第4話:痛いスキニーパンツと、見抜かれたサイズ
「おーーーい!! 長谷川ぁ!! 起きなさいよ!! 朝よ!!」
土曜日の午前九時。
長谷川康太の住む単身者用アパートのドアが、まるで警察の強制捜査かと思うほどの勢いでガンガンと叩かれていた。
ベッドの中で二度寝を決め込んでいた康太は、その爆音に跳ね起き、慌てて玄関へと向かった。
「ちょっ、ストップ!! 今開ける、今開けるからドア壊さないで!!」
ガチャリとチェーンを外してドアを開けると、そこにはレオパード柄のブルゾンに真っ赤なスカートという、目がチカチカするようなド派手な装いの近藤めぐみが仁王立ちしていた。
「遅い! 休みの日の午前中をベッドで溶かすなんて、女々しいにも程があるわよ! さあ、顔洗って着替えて! 出かけるわよ!」
「出かけるって……どこにだよ。俺、今日は一日中アマゾンプライムで失恋映画見て泣く予定が……」
「却下!! その腐った生活習慣から叩き直してやるって言ったでしょ! 今日はアンタの『外見改造計画』よ!」
めぐみは有無を言わさず康太の部屋に上がり込み、クローゼットの扉をバーン! と開け放った。
「うわっ、ちょっと勝手に見るなよ!」
「なによこれ……」
めぐみは、クローゼットの中に並んだ康太の私服を見て、心底顔をしかめた。
そこには、やたらと胸元が開いたVネックのTシャツ、ピチピチのスキニーデニム、無駄に金具がたくさんついたレザージャケットなど、二十六歳の普通のサラリーマンが着るにはいささか「攻撃力」が高すぎる服ばかりが並んでいたのだ。
「長谷川……アンタ、休日いつもこんな格好してたの? どこの売れないホストよ」
「う、うるさいな! 莉奈が『大人の色気がある人が好き』って言ってたから、頑張って合わせてたんだよ!」
「色気っていうか、ただのチンピラじゃない。無理して背伸びしてるのが服から滲み出ちゃってて、見てるこっちが恥ずかしいわ! 全然似合ってない!!」
めぐみの容赦ないダメ出しが、寝起きの康太の心にクリティカルヒットする。
「似合ってないって言うなよ! これ全部、結構高かったんだぞ……!」
「いいから、さっさと着替えなさい! 行き先は駅前の巨大ショッピングモールよ! アンタのその『元カノ仕様の偽物ファッション』を、今日で全部ゴミ箱にぶち込んでやるから!」
***
一時間後。
週末の買い物客でごった返す大型ショッピングモールに、康太とめぐみの姿があった。
康太はめぐみに「一番マシな格好をしてきなさい」と言われ、無地のパーカーにチノパンという無難な格好で来ていたが、隣を歩くめぐみの圧倒的なオーラと派手な色彩のせいで、周囲の視線をビンビンに集めていた。
「よし、まずはあそこのセレクトショップから攻めるわよ!」
めぐみは、康太の腕をガシッと掴み、広大なモールの中をズンズンと進んでいく。
店に入るなり、めぐみはハンターのような目で商品棚を物色し始めた。
「ほら長谷川、これ着てみなさい!」
渡されたのは、ゆったりとしたシルエットのオリーブ色のシャツと、少し太めのテーパードパンツだった。
「えー、こんなダボッとした服、俺着たことないぞ。莉奈は細身のシルエットが好きだったから……」
「莉奈莉奈うるさい! あの子はもうアンタの人生の登場人物からフェードアウトしたの! いいから四の五の言わずに試着室入りなさい!!」
背中をドンッと小突かれ、康太は渋々試着室へと押し込まれた。
数分後。
「……着替えたぞ」
カーテンを開けて出てきた康太を見て、めぐみは腕を組み、「ふむ」と顎を撫でた。
「うん、悪くないわね。アンタ、元々ちょっとヒョロっとしてるから、ピチピチの服を着ると貧相に見えるのよ。少しゆとりのある服の方が、肩幅もごまかせて自然体に見えるわ」
「……そうか?」
康太は大きな鏡で自分の姿を確認した。
確かに、今まで無理して着ていた窮屈な服よりも、ずっと動きやすい。それに、肩の力が抜けた自然な雰囲気が、鏡の中の自分を少しだけ「マシ」に見せているような気がした。
「よし、次行くわよ!」
そこから、康太の地獄の「お着替えタイム」が始まった。
めぐみは康太を次から次へと別の店に連れ回し、山のような服を試着室へと放り込んでは、容赦ないレビューを浴びせた。
「ダメ! それは顔が地味なアンタが着ると、ただの休日のパパよ! 脱ぎなさい!」
「こっちのニットは!? 結構高かったんだけど……」
「色がアンタの肌のトーンに合ってない! 顔色が悪く見えるわよ! もっと明るいネイビーか、マスタードにしなさい!」
めぐみのファッションチェックは、異常なほど的確で、そしてスピーディーだった。
康太は試着室で服を脱いだり着たりを繰り返し、気づけば二時間が経過していた。普通、買い物で男が女を待たされることはあっても、女にここまで着せ替え人形のように振り回される男は珍しいだろう。
「ぜぇ……はぁ……もう、勘弁してくれ……服着るだけでこんなに体力使うなんて……」
両手にパンパンに膨らんだ紙袋を五つも持たされ、康太はモールの通路のベンチに倒れ込んだ。
中身はすべて、めぐみが「これ買いなさい!」と厳命した、康太の新しい私服たちだ。
「だらしないわねぇ。たったの十店舗回っただけじゃない。ほら、喉渇いたでしょ。タピオカミルクティー買ってきたわよ!」
めぐみは、両手に特大サイズのタピオカミルクティーを持ち、さらにクレープを口にくわえながら戻ってきた。
「お前、どんだけ食うんだよ……さっきフードコートでメガ盛りローストビーフ丼平らげたばっかりだろ……」
「脳みそ使った後は甘いものが必要なの! はい、アンタのは甘さ控えめの方ね」
めぐみから渡されたタピオカミルクティーを受け取り、康太はストローをくわえた。冷たいミルクティーが、疲労困憊の体に染み渡る。
「……なぁ、めぐみ」
康太は、モールの吹き抜けを見下ろしながら、ふと疑問に思っていたことを口にした。
「お前さ、なんで俺の服のサイズ、あんなにドンピシャで分かるんだよ」
試着室で渡された服は、シャツもパンツも、すべて康太の体にぴったり合っていた。
それだけではない。めぐみが「これが似合う」と選んだネイビーやマスタードイエローの色合いも、鏡で見た時に自分でも驚くほど肌馴染みが良かったのだ。
同期とはいえ、ただの会社の同僚が、なぜここまで自分の体型や似合うものを正確に把握しているのか。
康太の問いかけに、クレープを頬張っていためぐみの動きが、ピタリと止まった。
「……え?」
「いや、だから、サイズとか色とかさ。俺、自分で選ぶ時も結構サイズミスったりするのに、お前が一発で持ってくるやつ、全部ジャストサイズだったから。よく見てるなぁと思って」
康太が何気なく言うと、めぐみの丸い顔が、ポッと朱色に染まった。
彼女は慌てて視線を逸らし、口の中のクレープをゴクンと強引に飲み込んだ。
「あ、当たり前でしょ!! だてに大学時代から何年も同じ空気吸ってないわよ! アンタのその貧相な肩幅と、無駄に長い腕のリーチくらい、嫌でも目に入るわよ!」
「いや、腕の長さまで把握してんの!? 怖いんだけど!」
「う、うるさいわね! 私はね、こう見えてもファッションにはうるさいの! どんなダサい男でも、プロデュースすれば見違えるようにしてやる自信があるのよ!」
めぐみは、照れ隠しのようにガハハと大声で笑い、康太の背中をバシッと叩いた。
「いてっ! だから力加減しろって!」
「ほら、さっさと飲んで! 次は靴屋に行くわよ! アンタのその先の尖ったホストみたいな革靴も、今日で強制終了だからね! もっとカジュアルなスニーカーを選ぶわよ!」
めぐみは立ち上がり、ズンズンと歩き出してしまった。
康太は、痛む背中をさすりながら、彼女の大きな背中を見つめた。
相変わらずガサツで、声がデカくて、強引な女だ。
しかし、彼女が選んでくれた服の入った紙袋は、なんだかとても温かく感じられた。
(俺のこと……そんなにちゃんと見ててくれたんだな)
元カノの莉奈は、いつも「こういう服を着て」「もっとこうして」と、自分の理想の枠に康太を当てはめようとしていた。康太も、嫌われたくない一心で、一生懸命それに合わせて背伸びをしていた。
だが、めぐみは違う。
康太の「素」の体型や雰囲気を正確に見抜き、それに一番フィットする、無理のない服を選んでくれた。
『見栄張って疲れる恋なんて、長続きするわけないじゃない』
昨日のカラオケでめぐみが言った言葉が、康太の胸にじんわりと蘇る。
「……おい、待ってくれよ! 靴くらい自分で選ぶって!」
康太は、紙袋を抱え直して、めぐみの後を追いかけた。
新しい服を着て鏡の前に立った時、なんだか少しだけ、自分のことが好きになれた気がした。
失恋の未練でドロドロだった康太の心に、爽やかな新しい風が吹き込み始めていた。




