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仔猫の恋  作者: くろくろ
狐は目を細めた
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…冷静になれば、年の差にブレーキを掛けたくなるから、な

現在。友人たちのツッコミ。

「うっわ、重!ありえないくらい重い、この男!」


「おい」


自分で聞きたがっといて、この感想。

ドン引きして、しかもイスまで引いて直から距離を取る美織。


「捻挫なのに」


そうなのだ。

そもそも志良からの情報に間違いが多すぎる。

彼女は突き落とされたわけではない。


電車内で痴漢を働いた男が逃げ出して、そのとき押し退けた女性がたまたま彼女にぶつかって、その衝撃で階段を踏み外したのだ。

…下から数えて、三段目で。


いくら三段でも、打ち所が悪ければ最悪の事態になっていたが、実際は捻挫のみ。

痴漢も直後に捕まり、足の痛みに震えていた彼女はぶつかって来た女性と騒ぎを聞き付けて慌てて戻って来た自身の友人とに連れられて駅で手当を受けた。

駅側と女性との病院までの付き添いを断り、帰宅した後に足首が腫れ上がって結局は病院へ。

捻挫と診断されて、母と兄の手を借りて通院していたというのが事実だったのだ。

それでは、悲壮感を醸し出していた直が痛いヤツではないか。

わざわざ直に、怪我の状態をいわなかった理由が軽症の部類だったからだったのだと後で聞いて知ったのだが、今思えば当時の反応は大げさだったと恥ずかしい思い出である。


「ハハッ、しかも恋人くらいじゃ何かあっても病院や警察からは連絡が行かないぞ?」


軽く笑いながら、店員に新しい飲み物を注文する志良。

今度はサングリアを注文するが、お前は女子か。


「あと、勝手に私の妹を殺さないで」

「不吉なこというな!」


思わず強くいえば、志良もついでに引き摺って、更に距離を取られた。


「結城…疲れ過ぎて病んでる?」

「そう思ってるなら、今日は二人にしてくれ」


そうしてくれれば、勝手に元気になるので…直のみ。

疲労困憊する黒猫を明日辺り目撃するだろうが、まあ仕方ないだろうと直が笑えば美織たちは更に後退った。


「他のお客さんの迷惑になるだろ?」


「結城なんて、猥褻物で捕まればいいのに」


「俺が猥褻物なのか」


猥褻罪もイヤだが、こっちもイヤだ。


「まあ…気持ちはわからなくはない…かも」


珍しく歯切れが悪い美織は続ける。


「結局は、恋人だって赤の他人であるのは変わらない。でも、何かあったときに知らさせずにいたらって考えれば…キツいわね」


だからこそ、今後も着々と犬江家に潜り込もうとするのだろう。

頑張れ、志良が暢気な今がチャンスだ。


「今は犬江家と親しいわけだから、何かあっても連絡がないことはないだろうな!」


「前から、お母さんとも仲良かったつもりなんだが」


「前は俺の友だちってだけだからな。今はさすがに、娘の付き合ってる相手に連絡しないような薄情なことはしないだろ」

「はい?」


聞きずってならないことを、たった今聞いた気がする。


「それはそうと。珠稀ちゃんとの連絡は付いたの?」


急に話題が変わり、聞き間違えかと思った直は、美織に携帯を振りながら答える。


「幼馴染みの子と友だちとは付かなかった」


「もう一人は?」


「あぁ、今付いたみたいだ」


幼馴染みのカレシという少年が驚いたように電話に出て、電話をした理由を話せば呆れたように溜息を吐く。

もちろん、恋人の幼馴染みに対して、だ。

取り次ぎを了承してくれた彼は、話しながら移動したのだろう。

そうしないうちに、電話口から聞き慣れた声がした。


『直さん、すみません…』


どうやら、彼女は自分が携帯入りのバッグを忘れたことに気付いていなかったらしい。

しょげた声の様子でそれがわかり、直は小さく笑う。


「いや、気にするな。今から持っていっても大丈夫か?」


『ううん、持って来てくれなくても大丈夫!兄たちと一緒でしょ。なら、時間までいてもらって』

『おい、ポチ!』


黒猫の後ろからした男の声に、直の眉が跳ね上がる。

聞き覚えのない声が、彼女のことを呼んでいるとわかっただけで少しモヤっとした。


『わざわざカレシがいるフリすんなよな。どうせ、兄貴からだろ?』

『ウルサいな。関係ないでしょ』


『あっ、どこ行くんだよ!』


遠ざかる男の声に、彼女が移動したことがわかるが直のモヤモヤが晴れることはない。

男の言葉を否定して、『カレシ』だといってくれないことと、自分に向けられたわけではないがあの日の言葉と同じなのも原因だ。


彼女は職場では、決して直と知り合いだという態度は見せない。

それどころか、付き合っている人がいないといっているようだ。

彼女が休みの日に店に買い物をしに行ったとき、『姫先輩』から聞いた情報だから正しいだろう。

何故、隠す必要があるのだと、つい問い詰めたい気持ちを隠して何とか穏やかに見えるように笑う直だが、本当は苦しくて仕方がないのだ。


抱き寄せて、おずおずとだが同じように返されて満足出来たのは最初の方だけで、関係が徐々に深まって触れ合う部分が大きくなっても回数が増えても今は不安が拭えずにいる。

彼女が他の男の存在を匂わせることがないから、以前付き合っていた恋人と違うと軽んじているわけでない。

強引に進めている部分もあるが、大事にしているつもりだ。

だが、かつてもらった後輩の助言通りにいっているのか、そしてそれを受け入れてもらえているのか、彼女の反応からはわからないでいた。


『直さん?』


「あぁ、悪い。今から届けに行くから」


『…えっ?』


困惑した声。

声だけだからか、普段よりも彼女の感情が良くわかる気がする。

それが余計に、直が行くことに対して困ることがあるのだと邪推してしまう。


「行くから」


『お願いします…』


再度そういえば、渋々といった風に了承した。

彼女は、出入口で待っているといって通話を切る。


「今から行ってくる」


美織は呆れた視線だけを寄越すが、何もいわずに大仰に手を振った。

いや、美織的には追い払ったつもりなのかもしれない。


ジャケットを羽織り、車の鍵を持って店を出ようとした直に、一連の流れを黙って見ていた志良が口を開いた。


「あっ、親父はまだ知らないから、その内にいえよ~」


何が?娘と直の関係を。

つまり、先程の言葉が聞き間違えではないのなら、犬江母は知っているということで……。

最後に爆弾を投下されて、直はつんのめるのだった。

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