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仔猫の恋  作者: くろくろ
狐は目を細めた
15/61

断じてロリコンではない、断じて

現在。

「ロリコン」

「ぐっ…」


痛いところを突かれ、直は呻く。


「いや、もう成人してる。第一、その時点では異性として意識してない」


そうでなければ、色々マズい。

当時は成人済みの大学生と、未成年の中学生だった。

誓って何もなかったが、『ロリコン』といわれれば未だに胸に刺さる。


「なら、なんで私の質問の答えがそれだったんだ」


「『私の仔猫』の下りで思い出したんだ。確かに、第一印象は猫だったな、と」


それも、『可愛げのない仔猫』である。

その印象のまま、からかったこともあると思い出し、二十歳も過ぎた当時の自分の子どもじみたやり方に苦笑するしかない。

成人とはいえ当時の自分は、所詮は子どもに毛が生えた程度なのだ、と今の直は冷静に分析出来る。


まあ、未だにやらかすこともあるので、彼女から見て年上の威厳を保てているのかは謎だが。


「つまり、お互いの第一印象は悪かったということか。まったく懐いていないくせに、どうして手を出そうと思ったのか│はなはだ疑問だ。もしかして、自分に靡かなく無愛想な相手を落としてみたいとでも考えていたとかか?」


美織は胡乱な目をして、直を見た。


「人を捻くれ者みたいにいうなよ。確かに最初は可愛げがないなんて、上から目線で思っていたさ。でも、それだって何度も犬江家にお邪魔する内に打ち解けたんだ」


「胃袋から掴んだ…もしくは、掴まれたってか?」


「志良」


挨拶もせずに割り込んできたのは志良である。

コートを腕に掛けたままポテトを抓んで食べはじめた彼は、注文を取りに来た店員にすぐに応えた。


「取り敢えず、カシスオレンジ」


女子か。


「そんなわけないだろ」


直は『掴まれた』という方を否定する。

美織の横、直の前の席に腰を下ろした志良はその返しにニヤニヤしながらあくまで食事に括るらしい。


「それか、危なっかしくて気になったか?はじめて家に来た日も、メシが出来るまでタマの周りをウロウロしてたよな」


「ウロウロはしてない。手伝おうとしてたんだ」


「さんざん、断られてたけどな!」


『手伝おうか?』『結構です』、『包丁くらい使えるよ?』『そうですか』、『おいしそうだね。何作ってるの』『普通のショウガ焼きです』、『運ぶよ』『座ってて下さい』。

これが二人の会話である。

“取り付く島もない”とは、こういうことかという良い見本に出来そうだ。


「あんたも、客ならジッとしてなよ。客がウロウロしてたら気が散るだろうに」


そのとき犬江家にいなかった美織は、呆れた顔をまっすぐ直に向ける。

美織のいい分も尤もだが、直の意見も同様だろう。


「さすがに申し訳ないだろ。急に人数が増えたんだから。それに、志良よりは料理は出来るつもりだ」


だが残念ながら、皿一枚運ばせてもらえなかった。

台所に入れてもらえる程に信用されていないといえばそれまでだが、やはり手伝わせてもらえなかったのは悲しい。


後々、話しを聞けば、客に手伝わせるのも悪いと思っていただけで信用がなかったわけではなく、手が足りないときは兄を使っていたから特別、直の手を借りなかっただけなのだそうだ。

つまり、お互いに相手に気を遣っていた結果である。


「お前、俺たちが一緒に料理してると、仲間に入りたそうにしてたよなぁ」


しかし二人が気を遣い合っていたことを知らないらしい志良は、唐揚げを口に放り込みながら、直のことを寂しがり屋のように称する。

先程の、料理の腕に対する意趣返しだろうか。


「手持ち無沙汰なだけだ」


実際問題、両親不在の犬江家で兄妹をキッチンに立たせて自分だけ座っているのはだいぶ気まずいのだ。


「結城の料理の腕前を信用してないんじゃないか」


「失礼だな。今は一緒によく作る」


美織は知らないため、自己申告だけしかしていない料理の腕前を疑問視するが、直は心外だと文句をいう。

カシスオレンジを受け取っていた志良は、最近の妹の様子を思い出して『そういえば』と口を挟んだ。


「あぁ、最近は…クリスマス前の日曜日か?何か凝ったの作るみたいだったな」


材料の準備やら仕込みやらをしている姿を、よく見たそうだ。


「やだ、作らせたのあんた?どうせなら、どこかに食べにいけばいいのに」


美織がいうことも尤もだった。

イベントごとは悉く仕事が忙しいときと重なる彼女に対し、もう少し恋人らしい特別な時間にするべきだろう。

いくら何でも、料理を作らせるべきではなかった。

しかし、去年のクリスマスは。


「それは提案した。でも、俺の部屋で一緒に作って食べたいっていわれたんだ」


気を遣われたのは、直もわかっていた。

クリスマスから若干外れていたとはいえ、日曜日だから他の月よりも食事をする場所は混んでいる。

年末忙しいのはお互い様ではあるが、部屋でのんびり過ごすことが出来るのは申し訳ないがとても有り難かった。


「羨ましい…」


「じゃあ今度、俺と料理作るか?」

「志良とじゃないの!」


即答され、志良は落ち込んだ。

志良は項垂れながら、ちびちびカシスオレンジを舐めている。


話しの流れからいえば、恋人と仲良く料理を作ったことを羨ましがっているように聞こえたが、美織の中では相手が違うらしい。


「憧れてたのよね、妹と一緒に料理って」


どうやら、“恋人”ではなく、“妹”と一緒に料理がしたいらしい。

何かが違う。


「結城、あんたお礼はちゃんといったの?プレゼントとは別に」


「当たり前だろ。プレゼントはクリスマス当日に渡したけど、それとは別に感謝の気持ちは表した」


念入りに。

どのように表したのかは、にこやかに笑う直はいわなかったが、邪気を感じたらしい美織は後退った。

詳細は聞いてはいけない。


追加注文したものが届き、受け取った志良はいじけ気味に、乗っていた大根おろしを下ろしてだし巻き玉子を箸先で切っていた。

出汁か塩みが強いのか、この店のだし巻き玉子は直がよく知るそれよりも黄色みが薄いように感じる。


「そういえば、一緒に作ったのはだし巻き玉子だったな」


志良が一口大に切っていただし巻き玉子を、美織はマジマジと覗き込んだ。

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