いかにして彼は“兄”を辞めたか
side.N。『成人式の黒猫』の頃。
「お前らのせいで、クリスマスはさんざんだったぞ」
取り敢えず、外の寒さを一時忘れて生ビールを煽りたいのをガマンしてウーロン茶を流し込む。
いつもにこやかな彼には珍しく、不機嫌さが顔には出ていたが相手は鼻で笑って意に関さない。
「おおげさな。せいぜい、居たたまれなかっただけだろうに」
相手がいうことは正しいが、少しぐらい反省してほしい。
毎度、巻き込まれる方の身にもなれといつもながら直は思う。
苦々しい思いのままウーロン茶をもう一口含むと、斜め向かいに座る│美織は中身を飲み干した御猪口をテーブルへと置き、真剣な眼差しで直へと向き直る。
「さて、二人がいないうちに吐いてもらおうか」
「何を?」
「結城がいかに兄を辞め、ただの雄に成り下がったか、をだ」
「…せめて、どういうきっかけで恋人になったかって聞いてくれよ」
むしろ、今まで美織が知らなかったことに驚く。
直としては、もっと前に追及されると思っていたのだ。
別に直が自意識過剰なわけではなく、彼女の付き合っている相手が二人共通の話題をとうに話していると思っていたからである。
「そもそも、あんたはどうやって信用を得たんだ?│志良のいい分じゃよくわからないが、最初から無条件で信頼されていたわけじゃないだろう。あんた、腹黒いし」
「心外だな、俺のどこが腹黒いんだ」
「…そういって、笑うとこが腹黒く見えるんだ」
直はペタリと自分の顔に手を当てる。
どうやら、無意識に笑みを浮かべていたらしい。
口外に『信用出来ない』とも取れるいわれ方をされても、笑顔を浮かべられるのはたぶん図太い人間だろうが、『腹黒』と称される謂われはないはずだ。
美織はテーブルに肘を突き、掻き上げた前髪をくしゃりと掴んだ。
「私の可愛い妹が、毒牙に掛かって泣くところを見たくない。遊ぶなら、今まで遊んでたような頭が空っぽな女にしろ」
酷いいわれようだ。
「彼女たちは、頭が空っぽだったわけじゃない。みんながみんな、姉崎みたいに何の役に立つのかわからないような知識を頭に詰め込んでるわけじゃないさ。興味を示すところがメイクやファッションだっただけで、それぞれ可愛い子たちだったよ」
美織に対して直もだいぶ酷いいい様だったが、友人である二人の付き合いもそれなりに長い。
お互いに大したダメージにならないとわかっているからこそ、ときにはきつい物いいも出来るのだ。
「そこで、遊んでいたかという追及を煙に巻こうとするところが腹黒いといわれる所以じゃないか?それとも、肯定か?」
「…遊んでるつもりはなかった。ちゃんと相手は好きだったよ」
仕方なさそうに本心で答えれば、美織は目をスッと細めて冷たく凍えるような視線を投げ掛けてくる。
「もし、私の妹と別れたとして。その後にも同じ事をいったら殴り倒してやる」
「怖いな」
│美織ならやる、絶対に│殺る。
涼しげに『怖いな』と返しながらも、直の背筋に冷たいものが走った。
笑顔が浮かんでいたため、そのことは美織に気付かれることはなかったのは幸いである。
視線を友人の胡散臭い笑顔から下へと移し、ほっけの一夜干しを行儀悪くつつく美織は直の心中など興味なく、ただ自分が気になったことを問い掛けた。
「で、どうやって私の仔猫を懐かせることに成功したんだ?もったいぶらずに吐け」
「姉崎のものじゃないだろ」
まず、重要な部分を正した直は、そもそも出逢うきっかけとなったであろう出来事を思い出していた。