出来たからか、先程よりは楽そうだ。
しかし、顔色は相変わらず蒼白くて心配になる。
「うぅん…いいの」
「ですが」
「原因は、わかってるのぉ」
間延びした口調は普段の可愛さを主張するものではなく、具合が悪いからだろう。
気怠げな様子の彼女は、額に掌を当てて溜息を吐いた。
困り果てた珠稀は、せめて原因はなんだろうと考えてみる。
「原因って……ハッ!」
吐き気と気持ち悪さ。
それらから、珠稀が連想したのは。
「…つわりだっ!」
プルプル震えながら、同じように震える声でそう断言した。
「せ、先生。もしかして」
『妊娠してるのでは』という質問は出て来ず、口をぱくぱく閉じたり開いたりする珠稀。
未だ珠稀の中にある感情的には、それを認めるのがコワいのだが、現実は目の前にあるのだ。
現実から逃避することも、この場から逃亡することも出来ずに彼女の答えを待つ。
「………」
彼女は何もいわなかった。
俯く形で目を逸らし、珠稀の視線から逃げる素振りを見せた彼女は、ゆっくりとした動きで再び元生徒の方へと向き直る。
そして黙ったまま、ニッコリと笑った。
これが、答えなのだろう。
やや強張った笑顔なのは、まだ身体がツラいからで仕方がないはずだ。
具合が悪いのは彼女のはずなのに、珠稀はくらっと自分の身体が傾いだように感じた。
この数時間後が、side.N『恋はきっと、冷静では出来ないものだ』となる。