92.魔法の認知度の変化
静電気は身近なものである。
冬場になればよく火花が出ているのを見かけるだろう。
あれは貯まっている電気が人体を通じて地面に流れている。
しかしここでちょっと考えて欲しい。
あの現象は空気中に電気が流れている、ということを。
言うまでもなく空気の電気抵抗は非常に高い、当たり前だ。
もし空気の電気抵抗が低ければ、流したい部分ではなく空気に放電してしまうからまともに扱えない。
雷は空気中を伝わってくるが、それは高電圧で無理やり導電しているからだ。
ではなぜ静電気は空気中を伝わってくることが出来るのだろうか?
答えは単純で雷と同様に《《高電圧》》なのである。
静電気は数千V〜数万Vの電圧を持っている。
といっても数千V〜数万Vと言われてもイメージがつかないと思う。
例えばそこらの電線に流れる電流が600V、鉄塔の高圧電線でようやく6600Vである。
そう言われると静電気の電圧が非常に高いことが分かるだろう。
家庭用電源は100Vであるにも関わらず感電すれば死ぬ危険がある。
それを知っていれば、数千V〜数万Vというのは比べるまでもなく危険であることが分かる。
それなのに静電気で死んだ人というのはとんと聞いたことがない。
これは一体どういうことであろうか?
その答えは電荷の少なさにある。
電荷とは電気の量であり、電気を流せる限界量となる。
どれだけ強い力でも流せる量が少なければ体の中まで電気が流れることはない。
さて長々と話したがここからが本題だ。
人の体は微弱な電気信号で動いている。
特に心臓は繊細で影響を受けやすい。
では仮にだが心臓に静電気を与えたらどうなるだろうか。
「実際使ってみるとすげーな、これ」
金髪ロングの優男の目の前には屈強な男がうつ伏せで倒れている。
倒れた衝撃で体や顔を打ったのか辺りが血まみれだ。
そんな状況にも関わらず金髪ロングは救急車を呼ぶこともなく薄ら笑いを浮かべている。
「一言いうだけでこのザマだぜ」
金髪ロングが屈強な男の頭を踏みつける。
彼は今までこの男に脅されていた。
稼いだお金は全て奪われ、八つ当たりの暴力を受け続ける日々。
だがそんな男が今は自分の足元に横たわっている。
「くそ筋肉バカが、体力だけで生きていけると思うんじゃねーぞ」
男の体をあさり財布やスマホを奪い取る。
財布の中を見るとほとんどお金は入っていなかった。
前日、金髪ロングが渡したお金は既に使ってしまったようだ。
いらいらしながらお金を抜き取り財布を投げ捨てる。
スマホはロックがかかっていたが男の指で解除できたので、すぐさまロックの設定を解除しておく。
「顔認証じゃなくてよかったぜ」
そう言って男の顔を蹴り上げる。
積年の恨みからかその後も何度か蹴っているが男は反応しない。
既に男の心臓は止まっているからだ。
屈強な男がそんな状況になったのは偶然ではない。
金髪ロングの手によるものだ。
といっても凶器を使った訳じゃない。
金髪ロングが使ったのは体の静電気を指先一点に集める理。
静電気除去シートと合わせて使うことで、効率的に体の静電気を除去できるようになっている。
普通なら静電気除去シート程度では服や髪の毛に残っている静電気を除去できないので、この理は非常に便利なものとして使われている。
また静電気除去シートがなくても導電性の良いものに触れていれば良いというのもメリットだ。
導電性が良いもの、の中には人体も含まれる。
であれば非常に危険なように思うだろうが実際はせいぜい火花が出て痛みを感じる程度となる。
基本的に皮膚の表面上を伝わって地面に流れるだけだからだ。
「にしても指を濡らすってのは知らなかったぜ」
ただし接触点が濡れている状態で理を使う場合は別である。
水に濡れると導電性が非常に良くなるので体の内部に電気が流れやすくなる。
その上、静電気を集めているので普通よりも電流は増える。
そして仮にそれを心臓の上から行えば?
強力な電圧を浴びた心臓は動作に激しい混乱が生じ下手をすれば停止する。
今回の場合は運悪く心停止に至った。
「……これって証拠残らねえよな?」
金髪ロングがきょろきょろし始めた。
男の体を触って外傷も確かめている。
しばらく男の周りをウロウロした後、逃げるように去って行った。
そしてしばらくすると通行人が血まみれの男を見つけた。
すぐ救急車と警察に通報を行い、迅速に駆けつけてくる。
ただ警察は男の姿を見ると顔をしかめた。
それは顔見知りという意味ではなく「またか……」という意味である。
緊急で救護措置を行うが蘇生に至らず、遺体として搬送されていった。
その間に警察は通報者から事情聴取を行っているが、かなり動作が鈍い。
それは職務怠慢という訳ではなく同じような死者が続出して披露しているからだ。
一通り事情聴取を終えて署に戻ると、ためいきをつきながら席に座る。
一緒に現場に行った部下もぐったりした様子で座っている。
「どういうことなんだ、これは?」
「知りませんよ」
苛立ち交じりに部下に質問しているが突き放すような返答が返ってくる。
ただそれに怒ることもなく机に突っ伏した。
今回の通報者は何も知らなかったが、他の事件の通報者に聞いても『いきなり倒れた』としか言わない。
防犯カメラの映像などでも凶器を使った様子はなく、本当に《《いきなり倒れていた》》。
何がなんだか全く分からない。
死亡報告書を見ても急性心不全で外傷はなし。
カメラの映像から考えても事故にしか思えない。
ただ刑事としての勘が事故を否定していた。
「絶対に何かあるはずだ」
「ないものはないですよ」
疲れ切った様子で答える部下、もう考える気力もないようだ。
課長も返事に期待していた訳ではなくほとんど愚痴みたいなものだった。
急激に増えた急性心不全に疑問はあっても、怪しい所は見つからない。
可能性があるとすれば検視が間違っているぐらいだが、複数で誤診をするとは考えづらい。
「おれたちの知らない何かがあるはずなんだ」
「何かって何ですか」
「それは……」
「あー課長、いいですか?」
一番の若手署員が声をかけてきた。
この状況で物おじせず話しかけていく姿に周りの署員が驚いている。
「聞いた話なんですがね、なんでも魔法でそういうことが出来るとか」
「魔法? おとぎ話を持ってくるんじゃねぇよ」
「違いますよ、これです」
若手署員が世界書を取り出すと、課長と呼ばれた男は目を見開いて驚く。
どうやら突然目の前に本が現れたことに驚いているようだ。
「なんだ、手品か!?」
「世界書ですよ、あの変な声からもらったでしょう?」
「知らん」
本当に男は何も記憶していなかった。
最初の声自体は聞こえていたが、幻聴だと決めつけて聞き流していたからだ。
息子がそれで騒いでいた時も叱り飛ばすだけでろくに調べなかったので仕方ない。
「ここに興味深い魔法がありまして」
「は?」
そういって若手署員が課長の手に指を当てる。
「【yafamoa】」
「いてぇ!!??」
飛び上がるほどの痛さが手に走り思わず声を出す課長。
その声に周りも驚いている。
「一体何したんだ!?」
「静電気ですよ」
「は? 触れた状態で静電気なんて流れる訳ねえだろ」
「そういう"魔法"なんですよ」
言っている意味が分からないので怒鳴ろうとしたが、静電気と言う部分がひっかかったようだ。
静電気……つまり電気、それをもし心臓に直撃させることが出来たら。
「これを心臓にくらえば止まるかもしれません」
「いや、そんな都合よく止まらねぇだろ」
本心では可能性があると思っているが、部下に言い負かされた気になるので認める気はないようだ。
こういう器の小ささが課長どまりの要因であることに本人だけが気づいていない。
「止まるのは結果なんですよ」
「は? そんなの当たり前だろ」
「止めるのが目的じゃないんです、止まったのが結果なんです」
「???」
「目的はおそらく意識を失わせる程度なんですよ、何度かやってるうちにたまたま心臓が止まっただけ」
「たまたま……?」
引っかかる部分があったのだろう、少し考えこんでいる。
「物取りっぽい反応でしたよね、そういうことです」
「うるせえ、お前が決めるこっちゃねぇ」
何が何でも認めたくないようだ。
おそらくちっぽけなプライドが傷つくのだろう。
若手署員もそれは理解しているようで引き下がる。
「おれはちょっとヤニ吸ってくる」
宣言して部屋を出ていき、署の裏手の喫煙場所で煙草を吸いながらスマホで何かを調べているようだ。
そしてどうやらお目当ての情報に行きついたようだ。
世界書を目の前に出現させると恐る恐るといった様子で触り始める。
いくつか魔法を実際に使ってみて、それが現実であることを知ったようだ。
「これは……世界が変わるぞ」
非常にいまさらなことであるが、本人にとっては今知った事実なので仕方ない。
だが今まで魔法を認知してこなかった人間にも魔法が認知されるようになってきた。
大きく物語が動き出す日は近い。




