葵
(お前様・・・起きろ。お前様!)
頭の中ですみれの声が響く。
(おはよう、すみれ)
(おう、おはようじゃお前様。って呑気にあいさつしている場合じゃないぞお前様)
(どうしたの?そんなに慌てて、少し落ち着きなよ)
(落ち着く前に目を開けてみよ)
(わかったよ、目を開ければいいんだな)
すみれに言われ目を開けて目に入ったのはまず、知らない天井ということ。そこから首をひねり周りを見渡してみると、壺やら掛け軸やらと一つも知らない部屋に自分がいることに気付く。枕元には蔵で拾った刀もある・・・。
(気が付いたようじゃな。無事にあの変な空間からは出られたようじゃぞ、まぁお前様は出ると同時にいきなり気を失っていろいろ大変じゃったが・・・)
(それはごめん、自分でもなんだかよくわからないんだけどさ、ってホントに君は刀だったんだね・・・ビックリしたよ。いきなり頭の中で声がするから、これっていわいる/念話ってやつなのかな?SFとかファンタジー系の作品に出てくる)
(SFとかファンタジーとか何を言ってるのかさっぱりわからんのじゃが、おおむねあっておるわい。ワシの意思を直接的にお前様の頭に送っておるのじゃよ)
(へ、へぇ・・・。なんだかすごいね!でもさ、念話はわかったけどなんで、すみれは刀になってるの?人型のほうが可愛くて好きなのに)
(可愛くて好きとはお前様なんとも嬉しいことを言ってくれるの。ただ、この状態なのはちっと事情があるのじゃよ。恐らくこの時代はワシがよく知ってる時代だと直感が言ってるのじゃよ、ワシの予想通りならこの時代のワシは少々有名じゃからの、迂闊に人型になったらいろいろと大変になことになるのじゃ、しばし状況をみてから戻るとするかの)
(わかった、君がそうまでいうなら戻る時は君に一任するよ。でもさ、ちょっと気になることがあるんだけど、すみれが有名ってことはここは日本なんだよね?部屋を見た感じだといかにも日本的な部屋だからさ)
(まぁそうじゃの。ここは日本じゃ、ワシはお前様が気絶してからここに運ばれる一部始終を見るついでに、外の風景も見てきたからの)
(そっか、なら一応ここの人たちとは言葉は通じるんだね。それは一安心だよ・・・)
(少しは状況は整理できたかの、お前様)
(あぁ、なんとかね。とりあえずここは日本ってことは確実ってことだね)
(そうじゃな、今はとりあえずそれだけでよい。っておっと、誰か来たみたいじゃぞ)
すみれが言い終わると同時に/襖が開く。反射的に襖を開く者を確認する。
そこには、燃えるような赤髪を後ろで結わえている輪郭の整った人美女が立っていた。燃えるような赤髪とは対照的に瞳は空のように碧くまるで吸い込まれるような錯覚を覚える。恰好は着物なのだが、目の前の方の恰好は普通の着物よりも少々奇抜な印象を受けた。通常の袴よりも丈が短い袴をはいていて、/瓢箪を腰から下げ、おまけに朱色の鞘の刀を差していた。上半身は綺麗な浴衣に、なぜか片方だけ腕をだした感じでさらしを巻かれた豊満な乳房が見えている状態になっていた。いわゆる遠山の〇さんみたいな歌舞伎もののような恰好になっていた。
「目が覚めたか、それにしてもよく眠っておったの。戦場で倒れているお主を拾って三日たったがようやく目が覚めた」
「三日ですか!すいません大変ご迷惑をおかけしました」
三日も眠っていたのとなぜか戦場にいたのにはかなり驚いたが、目の前の方は命の恩人だということを聞かされたまらず頭を下げた。
「よいよい、それよりも少々聞きたいことがあるのだがよいかの?」
「はい、なんでしょうか。わかる範囲でなら」
「うむ、ではまずお主は何者じゃ?なぜあの場所に現れた?」
「俺の名前は薩摩隼人。鹿児島在住の高校一年生で、趣味は体を動かすことと読書ですかね・・・。あとは、すいません。なぜ現れたといわれてもその状況がさっぱりわからなくて俺ってどういう状態で貴女の前に現れた?んですか?」
「鹿児島とはどこのことだ?島というからには日ノ本のどこかだな、ただ、ここの近辺にそんな島はないし、まさか南蛮か?あと高校っていうのもわからんな。高校とはなんだ?とりあえず先に答えよ」
「えっと、鹿児島っていうのは、この日ノ本で最南端の土地です。南蛮ではありません。それから高校とは、俺ぐらいの年齢の男女が勉学に励みにいく学び舎のことです」
「この日ノ本最南端とな、それは苦労。ふむ、学び舎か、寺子屋みたいなものか?」
「いえ、寺子屋よりも大きい施設を国が運営して、身分の低い立場の人でもしっかりと勉強ができて最低限の知識を学ぶことができます」
「ほぉ、驚いた。日ノ本の最南ではそのようなことが行われておるのか、それにしても、幕府は応仁の乱より衰退の一途をたどっているものかと思っておったが、その国とかいうところでそんなことをしておったとわな」
どこか会話がかみ合っていないことに気づき話題を変えることにした。
「それより、俺ってどんな風に現れたんですか?」
「ん?おぉそうだったの、お主は我が田楽狭間で今川の義元に奇襲をしかけんとしていた。そんな時に急な落雷が義元の陣営を襲っての、雷が収まったと同時に義元の陣営があったその場所に倒れていたわけだ。陣は滅茶苦茶になって人が一人もいないのにそんな陣の真ん中にそこの刀を握ったお主を見つけたんじゃ。最初は死人かと思っておったのだがな、勝家がお主が息をしていのに気付いての。事情を聴くために我が屋敷にて看病しておったのだよ。まぁなんだ、目が覚めてよかったぞ」
「ありがとうございます。ですが、俺は正直いまだ状況を把握しきれてないです。自分の家の蔵で意識が遠のいて気が付いたらここにいたわけで・・・あと、すいません参考までに貴女のお名前聞いてもいいですか?」
「そうか、なら仕方ないな。よく聞け、われの名は織田信長で、真名は葵だ」
「織田信長!」
「いきなり忌み名を呼ぶとは失礼であろう。われの名は葵と呼べ」
「忌み名ってなんですか?あと真名とは・・・」
「お主真名を知らぬのか、真名とはその者を表す真実の名ということじゃ。その名を呼ぶことを許されるのは、名の持ち主から信頼され許されておる者であり、忌み名というのはその者に魂の名であり、敵将が舌戦などで相手を恨む意味合いで使われることがある」
「そうなんですか、なら葵さんって呼ばせてもらいます。あの、ちょっと気が付いたことがあるんですが」
「何?なんでもいいから教えて」
「はい、わかりました。これまでの話と自分の経緯を思い出しての見解なんですが、
たぶん俺って未来から来たってことになるんだと思いますよ。タイムスリップなのか、タイムリープなのかはよくわからないけど・・・」
「たいむすりっぷ?よくわからないがつまり、お主は未来から来たっていうのか。それはどうやったのだ?そのお主のいた世界?時代?はよくわからんがお主のいたところではそういうのは普通にできるものなのか?」
「いえ、俺の時代でもこういうのは普通できないです、だから自分がなぜこんな事になってるのかサッパリわかりません」
「ふむ・・・そうなのか。ところでお主これからどうするんじゃ?」
「どうって?」
「いやの、生活とかどうやっていくのかということじゃ。知り合いはおるのか?生きるすべはあるのか?ということじゃ」
「いえ、この時代では知り合いもいませんし、一人暮らしもしたことありませんし、、ただ体力には自信がありますから、あのよかったらどこか農家にでも仕事ができるように口添えしてもらえませんか?」
「まぁ待て、それよりもいい仕事を紹介してやるぞ」
「ホントですか!ありがとうございます。ところでその仕事とは」
「お主、われの部下となれ」
「・・・・すいません、お断りします」
「なぜじゃ?理由を申してみよ」
「はい、俺の世界では人を殺すのはしてはいけないことだからです。それに人殺しは俺にはできません、だから農家のほうをお願いします」
「まぁ、それは待て。人を殺してはいけないと言ったが、お主の世界では誰一人として人を殺さないのか?人と人の間に争いはないのか?」
「・・・いえ、俺の国ではそんなに人が死ぬような事件は起こりませんが、近隣の国ではいまだに人間同士の争いはあります」
「そうであろう。お主がいたその国とやらは平和だったのだろうが、今お主がおるのは応仁の乱より続く戦国のまっさなかであるのにお主は一人も殺さずにおれると思っておるのか?お主は仮に山賊に襲われたとして反撃もせずに殺されるっていうのか?」
「いえ、たぶん反撃してしまいます」
「であろ?なら部下になるのもそんなにかわらないであろ、まぁとりあえず夜まで答えは待ってやるから、じっくり考え、夜にその答えを聞かせよ」
「はい、わかりました」
「ではまた夜に、ワシは城に行ってくる」
「はい、ではまた夜に」
そう返事をすると、葵は部屋から出ていった。その後、食事をいただき少しだけ眠ることにした・・・・