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仔猫の恋  作者: くろくろ
狐は目を細めた
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フラれ男

過去。『仔猫とモヤモヤと胸の痛み』の前。

「遅かったね、大丈夫だった?」


「直」


心配そうに聞いても、恋人はそれには答えない。

ただ心配だった直は特別、謝罪ほしいわけではもちろんないし、感謝してほしいわけでもないが、彼女もそんな態度を最初からとっていたわけではなかった。


付き合い立ての頃は彼女にはどうしようも出来ないことで遅れてきても、少し申し訳なさそうに、可愛らしく謝りながら小走りにやって来ていたように思う。

自分だって同じようなつもりでも、変わった部分もあるはずだ。

だから、こんなことを思うことの方が間違っているのだろう。


しかし、直は彼女の行動を見てある予感があった。


「話って、何?」


普通に呼び出すわけではなく、わざわざ『話がある』といって呼び出されたのだから、ろくなことではないのだろうとは思う。

心積もりはしてきたつもりだったが案の定、カノジョの口から出た言葉は直に大きなダメージを与えた。


「別れたいの」


正直なことをいえば、取り乱したかったし、問い詰めたかった。

しかし長年培ってきた“兄”としての部分が邪魔をして、とっさに出て来ようとする感情を抑え込んだ。


「理由を聞いてもいい?」


声に感情を抑えた反動が出ていたことはないはずだ。

直はそう信じていたが、カノジョの表情は微妙である。

心配そうなのではない。

別れを切り出している側なのに、何故か怒っているようにも、落胆しているようにも見えた。

怒ったフリならいくらでも見ていたが、今までに見たことのない表情である。


「自分でわかってるでしょう?私は私を一番大事にしてくれない人となんて付き合いたくないの」


「えっ…?」


意味がわからず、直は唖然とする。

直の日常生活において、カノジョを優先しなかったことは基本的にない。

就職の内定が決まっているのもあって、最後の学生生活はカノジョ中心だったはずだ。

行きたい場所も、ほしいものも、望むようにしたつもりで、側にいるときは大切にしていないときも想っていたのに…。


「そんな、俺は大切にしてきたよ。あっ、もしかして姉崎のことを気にしてるの?あいつはシロと付き合ってるし、女として思っては…」

「ねぇ、それってはぐらかしてるつもりなの?それとも、気付かないフリ?」


「…は?」


興味の左程ない美織の何に気付いていないのかわからずにいれば、カノジョは首を振ってそれを否定する。


「姉崎さんじゃなくて、犬江君のとこにいる子よ」


「タ…妹さん?」


いつも通りのあだ名が出そうになっていい直すが、それを訂正したのはカノジョの方だった。


「そう、“タマ”ちゃん…フフッ、猫みたいね」


…何故だろう、別れ話をしていて反発心でも働いているのか、カノジョのいい方にトゲを感じる。

話題に上がっているのは、友人の妹でしかないのに。


「……もしかして、本当に気付いてないの?呆れた、意外に残酷な性格なのか思ったら、ニブいだけなの?」


『残酷』という言葉に怯むが、身に覚えはない。

美織を標的にされるよりも、腑に落ちない感覚を覚える。


「もし、その子が何か事件に巻き込まれたとしたらどうする?」

「助けられるなら、助ける」


何故、志良の妹を話しに出すのかわからないながらも、聞かれたことにすぐさま答える直。

本人としては当たり前なことだったが、カノジョにとってはそうではなかったようだ。


「私はそれがイヤなのよ」


付き合っている間は、そんなことをいう子だとは思っていなかった直は、驚いて目を見開いた。


「相手は小さな子どもだぞ。子どもは守るものだ」


「『小さな子ども』?そうかしらねぇ?まあ、直がそう思い込んでるなら、それでいいの。だけど、あの子にはお兄さんがいるでしょ?それは、“兄”の役割よ」


「シロ…当てにならないな」


志良のそういう意味での信頼感は、ゼロである。

それだったら自分が犬江兄妹を見張っていた方が良いと考える直は、意味深な前半部分については何も感じていなかった。

直の中では相変わらず、志良の妹の姿ははじめて会った日の制服を着た中学生でしかないのである。


「そうじゃないなら、“飼い主”の責任感?」


ピクッと直が反応したのは、友人の妹を“猫”扱いされたからでしかない。

それだけでしかないのに、不機嫌になったカノジョは吐き捨てるようにいう。


「だいたい、身内でもない男が傍にいたら、あの子にカレシも出来ないでしょ」


その言葉に、この間会った少年が思い浮かぶ。


カノジョがいうことは、有り得ることだ。

だが、何故だか落ち着かない気分にさせられた。


「納得いかない?でも、私は私以外を優先する直とは付き合えない。優先する素振りすら、許せないの」


直が落ち着かない気分になったのは吐き捨てた言葉からの連想であり、カノジョの主張が納得出来なかったわけではなかった。

しかし、勘違いしたカノジョは冷ややかな眼差しで直を見遣る。


「幻滅した?私だってそうよ。直はもっと大事に甘やかしてくれるって思ってたのに。だって、カレシってそういうものでしょ?正直、幻滅。だって、思ってたのとぜんぜん違うし…最初の方は、まあまあだったけど。今じゃ、ぜんぜんだし、呼んでもすぐ来てくれないし」


指輪をいじりながら、カノジョはいう。

見覚えのない指輪は、自分の贈ったものではないとマヒした頭で考えていた。

それでも反射的に謝ってしまうのは、一種のクセみたいなものかもしれない。


「そうか…、ごめん」


「それだけ?」


眉尻を跳ね上げたカノジョ。

すでに直に心がない相手に対して、謝る以外にいうべきことが思い付かないが口を開こうとして相手に制止させられる。


「いいの。直のいい分がないのなら。じゃあね」


あまりにも簡単で、そして呆気ない別れの言葉だった。

たったそれだけの言葉を残して席を立つカノジョは、店の入口の方を見てその動きを止める。


「あっ、あと、他のとこで会っても話し掛けないでね」


「…は?」


「│、心配性なの。元カレと一緒にいたら私、疑われちゃうから」


伝票を持った彼女…元カノは、付き合ってから今までではじめて自分の財布を出しつつ会計へと向かう。

そういえば、カノジョが会計する姿は、自分が払ってしまうため付き合った頃から見たことがないと関係ないことに気付く。


ぼんやりと一度も振り返らない元カノの姿を目で追っていた直は、彼女が外に出て数歩して合流した男の姿に指輪を贈った相手を察した。

彼女にはすでに次の相手がいたことを実際に目の当たりにして、身体が急に重くなったかのように感じる。

ぐったりとした直ではあったが、悔しさや悲しさよりも虚しさを感じて項垂れた。


カノジョが去ってからどれくらい経ったのか、カノジョが他のことに気を取られる直を嫌がるため、ずっとマナーモードにしていた携帯をのろのろと取り出してメールをチェックする。

そのうちの一通を開いた直は、その文面に思わず脱力した。


『おう、直!無事にフラれたか~?慰めてやるから、うちに来いよ』


なんというタイミングだろうか。

志良から、まるで見ていたかのような内容のメールが届いていた。


しかしなんというか、無神経な内容である。

ただ、その傷心の友人に対する配慮のない文章はいっそ清々しく、志良らしいメールであった。

ヘタに腫れ物に触るかのような対応をされるよりも、ある意味志良の突き抜けて能天気な態度の方が救われる気がした。


それにしても、フラれるのに無事も何もない。


「何考えてるんだか」


声に力はないけど、うっすらとでも笑うことが出来たのは志良のおかげだ。

…だが、取り敢えず今日会ったらまずボディに一発くれてやろうと直は決心した。

完全に八つ当たりだが。

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