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仔猫の恋  作者: くろくろ
狐は目を細めた
22/61

仔猫捕獲に失敗した後

過去。『仔猫は無様に転げ落ちた』の前半後。

「…それで、どういうつもりなんだ」


「すみませんでしたぁっ!!」


校門前から離れれば、やたらと気合いの入った謝罪が、目の前の後輩から飛び出した。

キレも姿勢もよかったが、腰を折る角度が深すぎる。

これではまるで、いじめているようではないか。


溜息を吐きながら、遠退く小さな背中を見送った直は、溜息に過剰反応する後輩を見下ろした。


「冗談だった、とかじゃないだろうな?」


深く下げたままの頭が、水を被った犬のようにブルブルと激しく左右した。

この体勢でよくふらつかないなと、直は感心する。


「いえ!うちの生徒をロリコンの魔の手から救おうと痛い痛い!?」


「頭が痛いのは、俺の方だ」


パッと上がった小さな頭を鷲掴み、直は冷たい目で見下ろす。

学生時代からお調子者だった彼女は、本人の申告通りであれば教育実習生…教師の卵になったのにも関わらず、相変わらずな様子だ。


「だって、こうしてカノジョがいれば望み薄だってわかるし、それでも直くんが応じればあの子も踏み留まるかと…」


「何だって?」


減らず口を叩く後輩に、問い掛ければ、何もいわずに掴んだ手ごと高速で首を横に振った。

どうやら、直の聞き違いなようだ。


「そもそも、その呼び方どうにかならないか?」


そもそも、そんなに舌足らずな甘ったるい声で呼ばれた覚えはない。

この後輩に、そんな風に呼ばれれば全身が痒くなる気がする。

だいぶ、直の身体にとっても後輩本人にとってもひどい拒否反応を示せば、彼女はやっといい直す気になったらしい。


「直先輩」


懐かしい呼び方に、直は素直に頭から手を離した。


「久し振りだな」


「はい。律先輩は、お元気ですか?」


「たぶんな。どっかの雑誌に載ったんだか、賞を取ったんだかで電話が来た」


「相変わらず、適当ですね。律先輩のことになると」


「妹だからな」


学生時代、自分がいた運動部と妹のいた部活の掛け持ちをしていたアグレッシブな後輩の彼女は今、家庭科を教える立場になったそうだ。


「よかったな。好きなことを仕事に出来て」


「まぁ、そうですね~人に教えるっていうのは、それはそれで大変なことも多いですが、充実してますよ」


いかにも、今時の若い女性の姿形をしているが、くしゃりと笑った顔に昔の面影が残っていて、直は破顔する。

昔といっても中学の頃だから、“昔”と括るほど遠いわけではないが、なんだか懐かしい気分だった。


「…ところで、直先輩とさっきの二年生のあの子、どういったご関係で?」


「友だちの妹」


「なるほど~憧れってわけですね」


納得する後輩に、直は首を傾げる。

先程のツンとした態度の仔猫が脳裏に浮かび、どこにそんな要素があるのかわからずにいた。


「憧れか?」


ウザがられているなら、まだわかるが。


「見るからにそうでしょう!でも、憧れは憧れのまま美化しちゃった方がいいですよ!」


両手を握り拳にし、後輩は力説する。

熱の入ったその様子を、直は笑いながらからかった。


「経験者は語る、と?」


「…直先輩には、ほんとーに!申し訳ありませんでした」


素早い身のこなしは学生時代から変わらず感心するが、やはり外聞が悪い気がする。

からかっただけで、いじめる気はない直はすぐに頭を上げさせて自分も謝った。


「俺もまだガキだったからな。こっちこそ」

「いえ!昔、謝ってもらったのでもう大丈夫です!」


お互いに謝り合い、当時の自分たちは経験やら相手を思いやる気持ちやら、足りないことが多かったと反省するのだった。


「今なら、きっと大丈夫なんですけどね…お付き合いしている人がいないなら、私なんかどうですか?」


わざとらしくしなを作る後輩の軽口に乗ることなく、直は笑って首を振る。


「私“なんか”なんて、いうなよ。それくれた奴に失礼だろ?」


指差した先には、シンプルな指輪が輝いていた。

宝石は付いていないので、普段使いに向いてそうだ。


「あっ、バレましたか?」


直にはイタズラが見付かった子どもの無邪気そのものな表情で、指輪には愛しげな目を向けてそれを撫でる。


きっと、それを贈った相手を大切に思っているのだろう。

自分のときには見たことかなかった、あの頃よりもずっと大人びていて、幸せな表情だった。


「直先輩は今…あっ、聞いたらマズい話題ですか」


「………」


ソッと視線を逸らした。

聞いてくれるな。


前、犬江家での『慰め会』のときの記憶が曖昧だが、あれのせいで仔猫はピリピリしていたのだろうか。

何をしでかしたんだ、自分。


「直先輩って、甘過ぎるんですよね~男友達と話したり、二人っきりで出掛けたりしても平気ですし。信頼と放置は別ものですよ」


したり顔の後輩は、まるで直のひそかな落ち込みに気付かずに続ける。


「『別れる』っていっても、『そうか』で終わりですし?引き留めてほしかったんですよ、私は」


「…は?」


「その程度しか、思われてないのか~って、ガッカリしたんですよ」


大げさな身振り手振りで、付き合っていた当時のことを話す後輩。

両手で目を覆い、泣きマネまでし出す。


しかし直にとっては初耳なことであり、胡乱な目を向けても仕方ないだろう。


「…確か、他に好きな人が出来たっていわなかったか?」


新しいバイトが決まってから辞めるみたいなノリだ。


「女は好きな人を試したくなるときがあるんですよぅ」


あれは試されていたのか。

当時を思い出し、直は唖然とした。

この後輩は、嘘とか吐かなそうだから騙されたが、伏せ目がちなところや、時折震える声だとか迫真の演技だったように思う。

女って、コワい。


「普通、他の男を思っている人とはいられないだろ?相手が可哀想だ」

「あぁ、相手が大切だからこそ別れるってのですか。でも、そーいうのを求めてるわけじゃないんですよっ!!」


「…いったい、どうしろと」


何故か逆ギレされて、腑に落ちない直である。


「だいたい、嫉妬は醜いっていったのは、そっちだぞ」


「そうでしたっけ?」


キョトンとする後輩に、詳しく説明してやる。


「こっちも女子と遊んでたら、キレただろ?」


今なら考えられないことだが、当時は彼女が男友達と遊んでいるからといって直自身も女友達と遊ぶかとがあった。

浮気なんてしていないし、するつもりもなかったどころか、疑われるなど想像することすらしなかった直にとって、彼女にキレられたことは衝撃的なことだったのだ。


「う~ん?……まあ、過去のことですから、気にしない~気にしない!」


どうやら、相手は忘れていたらしい。

こちらはずっと、覚えていたというのに。

しかし、そんなことをいおうものなら、この後輩は『女々しいですね、直先輩』とでもいい出しそうだ。

直はそれだけは、避けたかった。


「相手のことを、大事に思ってくれるのは良いんですが、限度ってものがあるんですよ?なんでもかんでも、いいなりっていうのは恋人に勘違いさせる原因にもなるんです」


「勘違い?」


「自分が世界の中心で、何をしても許させるなんて、甘い考えです」


直にとっては、付き合っているときは確かにそうなのだ。

しかし別れた後、付き合っていた相手がどんな態度を新しい相手に取っているかは知らないことだった。


「中二病じゃ、ないですよ?」


「はぁ…」


後輩のいっている意味がよくわからないが、それに関しては取り敢えず頷いておく。


「実際、直先輩は浮気しても許してくれましたし」


やっぱり、浮気してたのか。

別れるきっかけのひとつで、加減もわからずキレた直と逆ギレした後輩とのケンカを思い出し、思わず遠い目をしてしまった。

後輩のいい分は、『友だちなんだから、一緒に泊まったっていいでしょ!疑う直先輩がおかしい!』だったが、やはり男女だったら疑われても仕方ないだろう。


「それって、普通じゃなかったんですよね~私、次に付き合った人に『それは浮気だって!』怒鳴られて修羅場っちゃったんですよ~」


『アハハッ』って、笑い事ではない。

若干、後輩の相手…自分同様に元カレだろうーーに同情してしまう直は頭を抱える。

今の相手が、大らかで心が広いことを祈るばかりだ。


心配する直の心中など知らない後輩は、自分の方こそ心配しているかのような顔で先輩に助言するのであった。


「まあ、とにかく。今度こそは、甘やかし過ぎないで、自分の本音を織り交ぜつつ、失敗しないでカノジョと仲良くして下さいね」

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