125.過去の記憶
家に帰って早速準備をする。
といっても魔法の説明文を読む限り必要なものは特にない。
意識が夢の中に行くことで姿勢が維持できなくなるのが危険な程度。
なのでベッドに横になって魔法を唱える用意をする。
「よしいくぞ、【愛のメモリー】」
唱えた瞬間、意識がなくなった。
・・・
「大丈夫?」
誰かの声がした。
世界は真っ暗で何も見えないけど誰かがいるっぽい。
え、一体どういう状況なんだ?
どうやら記憶が再生されたっぽいけど真っ暗だ。
「別になんてことないし」
ああ、なんか声のトーン的に強がり言ってるな、俺。
多分痛みがあるんだと思うけどそういうのは再現されてないっぽい。
「だって見えてない」
「見えてる!!」
見えてない?
あ、そういうことか、目が見えてないんだ。
それを女の子?に指摘されたからむきになって反論したと。
うわあ子どもだな、俺。
「触んな!!」
ん、女の子が体に触れたっぽいのに何も感じない?
もしかして痛みどころか触感すら再現されてないのか。
それだと使いづらそうだなぁ、触った感触とか再現してほしい。
「どうして?」
「僕が気に入らなかった、それだけだ」
懐かしい、昔は僕って言ってたな。
ということはこれはかなり昔の記憶なのか。
多分小学校の低学年だと思う。
「でも」
「うるさい、もういいだろ、どっかいけ!!」
お前、目が見えてないのによくそんなこと言えるな。
その女の子に助けてもらえばいいのに。
「お前なんか邪魔だ!!」
誰かの気配が離れていく。
これだけ言われれば当然だろう。
でもこの状況でどうする気なんだ?
どうも喧嘩でなったっぽいし、すぐ回復するならいいんだけど……。
・・・
全然治らない。
物音や話し声はするけど俺に何の反応もない。
いや、反応してるのかもしれないけど見えないせいで何も分からない。
この魔法、地味に不便だな。
記憶の中の視覚・聴覚は再現するけどそれ以外の五感とか心の声は再現されない。
今みたいに何も話さず黙ってる状態だと何を考えているかさっぱりだ。
ただこのまま待っていても視力はすぐに回復しないんじゃないか?
誰かに助けを求めたほうが良いと思うけど……。
「あ、きみのことだね、目は見えてる? これは何本?」
どうやら大人が声をかけてきたらしい。
ちょうどいい、助けてもらえば……。
「うるさい」
あ、駄目だこれ。
なんで返事がうるさいなんだよ。
今、目が見えてないんだろ?
このままじゃ何も出来ないのにどうしてそんなこと言ってるんだ?
「見えてないようだね」
「あんたに関係ない」
「じゃあちょっと交番まで歩いてみようか、大丈夫、すぐ近くだから」
音の位置が動く感じがあるので歩いているっぽいな。
あれだけ文句言ってたのに素直についていくあたり、交番と聞いてびびったかな。
「ここで座っていればいいから」
うーん、触覚がないと座ったかどうかも判別つかない。
多分この魔法の作成者は視覚がなくなることを想定していなかったんだろうな。
まあ削れるところは削った方が消費MP下げられるし一長一短といえばそうか。
「はい、はい、ええ、今こちらで保護を、はい、ええ、いえ、気にしないでください、はい、かまいません、はい、ではお待ちしています」
誰かに電話してる?
あ、なんか思い出してきた。
そういえば昔そんなことがあった気がする。
喧嘩か何かで頭を強く打って一時的に目が見えなくなったんだ。
交番で保護されたって大騒ぎだったと思う。
しばらくしてバタバタと足音が聞こえるので両親が到着したらしい。
「すぐ病院にいくぞ」
こんな真剣な声を聞いたのは初めてだと思う。
いや、厳密にはこの時に聞いてるんだけどまったく覚えてない。
母さんが警察の人?と話している間に父さんは俺をつれて病院に向かうようだ。
二人で行こうとしないあたり、真剣に焦っているのがわかる。
・・・
長時間の検査が終わり特に異常なしという判断。
一時的なものという結論だった。
まあ将来の俺の目が見えている以上は当たり前なんだけど。
今は病院のベッドらしき所で寝かされているっぽい。
ほんと、触覚は必要だとこの魔法の作成者に言いたいな。
「真琴、入るぞ」
父さんが病室に入ってきたようだ。
声のトーンが普通に戻っているので少しは落ち着いたっぽい。
「真琴、相手を教えなさい」
どうやら母さんも一緒にいたらしい。
ただ声のトーンが激怒している時の状態だ。
これはただではすまないぞ。
「有希」
「知り合い? 見知らぬ人間?」
「有希!!」
え、父さんが声を荒らげてるのって珍しいな。
それが母さん相手ってのがなおさらだ。
二人が喧嘩したとこなんて見たことないからちょっと驚き。
あ、でもこうやって声を聞いたことはあったってことか。
「代償は必要でしょう?」
「ちょっとこっちに来るんだ」
あ、声が遠のいていく。
父さんが母さんを連れて行くのも珍しいな。
一体何の話だったんだろう?
ドアが開く音がして二人が出ていったようだ。
辺りを静寂がつつんで……。
「どうせ自業自得でしょ」
なかった。
底冷えするぐらい冷たい声。
いつも明るい陽菜から発された声とは思えない。
「目が見えない? そんなことしてるからでしょ?」
「あいつらが後ろから攻撃してきたからだ」
「だから負けたって? 集団戦に卑怯なんてないでしょ」
「うるせえよ」
「言い返せないと脅し? 大した人間ね」
そういえば昔の陽菜はこんなだったか。
気が強くて自分勝手で他人に配慮しない。
どちらかというと近寄りがたい人間だったな。
「陽菜もそういうこと言うもんじゃない」
父さんが戻ってきたようだ。
目が見えないから音だけの判断だけど。
「そんなだから怪我して帰ってくるのよ」
「そうだ、真琴、目が見えるようになったか?」
「なるわけないだろ」
「そうか……」
父さんの悲しそうな声。
なんで俺は父さんにこんな対応してるんだ?
心配してくれていることぐらい分かるだろうに。
「ならどうやって交番まで行ったんだ?」
「……連れて行かれただけだ」
「そうか……」
そういえばいきなり声をかけられたな。
よほど怪しい感じだったのかな?
いやまてよ、たしか『君のこと』だとかなんとか言っていたような……。
「もういいでしょ、帰る」
「あ、待ちなさい、陽菜」
どうやら陽菜が出ていったらしい。
残っているのは父さん一人のようだ。
「上手くいかないものだな」
父さんの寂しい声が耳に残った。
俺が何かを言おうとした時、別の方から何か声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!!」
さっきと同じ声の主とは思えない。
その声に引かれるように意識が遠のいて……。
「ん、ああ、陽菜?」
「もうご飯の時間だよ」
目を開けると陽菜の顔が飛び込んできた。
どうやら現実に戻ったようだ。
効果時間とか分からないけど明らかに途中だったし、起こされたら強制終了とかだったのかもしれない。
「そんなに寝てると豚になるよ?」
「食べてすぐ寝てないしそもそも牛じゃないのかよ」
「ぶーぶー」
「お前がなるのかよ!?」
「私が丸くなったらお兄ちゃんが悪い」
「どんな理屈!?」
「お兄ちゃんが私と運動してくれないから?」
「よし、どんな運動か言ってみろ」
「言っていいの?」
「ごめんなさい、やめてください」
「よしっ!!」
テンションMAXだな、昔の陽菜からどうやってここまで変わったんだっけ?
……ああ、そうか、あの後に。
「どしたの、お兄ちゃん、なんか変な顔してる?」
「いや……」
陽菜にそんなことを思い出させるわけにはいかない。
今こうやって笑ってくれているのに台無しになったら大変だ。
「じゃー、先に行ってるね、お兄ちゃんのおかずはもらうよ?」
「貴重なおかずを取るなよ!?」
「その時は私をおかずにしていいよ?」
「せめて食えるものにしろよ!?」
「あははー」
笑いながら出ていった。
うん、陽菜は有言実行するから急がないとおかずがなくなってしまう。
ただなにか色々と忘れている気がするのは事実だ。
その中にすごく重要なことがあった気がするんだけど……。




