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仔猫の恋  作者: くろくろ
仔猫の恋
10/61

仔猫は無様に転げ落ちた

「な…直さん?」


後退った珠稀の姿に方や眉をつり上げ、方や興味津々な様子で校門の前に立つ男の人を見る。


「ふ~ん。見た目は悪くない、かな?」


「│蓮花れんげちゃん…」


へにょっと眉を下げた珠稀に、友人は悪びれもなく笑った。


「いやいや~。だって大事でしょ、顔の作りとかってさ」

「そんなことないって」


取り敢えず、顔だけの判断だが友人の第一印象は良いようだ。


「ともかくさ、行ってあげなよ。女子高の前じゃ、居づらいでしょ?お兄さんの友だち」


下校時刻か過ぎて疎らになったとはいえ、校門にいれば生徒たちが通る。

現に、通り掛かる生徒たちの注目を集めていて、しばらくすれば誰かが教師を呼びに行く可能性もある。

機嫌が悪い彼の元へ行くのは少々コワいが、このまま放置しておいた方が後々もっとコワいことになりそうだ。


友人に背中を言葉だけでなく物理的にも押されて彼の前に立った珠稀は、おずおずと相手を見上げた。

珠稀が、声を掛ける前に後退ってからつり上がったままの眉はそのままで、彼は自分の前に立った友人の妹に対して感情を押し殺した声で問い掛ける。

はじめて会ったときのように怒鳴られるよりもマシだが、これはこれでコワいと珠稀は思う。


「なんでいってくれないんだ」


挨拶も何もなく、第一声がこれである。

これだけで、いってる意味が通じる方がすごいだろう。


「何をです?」

「不審者が出るって話をだ!」


「…はぁ」


ここに来てやっと、ホームルームの時間に、『不審者注意』の話が出たことを思い出す。

しかし怒られる意味がわからず、空返事の珠稀に苛立ったらしい彼は、険しい顔と今度はそれがわかる声で言葉を続ける。


「ここから家まで、どれくらいあると思ってんだ。いくら電車通学でも危ないだろ。しかも、駅に行く途中に街灯がない場所がある」


「…詳しいですね」


「誤魔化すな」


純粋に驚いたからいっただけなのに、更に怒られた珠稀は肩を竦める。


「学校からも、注意されてるってお母さんに聞いたから知ったものの…何でシロに迎えを頼まないんだ?」


どうやら、不審者出没の報を聞いて、心配してわざわざ来てくれたらしい。


ちなみに、ここで彼がいう『お母さん』は彼自身の母親ではなく、犬江家最高権力者の方である。

犬江家に馴染み過ぎだと、うれしいような複雑な心境であった。


「友だちと帰ってますし、まず私が狙われることはないですし」


「タマ」


自分のことはよく知っていると、狙われる心配はないと更に重ねようとした珠稀の言葉を聞いた彼はついカッとなってしまっていたようだ。


「セーラー服を着てるってだけで、狙われることもあるんだ!」


「……」

「…プッ」


自分の着ている制服を見下ろした珠稀は、憮然とした表情をする。

魅力がセーラー服を着ているところしかないっていわれているのか、それとも彼もセーラー服に魅力を感じる人なのか、わからないコメントであった。


「…悪い。熱くなり過ぎたて、変なこといったな」


「いえ、大丈夫です」


いったい何が大丈夫なのか、聞かれてもわからないが、咄嗟に返す珠稀はどうやら混乱しているようだ。

見た目は冷静そうな無表情で、わかりにくいから周囲には知られることがなかったのは幸いである。


「お兄さんのお友だち、セーラー服が好」

「違うからっ!!」


「?」


いつの間にか背後に寄って来ていた友人が、珠稀の耳元で囁いて来て、慌てて大声で否定する。

幸いにも、このナイショ話は彼には聞こえていないようだった。


「だって、それだったら攻めようがあるでしょ?ほら、セーラーをこう…」

「やめてって!」


いかがわしい手の動きで、制服の裾を捲り、腹部に触れようとする友人の手を叩き落とす。


「ちぇ~いいじゃん、こんくらいやんなよ」


「蓮花ちゃんみたいな、肉食女子じゃないんだから。だいたい、前といってることが違う!」


「いやー…、なんというか。思ったよりも意識されてなかったから、応援したくなって」


「…やっぱり?」


「うん。悪いけど、完全に保護対象だよね」


ガックリと、珠稀は自分でも自覚していることを指摘されて項垂れた。


「でも、ホラ!チャンスだよ。大事には思ってもらってるみたいだし!」

「ははは…」


力無く笑う珠稀は、友人に聞こえないほどの声で呟く。


「まぁ、…ただの猫扱いだけどね」


やはり、顔見知りの猫が不審者と遭遇したらと思えば心配ぐらいするだろう。


「とにかく、誘惑するしないはいいから。今日のところは、拝み倒してでも一緒に帰ってもらったら?」


「でも、そしたら蓮花ちゃんは?」


「こっちのことは気にしないの!他の子と帰るから大丈夫、心配しないで」


ぐっと親指を立てる友人は、良い笑顔だった。

その力強い笑顔に後押しされて、珠稀は一緒に帰ってもらおうと彼に何といえばいいかと考えていると、それより先に声を掛ける人物がいた。


「なお君!うれしい、迎えに来てくれたの~??」


甘ったるさに加え、語尾にハートが乱舞してそうな声が珠稀たちをナイショ話から現実へと呼び戻す。


「ゲッ、教育実習のゆるふわだ」


ちなみに、『ゆるふわ』なのは髪型・服装・空気に頭である。

頭は髪型ではなく、中身のことだ。


「…│優愛ゆあ?」


あぁ、教育実習生の名前は『優愛』というのかと、珠稀は今更ながら知る。


「なんでここに?」


「何でって、教育実習がここだって話したでしょ~。もう!」


わかりやすく怒ったフリした教育実習生は、彼の腕に抱き着いた。

彼の腕が胸の谷間に挟まれた状態になっていて、珠稀は自然と下がり掛けた視線を何とか上げて声を掛けようと試みる。


「あの…」


「あっ、二年生の子だっけ?さようなら~」


瞬殺だった。


「…さよなら」


彼の腕をそのまま挟み込み、珠稀たちに軽く手を振り、すぐに相手へと向き直った教育実習生は甘ったるい潤んだ目をしていた。

ここが学びの場だということを忘れ、ただ彼だけを見る目。


珠稀の中で、真っ黒なものが膨れ上がる。


「タマ!」


それはあっという間に限界まで膨れ、彼の鋭い声により呆気なくはじけた。


「…さっきの、何故いわなかったかってことですが、あなたに関係ないですよね?」


冷ややかな声が自然に出て、普段通りの無表情は今や能面のようになっていた。

短い付き合いながら、こんな声を聞いたことがなかった友人は、心配そうに珠稀に寄り添って短い別れの挨拶を唖然としている教育実習生に投げ付けてさっさとその場を後にする。


後ろでは相変わらず甘ったるい声できゃんきゃん何事か騒いでいるが、学生二人は気にすることなく足早に帰り道を急いだ。


「なーにぃぃー?お兄さんの友だち、ゆるふわとデキてんの!?しかも、ゆるふわの迎えついでにタマの説教とか、意味わかんないし!!」


「ハハッ、私もわかんない」


わかったのは、街灯がない場所を知っていたのはカノジョを送り迎えしていたからだということだけだ。


「気を落としたら駄目だよ!」


「あー…うん、わかってるよ」


乗り換えのため友人と別れた珠稀は、肩を竦めて階段を上がる。

いつもより歩みが遅いのは、きっと気のせいだ。


まさか、教育実習に来ていた女の人と兄の友人とが付き合っているなんて知らなかった珠稀だったが、自分で先程相手に投げた言葉が自分に返ってくる状態に笑うしかない。


『あなたに関係ないですよね?』


その通りだ。

珠稀の立場は、友人の妹であり、『可愛げのない仔猫』だ。

だから、わざわざ誰これと付き合いはじめたなんていう義務は彼にはない。

だいたい、心配してくれた人に対しての態度がまるで子どもだ。


…だけど。

しばらくはずっと構ってくれていたし、こうして心配してくれて、まるで“特別”な位置にいるように錯覚していた。

友人に『そんことありえない』といっておきながら、自分のこの状態に笑うべきか泣くべきか、それとも恥じるべきか珠稀にはわからない。

ただ、今はひどく胸が苦しかった。


…後から思えば、後ろの騒ぎに気付かなかったのも悪かったのだろう。

騒ぎに気付いた友人が珠稀を心配して、階段下まで見に来るくらいの騒ぎだったらしいのに、自分のことで精一杯だったために気付かずにいたのだ。


「どけっ!」

「きゃあっ!!」


これは珠稀の悲鳴ではない。

しかしすぐ横で聞こえた悲鳴と、ぶつかられた衝撃から体勢を立て直そうと足を後ろに引こうとして、その身体は傾ぐ。

下がった足が段を踏み外し、体重が掛かったままだったせいでそのまま後ろへと倒れていく。


「…ひぅっ」


本当の恐怖の前だと悲鳴も上がらないのだと、こんな瞬間なのに思った珠稀は階段からーー…。

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