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仔猫の恋  作者: くろくろ
仔猫の恋
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成人式の黒猫

「襟巻きって、取る?」


「そうね、汚れたら困るから外そうか」


そういってふわふわした振袖用の襟巻きを外したら、後ろにいた幼馴染みが慌てて外したそれを巻き直してくる。


「みゃーこ、どうしたの?」


「さ、寒いから巻いといた方がいいんじゃない?」


例年よりも暑いため、その言葉に首を傾げるが、取り敢えずはいう通りにした。


「そう?着慣れない和服でむしろ暑いよ」


「いやいやいや!ここは巻いとこっ!?」

「ポチ!ポチだろ、お前!無視すんなって!」


襟巻きを取ろうか取らないかで騒いでいた│珠稀たまきは、肩を掴まれて無理矢理声の主の方へと向かされる。


「狭山君?」


無表情の珠稀に代わり、狭山と呼ばれた青年に反応したのは彼女の友人だったが、青年の視線は珠稀に縫い付けられている。


「相変わらず、つまんねー反応!こんなんでサービス業出来るのかよ!」


肩を掴んだままゲラゲラ笑う彼からは、早くもアルコールの匂いがした。

彼とその友人の集団は、すでに赤ら顔を晒している。


「サービス業?…よく知ってるね」


陽気に笑う狭山には聞こえなかったようだが、珠稀の友人の言葉はもっともだ。

珠稀の対応から、彼女自身が狭山にいったとは考えられないし、友人たちがわざわざ彼に伝えるはずもない。

疑問に思うのも、無理はないだろう。


首を傾げる友人のことにこちらも気付かず、珠稀は狭山を相変わらず無表情で見上げている。

わかる人が見れば彼女が今、“憮然”とした表情をしているとわかるはずだ。

どうも仕事柄、洋酒はよく使ってそれをいい香りだと思っている珠稀だが、この匂いは駄目らしい。

まあ、ビンから直接嗅ぐのと、飲んだ人のアルコール臭とでは感じ方が元より違うだろうが。


何が楽しいのかわからないが、ゲラゲラ笑い続けながらも珠稀の肩を叩いた狭山は、相手の迷惑そうな表情に気付くことなくやたらと近い間合いでしゃべり続ける。


「まあ、いつまでもこんなんじゃ、トーゼン!男なんていないだろ?何だったら、今フリーだから…」

「離してくれない?」


静かで感情の起伏が少ない声に制止されて、狭山は一瞬だけ鼻白んだ。

しかし、すぐににやりと意地の悪い笑みを浮かべて肩を組んでくる。


「なんだぁ?ポチのくせに、見栄を張ってんのか?お前に男がいないことなんて、誰だって知ってるって!」


眉を顰めた珠稀は、いっても聞かない狭山に無表情でわかりにくいが苛立ちが隠せないようだ。

先程、巻き直してもらったばかりの襟巻きの上に相手の腕があることをいいことに、それを素早く外して距離を取る。

下の身を失って空になった襟巻きを握り締めて、何か文句でもいおうと口を開き掛けた狭山は露わになった珠稀の│うなじに目を釘付けにして硬直した。

追撃を予想しながら、振り返って身構えた珠稀はそれを見て相手が興味を失ったと判断してさっさと身を翻そうとする。


「ひぃぃっ」


何故か赤くなって、項を指差して慌てふためく幼馴染みが、情けない悲鳴を上げているのが気になるものの、離脱が先だと歩き出そうとすればまた肩を掴まれて止まらざる得なかった。


「お、おい」


復活しなくてもいいのに、狭山は硬直が微妙に残ったまま引き攣った顔で笑う。


「お、おいおい!こんな時期に虫に食われるなんて、どんだけ部屋が汚いんだよ。女子力ねーな!」


意味がわからないが、馬鹿にされていることだけはわかる。

珠稀の苛立ちは更に募る。


だいたい、三年間同じクラスだっただけの相手にいわれる筋合いはない。

学生時代もそうだが、反応がつまらないのであればいい加減構わないでほしいのが珠稀の思いである。

心が狭いといわれようが、卒業式まで罰ゲームの標的にされた恨みは忘れられるものではないのだ。


「あっ、いっちゃうんだ?」


何か呟いている友人に気付かないまま、襟巻きを奪い返した珠稀はわけのわからないことを│のたまう狭山を睨み付けて口を開き掛けたのだが。


「さっきから、呼んでるだろっ!!」

「…神谷?」


何故か、怒り気味の幼馴染みのカレシが割り込んで来て首を傾げる。

彼は自分のスマートフォンで珠稀を指して、もう一度少し冷静な口調で繰り返した。


「さっきから、呼んでるだろ」

「誰がだよ」


スマートフォンを見て、手持ちの荷物がないことに気付いた珠稀が慌てる横で、関係ないはずの狭山が問い掛ける。

中学時代、クラスの垣根を越えて人気者だった青年の問いに哀れむような顔を一瞬向けた彼は、肩を竦めてたった一言でそれに答えた。


「直さん」

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