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仔猫の恋  作者: くろくろ
狐は目を細めた
19/61

仔猫が笑った日

過去。『猫は恋よりケーキ』のside.N

「にゃー」

「……」


珍しくニヤリと意地悪そうに笑う直と対峙しているのは、玄関を開けたままで固まる犬江妹だった。

正常な人間ならば、久し振りに訪ねてきた兄の友人がいきなり猫の鳴き真似をはじめたら硬直してしまうだろう。


しかし、それが含む意味を知っていたら反応が違うはずだ。

現に相変わらず彼女は無表情だったが、色の白い頬が紅く染まっているのは目立っている。


明くる日のこと、それなりにイチャイチャした後、カノジョとデートに出掛けた先で遭遇したのはこの少女であった。

彼女は直が見たことない程にニコニコした良い笑顔でケーキの箱を抱えていたのだ。


最初、直はまったく気が付かなかった。

甘えた声でしな垂れ掛かって来るカノジョに視線は釘付けだったからという直らしい理由により、周囲は視界に入ってこなかったのだ。

彼はクサいセリフでいうなら“二人だけの世界”をデート中はずっと形成してはずだった、その笑顔が凍えて固まるまでは。


「…タマ?」


こちらに目を向けているのだから、きっと呼んだのわかっていたはずだ。

肩が跳ね上がったのを見たから、それは確信していたのだが反応は薄い。


「何、猫でもいたのー?」


受験勉強を見ていた頃、志良につられて『タマ』と呼んだのをきっかけに、年下の少女を愛称で呼びはじめたのだが、知らないカノジョからしたら知り合いならぬ知り猫に声を掛けたようにしか思えないだろう。

くっきりしたアイメイクが主張するカノジョの大きな瞳が、いるはずの可愛らしい猫をキョロキョロと探していた。


「あぁ、生意気な仔猫がな」


しかし、残念なことに可愛らしい猫の代わりにいるのは可愛げのない、生意気そうな黒い仔猫。

そんな直の考えを察したわけではないと思うが、普段はピンと立っている幻の耳と尻尾はへにゃりと力なく落ちていたように見える。

…まあ、所詮は幻でしかないので、落ち込んでいたように見えたのは直の想像でしかなく、少女は変わらず無表情でしかなかった。


「にゃー!!」


毛が逆立ちピンと立った耳と尻尾の幻とつり上がった目、『フーッ!!』と唸っているように剥き出しだ歯はまさに猫そのもので直の口からは軽快な笑い声が飛び出した。


「なっ、直?」

「いや、ごめんごめん。なんでもないんだ」


急に笑い出した直を、カノジョは不思議そうに見上げた。

もしくは、不審そうに見ていた可能性もあったが、直はカノジョを見てはいなかったためわからない。


少し意地悪そうでいて、楽しげでもあるそんな顔をして少女の背中を見送っている彼は、先程まであった甘さを消した目をカノジョに向けずに口を開いた。


「なぁ、オススメのケーキ屋を教えてくれないか?」


…と、いうやり取りがあって今に至る。

玄関を閉めたという同時に差し出され、手を引っ込める間もなく彼が持っていたケーキ箱を乗せられた少女は戸惑った。


「直さんに、ご馳走してもらう理由なんてないです!」


偶然会ったときもそうだが、今日は何か特別な日ではない。

生真面目な彼女は、悩みつつもご褒美として自分のおこづかいでケーキを買うのは平気だが、謂われのない贈り物は受け取りづらいようだ。


しかし贈った側としては、今日が特別な日とかそういうものが重要なわけではなくて、相手の喜ぶ顔が見たいのと、せいぜいもらえるにしても感謝の言葉だけで十分である。

だから気持ち良く受け取ってほしいだけで、妙な遠慮は必要がない。


「にゃーにゃーうるさい。子どもは素直に受け取っておけ」


「にゃっ、にゃーにゃー?」


文字面だけ見れば、彼らしくない程に雑な口調で、まだ続きそうな辞退の言葉を直はぶった切る。

しかしそこに、厚意を無下にされたときに浮かべるちょっとした哀しみや怒りじみたものや、説得しなければならないという面倒くささ感じることはない。


ただ言葉はからかう色の濃い調子で口にして、目を白黒させている少女を見る目は愉快そうに細められていた。


「かっ、からかってますね」


彼女が真っ赤な顔で憤慨するのも無理はないが、彼はそれには答えない。

強いていうなら、ニヤニヤ笑うのが答えである。

心の底から、からかって楽しんでいるようだ。


「ところでタマ、パフェはケーキに入るのか?」

「入りませんよ」


からかわれていると相手の表情からわかった少女は、努めて冷静に見えるように感情を抑えながら答える。


「ケーキは小麦粉、バター、砂糖、卵を主原料にしたものを指します。つまり、スポンジやタルト台を使ったものをケーキと呼んで、ゼリーなどは本来は含まれないはずです。パフェは生クリームやアイス、フルーツをグラスに入れたものですから、ケーキという分類から外れています」


珍しく長舌だ。


「ゼリーもか」


直は今までケーキだと思っていたが、どうやら違うらしい。

しかし、甘いから砂糖は使われているはずだ。


「専門家ではないので、何とも…。理屈でいえば、アップルパイもケーキですよ」

「アップルパイは、形からしてもケーキだろ?」

「……ええ、まあそうですが、気持ちの問題ですよ」


彼女の中ではどうやら違うようだが、関心のない直にとってはどれも“甘いもの”という分類であるのは変わらないのでその括りがいまいちわからない。


「それで、パフェがどうしました?」


「いや?どう違うのかと思ってな」


関心のない人にいわせてみれば、両方とも同じように甘くて生クリームとフルーツを使っているものだ。

確かに、疑問に思っても仕方がないのかもしれない。

少女は素直に信じたようで、深く突っ込んでくることなくケーキの箱を両手で大事そうに掲げてお辞儀した。


「ありがとうございます。いただきますね」


うっすらと笑みを浮かべてはにかむ少女に、直はやっと見慣れた優しそうな笑顔に戻った。


パフェをバカスカ食べさせられた│かい《・・》もあったものである。

オススメのケーキ屋を聞いたつもりが、しばらくデートのたびにカノジョオススメのパフェを食べる羽目になり、甘いものはしばらく見たくない程だったが、そんな努力も報われるようだ。

パフェはまったく関係なく、結局は志良によく行くケーキ屋を聞いたのだが、さんなことおくびにも出さない。


明らかに足取りの違う少女の後に続き、勝手したたる犬江家のリビングへと入った。

いそいそとダイニングでコーヒーの準備をしてから、リビングに戻って来た彼女は直の前で箱を開ける。

直の選んだケーキが姿を違えずそこに鎮座していたのだが、彼女はつり上がり気味の目を見開いていた。


「これ」


「嫌いなものでもあったか?」

「いいえ!」


「迷ってたんです、イチゴタルト!期間限定商品なんですよね!ミルフィーユは、休み限定、個数限定でなかなか見掛けませんし。うれしいです、ありがとうございます!!」


先程より、気持ちの入った…むしろ熱い礼が帰ってきた。


「直さんは、どちらにします?」


ケーキを見やすいようにしながらまず相手に選ばせる彼女に、直は少し考えてミルフィーユを選んだ。

どうも、話しを聞いていると希少性はタルトの方にあるらしいので、甘いものは食べたくない直はこちらを選んだのだ。

どうせ、何だかんだと理由付けて少女に食べさせるつもりなため、どっちを選んでも一緒なのだが。


「では、いただきます!」


「どうぞ」


部屋の照明に照らされて輝くイチゴの上のナパージュよりも、それを見る少女の焦茶色の瞳の方が輝いて見えた。

緩んだ口元は笑みを│たたえ、高揚した頬は赤い。


彼女は一緒に入っていたプラスチックのフォークで上からゆっくりとイチゴタルトを切っていった。

イチゴを潰さないよう、細心の注意を払い上部を切り分け、続いてはタルト台を攻略する。

少しずつフォークがタルト台へと沈んでいき、その部分はほろほろと崩れていく。

一口分、フォークに指した彼女はタルトの生クリームとカスタードクリームの層が直にも見えるぐらいゆっくりと口に運んでいった。


味わうためゆっくりと│咀嚼そしゃくする彼女の目は、うっとりと細められている。

見るからにうれしそうでいて、幸せそうな表情であった。


「これが見たかったんだな、俺は」

「……?」


ちなみに、ミルフィーユは結局、バイト先から帰宅した志良の腹に収まりました。


「兄貴、それは直さんのだーっ!!」

「まあまあ。また、買ってくるよ」


「いっ、いえ!私が食べたいわけじゃなくて…あのその」

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