深い森
「そこにいるのは誰だっ!」
森に大きく響く声。
玖瑠深は一切の動きを止めた。この場から逃げ出したい欲求はあるのだが、足が竦んで動かないのだ。
ガサガサッと木々が揺れ、銀色の髪に紅の瞳を持つ少年が出てきた。
「人間の、女?」
少年はそう言うと、右手に構えていた三つ叉の槍を一振りし、掌サイズに縮めた。
「どうしてこんな所にいる、女。ここはオレ達の一族だけが入る事を許された土地だ」
「いや、どうしてって言われても。気づいたらここに」
頭を掻きながら答える玖瑠深。
「気づいたら?」
「うん」
少年は掌サイズに縮めた槍を一振りし元に戻すと、玖瑠深の首に当てた。
「嘘を吐くな。この土地はオレ達以外には入れない。どこの国の回し者だ」
「嘘じゃないって言ってるで……しょっ!」
玖瑠深は体を後ろにやりながら少年に足払いをかけた。
「くっ!」
少年は地面に手をつき、体制を整えると玖瑠深は睨みつけた。
「そんな顔されても怖くないし〜」
玖瑠深はくすくすと笑う。
少年は玖瑠深から視線を外さずに立つと、能面のような何の感情も伺えない顔を玖瑠深に向けた。
「女、名前はなんだ?」
「『人に名前を聞く時はまず自分の名を名乗れ』」
玖瑠深は少年を指差すと「君が名乗ってくれないならボクが名乗る必要はないよ」と言った。
少年はしばらくその指を見ていたのだが、何かに気づいたかのように長いため息を吐いた。
「エリシオ・ウランクイナ」
「エリシオね。ボクは樋野坂玖瑠深」
「ヒノサカ、クルミ?ファーストネームが『ヒノサカ』か?変な名前だな」
「ああ違う違う。『玖瑠深』がファーストネーム。『樋野坂』はファミリーネーム。OK?」
「ああ」
少年―エリシオ・ウランクイナは、三つ叉の槍を一振りし掌サイズに縮めた。
「伝聞、真実、噂、異世界」
エリシオは繋がらない言葉をいくつか言うと玖瑠深を見た。
「世界、贄、森、女…」
エリシオは玖瑠深の腕を掴むと「来い」と言い、腕を引っ張った。
「来いってどこにっ!?」
引っ張られる力により前につんのめりそうになりながらも玖瑠深は聞いた。
その問いにエリシオは答えた。
「オレの国だ」
と。