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仔猫の恋  作者: くろくろ
狐は目を細めた
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可愛げのない仔猫

過去。『不機嫌な狐』で吹いた理由。

「あっ、メールだ」


そう呟いた志良がグラスを準備するのを止め、携帯に目を落とすのをテーブルを拭く手を止めてなんの気なしに見る。


「姉崎…じゃないか。家族からか?」


「そうだ。まったく、もう少し前にメールしろよな」


実家暮らしの友人宅に上がり込めば、今日は両親の帰りは遅いとのこと。

これで相手が女子であれば、カノジョと別れたばかりながらもそれなりに期待するが、残念ながら相手はどんなにモヤシっ子といえる細い身体であっても男である。

普通に、『鬼の居ぬ間に何とやら』と、お互いに呑気に笑った。

ちなみに美織はバイトがあり、今回は不参加だ。


直から愚痴に対する同意を得たいのか、不機嫌そうに差し出してくる志良から携帯を受け取り、届いたメールを読む。

何てことない、買い出しを頼むメールだった。


「これは…妹さんか?」


「あぁ、稀な珠と書いて“タマキ”だ」


兄は『良い志』で“志良”、妹は『稀な珠』…たぶん唯一とか他にはないという意味で付けたのだろう“珠稀”。

『思い込んだら一直線!』な妹と、名前を逆に付けてほしかったと常に思っている直とは違って、なかなかいい名前だと思う。

ただ問題が…苗字だ。


「シロとタマ…犬と猫か」


残念なことに、苗字に“犬”と入っているために、兄の志良は余計に犬っぽい名前に聞こえる。

妹はそのせいで、“タマ”という名前が際立ってしまい、どうしても猫の名前を連想してしまう。


「で、その珠稀ちゃんがどうしたんだ?」


「あぁ、タマがショウガ買い忘れたから買って来いってさ。お袋からメールだ」


それは、志良に直接電話すればいいのでは。

犬江家での志良の扱いがわかりそうなやり取りである。

現にメールを読んで気付いたが、これが届いたのはまだ二人が大学にいる時間だ。

つまり、志良が気付いてなかっただけである。


「仕方ない、買ってくる」


ぼりぼり頭を掻きながら、いかにも面倒臭そうに玄関に向かう志良。

彼曰く『すっからかん』な財布と携帯片手に、サンダルを突っ掛ける。

それに慌てたのは直だ。


「おいおい…。俺、一人でここにいていいのか?」


「別に構わないだろ?家でも、お前のこと話題にしてるし」


そういう問題ではない。

話題に上がってたとしても、実際には会ってはいないのだから信用も何もないだろうに、志良はまったく気にせずに自分以外の家族にとって他人である直に留守番をさせようとする。


「大丈夫だって。タマもすぐ帰って来る。そうだ、茶でも入れてもらえよ、まだ酒には早いしな」


「なっ、ちょっ!?」


すぐに帰るなら買い物してきてもらえばいいのに、妙に律儀な志良は直の制止も聞かずにさっさ出掛けて行った。

手を伸ばした状態で固まる直を、あっさり置き去りにして。


唖然と立ち尽くした直は、しばらくして我に返る。

こうしていても、志良が早く帰って来るわけではない。

それなら、先程の続きをしていた方が有意義だ。


今日、はじめてやって来た友人の家で一人、何をやってるのかと思いはしたが手持ち無沙汰な直な淡々とテーブルを拭き、志良が中途半端に準備したグラスをキッチンから移動したり缶ビールや酎ハイを冷蔵庫に仕舞ってつまみを適当に並べておく。

こういった準備は実家でもやっていたから苦ではないが、全て終えてしまえばどうすればいいのかわからなくなる。

身の置き場に困り、ソファーに座ったり立ったりしていると、待ちわびたドアの開閉音がして直は玄関へと乱暴な足音を立てながら向かう。


「ただ」

「シロ、勝手に人を置いて出掛けるな!」


彼にしては、荒い言葉遣いだった。

表情にも若干、苛立ちが滲んでいたが、いくらなんでも志良の行動の方が非常識だから仕方ないだろう。


だが、その主張は直のものであり、それを知らない相手からしたらただ困惑しか浮かばない。

もしくは、彼女のように警戒心か。


「……だれ?」


直の想像では、そこにいるのは志良であった。

しかし、いたのは目尻がつり上がった、まるで猫のような目に警戒の色を乗せた少女である。

誰かと直に問う声は固く、警戒心も顕わでとても友好的な態度ではない。

まず、直の方が友好的に見えないのだから、それもそうだ。


「お邪魔してます。俺は志良君とは大学で…」


「えぇ」


「……えーと」


スッと攻撃的な表情も態度も瞬時に消し、体勢を立て直した直はにこやかに笑って説明する。

直は特別、顔立ちが整っているわけではないが、所謂“雰囲気だけイケメン”らしく、にこやかに笑って優しげに話し掛ければ初対面の人はだいたい警戒心を解いて同じようににこやかに対応してくれていた。

それに日本人は濁した言葉の先を連想し、先回りして考える民族なのだから、ここまで説明したら『志良の大学の知り合い』ぐらいわかりそうなものだ。


しかし志良本人がいないせいかこの少女、先程まで浮かんでいた表情も消え、無表情になっている。

せめて苦笑でもいいから表情を浮かべて、納得したのかしていないのだか説明の続きが聞きたいのだかをはっきりしてほしい。

『えぇ』ってなんだ、そもそもお前も誰だ。


笑顔の下で、だいぶ相手に対して理不尽な気持ちを抱えていた直は、玄関に突っ立ったままの少女を失礼にならない程度に観察する。


黒い仔猫だ。

直は、少女の全身を眺めてそう思った。

顔とだぼついた制服の袖から覗く指先とスニーカーの色が、顔と前後の足先だけが白い黒猫を彼に連想させる。

せめて髪色とセーラー服が重たそうな黒でなければ、違った印象だっただろう。

そして顔には能面のような無表情、決して友好的ではない。

それが、犬と違って顔の筋肉が動かない猫に余計に見えた。


直は首を傾げる。

自分と同じように志良には妹がいるのは、前から知っていた。

ただ妹がいるという情報だけで、年齢や学年という話しは改めてしてはいない。

というのも、志良の話しや先程のメールの文章を考えて、無意識に自分たちとそう年が離れていないように勝手に思い込んでいたのだ。


実際、推定・犬江妹は直の想像していた通りの年齢に見える。

高校二年生か三年生、少なくとも│中学生コドモに近い一年生には見えない、落ち着いた雰囲気を持っていた。

ともすれば、兄である志良や…別れたばかりの元恋人よりも。


ただ、見掛けない制服だと思ったのだ。

直の名誉のためにいえば、別に彼は女子高生の制服を全て知っているわけではなく、近所で見掛けた覚えのないため疑問に思っただけである。

尤も、電車を乗り継いだ先にある遠い高校に通っているといわれれば、納得することではあるが。


「ただいま~、と。二人して、玄関で何やってんだ」


「シロ」

「兄貴」


待ちかねた志良の帰宅に、玄関で突っ立っていたままの二人は同時に口を開く。


「人を置いてくな」

「他人を留守番に使うなよ」


言葉は違えど、意味はだいたい同じだ。

しかし、見た目に見合わない乱暴な少女の口調は、直には続けて別の言葉も聞こえた。


『迷惑』


もちろん、少女はそんなこといってはいないのだが、彼女の無表情が直には迷惑そうに見えてならない。


「いいだろ、別に。こっちは珠稀、あっちは直。俺、話したことあるだろ?だからもう、他人じゃないって」


そういう問題じゃない。

こんな紹介、普通はありえないだろう。

犬江家では直が話題に上がっている口振りだが、外で語る妹の話同様、全幅の信頼を寄せて留守番を頼むに値する程度の情報は提示していないように思えた。

何せ、志良だから。


案の定、犬江妹のキツい口調は冴え渡る。


「何考えてんだ、この非常識兄貴!本体はその眼鏡か!眼鏡に脳味噌ないから、非常識なことするのも納得だ」


仮にも年上に対する態度ではないが、相当頭にきているようだ。

相変わらず無表情なのに、語尾は驚く程に荒い。


「あの、タマキちゃん。ちょっと落ち着いた方が…」


文句をいいたい気持ちも直にはわかってはいたが、初対面の人がいるときに兄妹喧嘩は止めてほしい。

意外に堪え性がない犬江妹に、内心驚きながらも直は笑みを浮かべて少女を止める。

直の妹も、兄に対していいたい放題いうが、外面はとてもいい。

同じ年頃に見え、自分の妹は落ち着きがないと思っていたが、もしかしたら普通なのかも知れないと考え直した。


そんなことを考えている直を、止められた犬江妹はジッと見上げた。

何を考えているかわからない視線は、あらぬところをジッと見詰める猫と酷似している。


「タマ、さっさと上がれって。俺が入れないっつーの」


靴すらまだ脱いでいない妹に、サンダルの兄は文句をいって背中を押す。

グイグイ強く押された妹は、何かいおうと口を開き掛けたが直を見て止めた。

代わりにいわれた通り、靴を脱いで上がり、兄に場所を譲る。


「今日は酒飲むから、直の分もメシ作ってやってくれ」


ピクッと唇の端が上がるが、今度は開くことを堪えた犬江妹は黙って頷く。

従順な態度に見えるが、急にそんなことをいわれたら困るだろう。

直だって急にいわれて驚いた。


「いや、俺はいいよ。困るだろ?」


「いいって、いいって。まだ作ってないし、材料は買って来た!直だって、一人暮らしだから、帰ってメシ作るの面倒だろ?」


確かに志良がいう通り、アルコールが入った後、帰ってから食事を作るのは面倒だと思った。


「まあな」


だが、身体に悪いとわかっているが一日ぐらいつまみが夕食代わりでもいいと思うし、どうせアルコールが胃に入れば食欲も落ちる。

最悪、帰りにコンビニで何か買えばいい。

どうも犬江妹が作るようだが、そこまで世話になるつもりはなかった。


しかし、志良は直の遠慮など気にも止めない。

先程の『まあな』を了承だと思ったのか、ニカッと明るく笑うとさっさとリビングへ入っていく。


「ならいいだろ。それに安心しろ!なかなか旨いぞ、タマの作るメシは」


そこを気にしたわけではないが、楽しげな志良を止めることは難しそうだ。

困り顔で志良の背中を見送った直は、同じように兄を見送った犬江妹と顔を見合わせる。

無表情のままの彼女が直と顔を合わしたのは一瞬、すぐにプイッと顔を背けて二階へと上がっていく。

足音を立てず、ツンとした態度は本当に猫のようだったが、いくら腹が立っても兄の友人がいるところでその態度はいただけない。


「可愛げのない猫だな…」


と、直が呟いてから数時間後。

テーブルにはアルコールやつまみの他に、ご飯と味噌汁、メインのショウガ焼きが並んでいた。

可愛げはないし、始終無表情で態度は悪いが、真面目に準備してくれたことに感謝しつつ箸をすすめていたら、ショウガ焼きの味付けが志良の納得いく出来映えだったらしく『うんうん』と頷いてから爆弾を投下した。


「いまどきの中学生にしてはなかなかやるだろ?交代で作ってんだ」


「ちゅっ、中学生っ!?」

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