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仔猫の恋  作者: くろくろ
仔猫は虚空を睨み付ける
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仔猫、静かに見詰める

「柳センセー、カレシのこと教えてくださーい」


軽い口調で教育実習生に声を掛けたのは、やはり彼女と似たような雰囲気を持つ生徒だった。


教育実習生がいるのは今日が最後で、最後に彼女が授業をしたそうだ。

その授業で“わからなかったこと”を聞いた結果がこの質問らしい。

…授業、もはや関係なし。


「つか、授業中にやれよ」


次の授業で使うための準備をしようと、先に調理室に来ていた蓮花は口調が荒くなっている。


「れ、蓮花ちゃん、落ち着いて」


「授業の質問ならまだわかるけど、あれで我慢出来る?他のとこでやれ!」


聞こえるんじゃないかとハラハラする珠稀だって、その気持ちは良くわかる。

次の授業の準備が出来ないため、珠稀のクラスは待っているのだ。

ノリの良い子らや、興味がある子らは教育実習生を囲む輪の一部になっているが、蓮花のように苛立っている生徒もいる。


珠稀はといえば、むしろ聞きたいようで聞きたくない話題だ。

どこの世界に、好きな人の│好きな相手カノジョからノロケ話を聞きたいと思うのだ。

そこまでマゾではないつもりの珠稀だったが、ついつい聞き耳を立ててしまう。


「そうね~彼は年上よ!」


まあ、確かに彼女と並べばそれはすぐわかる。

彼女の言動や仕草が幼いからかもしれないし、彼の雰囲気が落ち着いているからかもしれないが、その原因はわからない。


「へ~、年上かぁ。包容力あるタイプ?」


「バリバリあるよ!抱き締められると安心感があるの」


何となく、それはわかる気がした。

実際には抱き締められたわけではないが、後ろから手を回してきてフライパンの扱いを教わったことがある。

あの時はドキドキしてそれどころじゃなかったが、今思えば安心感は確かにあったかもしれない。


「確かに、倒れたら受け止めてくれそう」

「それ、包容力と違う」


蓮花から、即座に突っ込みを入った。


「だけど、子ども心を忘れない人でね~」


ときどき、楽しそうに人をからかってくるのは、童心なのだろうか。

珠稀は考えてみて、結論を出す。

中学生の時、しょうもないイタズラを仕掛けて人をからかって来た同級生がいたのだから“童心”というくくりでいいのだろう。


「可愛いとこもあるの~」


それに関しては、少しだけわかる。

自分より年上で身体が大きい人なのに、なんとなくそう感じるのだ。

ニュアンス的な意味で、見た目の可愛らしさはこの教育実習生の方がはるかに上ではあるが。


「買い物に一緒に出掛けると、気付いたら入れた覚えがない商品が入れててね。手にその商品を持って彼を見れば、ぜんぜん視線が合わないの!黙ってジーって見てると、やっと目が合って彼、ばつの悪そうな顔するの」


「大丈夫か、その二人」


母親と子どものやり取りだ。

しかし、母親役も微妙に子どもっぽい。

蓮花みたいに、ついついいいたくなる気持ちもわからなくはない。


「身なりもあまり気にしないし、デートだってあまり連れてってくれないし、仕事優先だし、女心がわからない人だけどね」


「………?」


以前に遭遇したデートの様子やら、犬江家に来るときの服装やらを思い出して、珠稀は首を傾げた。


腑に落ちない部分があるが、彼女にとってはそうなのだろう。

飾らない自分をさらけ出しているのだとしたら、それはきっと相手を信頼しているからだと珠稀は思った。

少なくても、彼は自分には見せない姿である。


「え~。最初はともかく、なんかダメな人じゃない?センセーのカレシって」


無邪気な言葉が、珠稀に突き刺さった。

いや、ダメな人ではない…と、思う、たぶん。

たぶん、恋愛感情がなければ同じ感想を抱いていた可能性は否定できないが。


離れたところにいる珠稀の様子など、教育実習生を囲む生徒たちも見てはいないし、中心にいる彼女も気付きはしない。

しかし、珠稀の方は中心にいる彼女の方をただ静かに見ていた。


「そんなことないよ。とても優しくて大らかな、人として大きな人よ。彼は」


幸せそうに微笑む彼女はとてもキレイで…。

なのに何故、自分の心から彼を思う気持ちがなくならないのかと、珠稀は苦しくて仕方がなかった。

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