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第6話:空回りの合コンと、暴食のキューピッド

「いい!? 今夜はアンタの社会復帰、第一弾よ! 過去の女に執着するなら、新しい女で上書き保存する! これが一番手っ取り早いのよ!」

 金曜日の夕方。

 終業のチャイムが鳴るや否や、長谷川康太はせがわ こうた近藤こんどうめぐみにネクタイを締め上げられ、オフィスの廊下を引きずられていた。

「ぐえっ! くるしっ……! だから、なんで俺がお前主催の合コンに行かなきゃならないんだよ! まだ心の準備が……!」

「三週間以上もグジグジしてて準備もクソもあるか! 今回は私の大学時代の後輩の女の子を三人呼んでるの! 若くて可愛い子ばっかりなんだから、気合い入れてきなさい!」

 めぐみの怪力に抵抗できるはずもなく、康太はそのまま会社の同期の男子もう一人と共に、駅前の少しこじゃれたダイニングバーへと連行された。

 ***

 合コンの席は、薄暗い間接照明がおしゃれな半個室だった。

 女性陣は確かにめぐみの言う通り、二十代前半の若くて可愛らしい女の子たちだった。特に、康太の斜め向かいに座った「結愛ゆあ」というゆるふわ系の女の子は、元カノの莉奈りなの面影を少しだけ感じさせる、完全に康太のストライクゾーンの容姿だった。

(……可愛い。マジで可愛いな)

 康太の単純な男心は、一瞬にして浮き足立った。

 めぐみの特訓の甲斐あって、今日の康太は「無理のない爽やかなネイビーのシャツ」を着ている。外見のコンディションは悪くないはずだ。今日こそ、ここで新しい出会いをゲットして、莉奈を見返してやるんだ。

「はいはーい! じゃあ乾杯するわよー! 今日は無礼講! 飲んで食って騒ぐわよー! カンパーイ!!」

 合コンの幹事であるめぐみが、メガジョッキのビールを片手に音頭をとる。

 女の子たちは可愛らしくカクテルグラスを掲げたが、めぐみだけは一人でジョッキの半分を一瞬で飲み干し、「ぷっはぁぁーっ! 豚の角煮とピザと唐揚げタワー追加ね!!」と、開始三分でテーブルを茶色い食べ物で埋め尽くす気満々だった。

(頼むから大人しくしててくれよ、妖怪バキュームカー……)

 康太は心の中でめぐみに悪態をつきながら、ターゲットである結愛へと意識を集中させた。

「長谷川さんって、休日はどんなことされてるんですかぁ?」

 結愛が、小首を傾げながら上目遣いで康太を見てきた。

 キタ!! 定番の質問!!

 ここでの返答が、男としての価値を決める。康太の脳内で、凄まじいスピードの計算と分析が始まった。

(ここで『家でゴロゴロしてます』は絶対ダメだ。アクティブで大人の余裕がある男を演出するんだ。……ドライブ? いや、俺の車は軽自動車だからボロが出る。カフェ巡り? いや、女々しいと思われるかもしれない。そうだ、ここは知的なインドア派を……!)

「あー、そうだね。最近はもっぱら映画鑑賞かな。単館系のミニシアターで、フランスの古い映画とか観るのが好きなんだよね」

 康太は、グラスを片手に、少しだけ声を低くしてドヤ顔で言い放った。

 完全に嘘である。先週末はアマゾンプライムで、ゾンビが暴れ回るB級映画を見てポテトチップスを貪っていただけだ。

「へぇー! オシャレですね! 私も映画好きなんですけど、フランス映画って難しそうで……」

「全然そんなことないよ。今度、おすすめの作品教えてあげるよ」

 よし、完璧なキャッチボールだ。結愛の瞳が、尊敬の念で輝いている(ように康太には見えた)。

 ――しかし。

 その完璧なムードを、目の前の暴食モンスターが見逃すはずがなかった。

「ブブーーッ!! 大嘘でーす!!」

 唐揚げを咀嚼しながら、めぐみが大声でカットインしてきた。

「えっ?」

「こいつ、フランス映画なんか一本も見たことないわよ! 休日なんて、部屋に引きこもって元カノのSNS監視して、一人でメソメソ泣きながらストロングゼロ飲んでるだけのウジ虫なんだから!!」

「ぶふぉっ!?」

 康太は飲んでいたウーロンハイを盛大に吹き出しそうになった。

「おまっ……!! 何言ってんだよ!!」

「事実でしょーが! 見栄張ってかっこつけるからボロが出んのよ! 結愛、こいつの言う『オシャレ』は全部ハリボテだから信用しちゃダメよ! 先週なんか、私が選んだ服着せられるまで、ピチピチのホストみたいな服着てたんだから!」

「ギャハハハハ!」と、めぐみは手を叩いて大爆笑している。

 結愛たち女性陣の顔に、明らかに「ドン引き」の二文字が浮かんだ。

「あ……へぇ、そうなんですねぇ……あはは」

 乾いた笑い。完全に終わった。康太が必死に築き上げようとした「大人の余裕」の城は、めぐみの一撃で粉々に木っ端微塵にされた。

(こいつ……マジで殺す……!)

 康太はテーブルの下で拳をワナワナと震わせたが、めぐみは全く悪びれる様子もなく、運ばれてきた巨大な豚の角煮を一人で貪り食っている。

 いや、まだだ。まだ挽回のチャンスはある。

 康太は必死に気を取り直し、話題を変えようと試みた。

 どうすれば正しい判断ができるのか、結愛の行動の一つ一つを過剰に分析する。

(……今、結愛ちゃんがメニュー見てるな。お酒のおかわりか? ここで俺がスマートに注文をエスコートすれば、気遣いのできる男としてポイントが上がるはずだ!)

「結愛ちゃん、次何飲む? なんかオシャレなカクテルとか頼もうか?」

 康太が身を乗り出して尋ねると、結愛は少し困ったような顔をした。

「あ、えっと……私、お酒そんなに詳しくなくて。メニュー見ても、英語ばっかりでよく分からなくて……」

 チャンス到来!!

 康太は心の中でガッツポーズをした。ここで俺が、お酒に詳しい大人の男を演出するんだ!

「大丈夫、俺に任せてよ。結愛ちゃんは甘いのが好き? それともスッキリ系?」

 康太はメニュー表を広げ、カタカナの羅列を必死に目で追った。

(ええと、スッキリしててオシャレなやつ……そうだ、この前めぐみに馬鹿にされたアレだ。あの時は失敗したけど、名前自体はオシャレなはずだ!)

「じゃあさ、結愛ちゃんには『モヒート』なんてどうかな? ミントが効いてて、すごく爽やかで美味しいよ」

 康太がドヤ顔でカクテルの名前を出した瞬間。

「ブワッハハハハハッッ!!!」

 向かいの席で、めぐみがビールを吹き出しそうになりながら、テーブルをバンバンと叩いて爆笑し始めた。

「ひぃーっ! お腹痛いっ!! 長谷川、アンタまたモヒート頼んでんの!? 学習能力ゼロか!!」

「な、なんだよ! 結愛ちゃんに勧めただけだろ!」

「結愛! やめときな! こいつ、大学の時にカッコつけてモヒート頼んで、ミントの味が『歯磨き粉みたいで不味い!』って言ってトイレでリバースしたトラウマがあるのよ! 自分が嫌いなもん、適当に知ったかぶって女の子に勧めてんのよこいつ!!」

「だから! 言うなっつってんだろ!!」

 康太は顔を真っ赤にして立ち上がった。

 女性陣はもはや苦笑いすら通り越し、哀れみを含んだ生温かい目で康太を見つめている。

「あ、あの……私、普通のカシスオレンジで大丈夫です……」

 結愛は、康太からスッと視線を逸らし、隣に座っていた別の男子社員の方へと体を向けてしまった。

(終わった……俺の、合コンが、終わった……)

 康太は抜け殻のように椅子に座り込んだ。

 なぜ俺は、いつもこうやって自意識過剰に空回りしてしまうのだろう。相手にどう思われるかばかりを気にして、無理に背伸びをしては、結局自爆する。

 ふと向かいを見ると、めぐみが「あー、笑った笑った。すいませーん! 締めのカルボナーラ大盛りと、デザートのハニートーストお願いしまーす!」と、合コンの空気など一切お構いなしに、己の食欲の赴くままに宴を満喫していた。

 この女に、デリカシーという概念はないのか。

 面食いの俺が、こんな空気の読めない暴食モンスターに惹かれる要素なんて、宇宙が爆発しても存在しない。こいつはただの疫病神だ。

 ***

 夜の十時。

 見事に誰の連絡先も聞けないまま、合コンは終了した。

 女性陣を駅の改札で見送り、康太はめぐみと二人で夜の繁華街を歩いていた。

「はぁー、食った食った! 久しぶりの合コン、楽しかったわねー!」

 めぐみは満腹のお腹をポンポンと叩きながら、上機嫌で歩いている。

「……お前なぁ、ふざけんなよ。お前が余計なことばっかり言うから、俺完全にピエロだったじゃないか。結愛ちゃん、めっちゃ可愛かったのに……」

 康太が恨み言をこぼすと、めぐみはピタリと足を止めて振り返った。

「あのねぇ、アンタが無理して嘘ばっかりつくから、私が強制的に剥がしてあげたんでしょ」

「剥がすって……あんな言い方ないだろ! 俺だって、少しは自分を良く見せたいんだよ!」

「だから、その『良く見せようとする』のが空回りしてんの! アンタ、あの結愛って子と話してる時、ずっと相手の顔色ばっかり窺ってたでしょ。『これを言ったら嫌われるかも』『どう答えれば正解か』って、頭の中でゴチャゴチャ無駄に分析してさ」

 めぐみの言葉は、康太の図星を容赦なく突いてきた。

「アンタさ、そんな風に自分を偽って、相手の反応にビクビク揺れながら付き合って、楽しいの? 莉奈ちゃんの時と同じ失敗を繰り返す気?」

「うっ……」

「いい!? 恋愛なんて、もっと泥臭くていいのよ! フランス映画が好きだなんて嘘つくより、『休みの日はゾンビ映画見てポテトチップス食ってます!』って堂々と言える自分になりなさいよ! それを笑ってくれる女を探せばいいじゃない!」

 めぐみは、康太の背中をバシィィン! と張り飛ばした。

「痛っ!! だから叩くな!!」

「ガハハ! ほら、背筋伸ばして歩く! 今日は失敗したけど、アンタのダサい本性を知ってもらういいリハビリになったでしょ! 次の合コンに向けて、明日の朝もランニングだからね!」

 めぐみは、ズンズンと大股で夜の街を歩き出していった。

 康太はジンジンと痛む背中をさすりながら、深いため息をついた。

 確かに、めぐみの言う通りだった。

 俺はいつも、相手の機嫌や「正解」ばかりを探して、ありのままの自分を見せられずにいる。

 でも、だからといって、あんなに大勢の前で黒歴史を暴露するデリカシーの無さは絶対に許せない。

(こいつだけは、マジで女として見れない。絶対にあり得ない)

 康太は心の中で強く念じながら、派手なヒョウ柄のスカートを揺らして歩くめぐみの巨大な背中を追いかけた。

 自意識過剰で女々しい男と、それを物理的・精神的に粉砕し続ける豪快な女友達。

 二人の間に「恋」などという甘い空気が入り込む余地は、今のところ砂粒一つ分も存在していなかった。

 ただ、康太がめぐみの「容赦ない言葉」に、少しずつ居心地の良さを感じ始めていることには、まだ彼自身も気づいていなかった。

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