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仔猫の恋  作者: くろくろ
狐は目を細めた
16/61

料理に失敗は付きもの

過去。『仔猫、だし巻き玉子を教わる』のside.N

『教授が離してくれなくてなー。先に家に行っててくれ!』


メールの文章から、教授の様子が想像出来そうだ。


「程々に、な」


返信を打ち込んで、送信を選択する。

高齢な教授の頭に血が上り過ぎないよう、志良は発言に気を付けてほしい。

怒鳴った教授が倒れられても困る。


時間を潰していた本を図書館の棚に戻し、どうやらレポートの件で教授から未だに解放されないらしい志良を待たずに一人で犬江家に向かうことになった。


「お邪魔しまー…どうしたの?」


何度目かわからない、犬江家の訪問でそれははじめてのことだった。

チャイムをならし、中から鍵を開けてもらった直は挨拶の途中で困惑した。


「…どうもです」


言葉少なげなところも、無表情なところも最初と変わらない犬江妹の様子が今日は普段と違うように思えた。

何というか…落ち込んでいる気がする。


「何でもないです。兄はまだ学校ですか?」


「あぁ、まだ学校で先生と話してるみたいだ」


こういういい方をすると、志良が中学生のようだ。

一応、あれでも二十歳を過ぎた大学生なのだが。


「そうですか」


彼女は無表情だった。

それなのに直には、志良の不在に安堵したように見える。

先を歩き、いつも通されるリビングへと直を案内した少女はそのままキッチンに入っていった。

リビングからその姿は見えるのだが、拭いてもらってあったテーブルにはつまみを並べる直はやたらと自分を気にするギクシャクした彼女の動きと、普段とは違う匂いに違和感を強くする。


「何か、焼いたの?」


少女の肩が揺れる。

わかりやすくいえば、“ギクッ”という感じだ。

自分の身体で直の目から隠していたらしいフライパンとフライ返しがその拍子に当たって音を立てる。


「あっ…!」


フライパンとフライ返しをほとんど投げ捨てる勢いで置いた少女は、焦りを滲ませた声で何かを覗き込む。

無表情な彼女の反応に、何事かと直もキッチンに入った。


「ぐっちゃぐちゃ…」


少女はポツンと呟きを落とす。

肩を落とし項垂れるその後ろ姿は、とても悲しげだった。

何が彼女をそこまで悲しませるかと、直は後ろから少女の肩越しにキッチン台を覗き込んで目を丸くする。


「スクランブルエッグ?いや、オムレツ?」


直の視線の先には、焼き目の付いた黄色い塊が白い皿の上に置いてある。

確かに彼女のいう通り、形は整っておらずぐちゃぐちゃで、一見するとスクランブルエッグに見えるのだが、その割に大きな塊が多くあったので別のものと直は判断した。

フライパンの上で形をうまく整えられず、更に移す際に皿の上で崩してしまったのかもしれない。

しかし、それにしては出ている調味料に違和感がある。


「“白だし”」


液体の出汁が、塩と共に出ている。

スクランブルエッグやオムレツには、なかなか使わない調味料だ。

プラスチック容器を持ち上げていると、少女はいい辛そうな様子で口を開いた。


「だし巻き玉子を、作ろうと思いまして」


直は皿の上に乗った黄色い塊を見た。


「……ごめん」


そしてそっと、視線を逸らした。

料理に失敗は付きものである。


「なら、一緒に作ろうか?」

「へっ?」


気の抜けたような声は返事ではなかったが、直は構わずボウルに新しい卵を割り入れた。

溶き卵に多めの砂糖と塩ひとつまみ、出汁を合わせて余分な油を拭いただし巻き用のフライパンに少量流し入れる。

味は結城家のものだが、慣れたら犬江家の味付けに直してもらえばいいだろうと、特に何もいわなかった。


「ほら、こうやって一回目にに流し入れた卵液が焼けたら巻いて」


菜箸で焼けた玉子を巻いて端に移動してから少女を見れば、面白い動きをしていた。

どうやら、直の手元が見たいようだが、見えないために様々な方向に顔を持っていこうとしているようだ。


彼女としては真剣なのだが、見ている方としては笑いの衝動を堪えるのキツい。

なら、どうしたら自分はだし巻き玉子を巻きつつ、彼女のあの動きを止めれるかと考えた直は至って普通に、何の含みもなく横にいた少女を自分とフライパンの間へと引き寄せた。


「こうすれば、お互いに見やすいんじゃないかな?」

「!!」


手は新たに流し入れた卵液を均等にしながら、直は腕と腕の間で硬直する少女を観察する。

たぶん、先程よりよく見えるはずだが、どんな反応をしているか後ろからは彼女の後頭部しか見えないため直にはわからず少し残念に思えた。


「はい、交代」


そういって、半分ぐらい巻き終えたフライパンと菜箸を差し出す。

恐る恐る受け取ったのを確認し、体勢はそのままで卵液を追加すると硬直から急に復活した彼女は逃れようと暴れ出した。


「はいはい、暴れない暴れない。砂糖多く使ってるから、早く巻かないと焦げるよ」


フラフラして危ないフライパンと菜箸を、二回りぐらい小さな手ごと掴む。

ついでに、そのまま包んだ手ごと菜箸を操って器用に玉子を巻いていった。

巻き終わって次の卵液を流そうとすると、もぞもぞ包んだ手の下が動いてそっと離してやる。


彼女は辿々しい動きで、だし巻き玉子を巻き終えた。

ゆっくりだったため、焦げてしまった部分があるが、形はだいぶいい。

ほぼ自分が巻いたくせに、そんなことおくびにも出さずに直はにこやかに笑った。


「うん、うまく巻けたね。今度は、俺は見てるから珠稀ちゃんがやってみ…」


リビングのドアから志良が顔を覗かせていて、『て』までいえなかった。

あんまりにもニヤニヤしていて、若干イラッとする。


「お邪魔だったかにゃ~」


我に返ったのは少女の方が先で、直の腕から逃れた彼女は荒々しく足を踏み鳴らしながらドアへと向かって腕を振り上げる。


「邪魔じゃないっ!!」


兄に猫パンチを繰り出す少女に、ピンと立ったネコ耳と尻尾が見えた気がした。

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