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羊の国

作者: 青瀬凛
掲載日:2025/12/21

 いつも空っぽだった。空虚だった。

 僕は常に世界から外れた場所にいるようだった。

 夢も希望も、目標さえもない。

 ただ生きるためだけに生きていた。

 僕にとって人生とは、恐怖と苦痛に塗れた昏い世界である。

 街に出て働いてみたこともあるけれど、罵声を浴びせられ、蹴り飛ばされる日々だった。すぐに耐えきれなくなり、祖父の残してくれた牧場へと戻って来てしまった。

 だけど此処に人間は誰もいない。家族は早くに亡くなった。兄弟姉妹もいない。僕の傍にいるのはこの牧場にいる羊たちだけだ。

 そして幼い頃からずっと一緒だった、たった一匹の親友であった羊も、先日、天に召されてしまった。僕は彼の頭蓋骨を取り出し、仮面にした。いつも一緒にいられるように。

 この場所は国だ。僕と羊たちだけの。小さな小さな、平和な国だ。羊の国だ。

 出来ることなら、羊になりたい。彼らのうちの一匹になりたい。小さな願いを抱えて、僕は今日も生きている。

 そうして静かに毎日を過ごしていた僕らの元に、ある日客人が三人やって来た。

 そのうちの一人は中年の男性で「山羊の王」と名乗った。彼は身寄りの無い者たちを集めて、移動しながら生活をしている「山羊」という集団の長であるらしい。僕のことは街で噂を聞いて来たとのことだった。若いのに隠居している変わり者がいると。

 残りの二人は若い男女だった。常に王に付き従っている腹心だとのことだった。

 こんな辺鄙な所に何用かと思ったら、僕に山羊の仲間にならないかと誘いに来たという。

 彼らが言うには、近々、都の方がきな臭く、隣の国との戦が起こるかもしれないとのことだった。そこで彼らはゲリラ部隊として活動し、自分たちが安心して暮らせる国を樹立しようとしているとのことだった。

 一人でも多くの仲間を集めるため、僕のような独り者を訪ねて回っているらしい。

 そんな大それたことなど出来るはずもない。僕はそう言った。

 すると王は答えた。

「俺は救世主でもなければ革命家でもない。食い扶持と(ねぐら)を求めて彷徨うただの人さ。だから君でも仲間になれる。大丈夫さ」

 しかし当然、僕は断った。僕には今の暮らしで十分だ。もう何も希望などないのだから。そしてこれ以上、人間の面倒事に巻き込まれることは真っ平御免だった。

 僕の話を聞いて、王は言った。

「羊はどう足搔いても羊だ。そして人もまた、羊にはなれないんだよ。このままでは此処での安寧も失われ、野垂れ死ぬだけだ」

 それでも、僕は人と関わることが嫌だった。だから再び断った。彼らは残念そうにしていたが、気が変わったら連絡をくれ、と手紙の宛先を残して去っていった。

 人は人としてしか生きられない。

 彼らから突き付けられた現実に、心が侵食される。

 僕は、葉を喰らい、根を喰らい、肉を喰らう。羊が口にしない物を喰らって生きている。

 どうしようもない事実に、顔を覆って泣いた。親友の仮面を抱きしめて泣いた。

 そうしてもどうにもならないことに今更に気が付いて、嗚咽が漏れた。

 やがて彼らの言った通り、戦争が始まった。この牧場からは離れた所での諍いだったけれど、いつ安寧が破られるとも限らない。僕らは怯えながら暮らした。

 そのうち、戦は激しさを増していった。この国も隣の国も戦力を使い果たし、遂には双方ともに土地が灰燼と化した。

 牧場から見えていた街は瓦礫の山となった。誰もいなくなったようだった。

 そして、何年か経った後。瓦礫の隙間から緑が芽を出し、やがて草原となった。

 静かになったこの世界は、僕らだけの物になった。

 嗚呼、やっと羊の国が出来たのだ。

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