115.思考実験
ご飯を食べている時は大体テレビがついている。
普段はグルメ番組やクイズ番組を見ることが多いんだけど今日は珍しく討論番組だ。
どうやら普段見ている番組がこの特番で消えたらしい。
「世界書は悪魔の書、ねぇ……」
テレビの向こうで声高くして叫んでいる人を見る。
世界書は犯罪を増長させ人間を堕落させるものだ、という主張だ。
同席している一部の人も頷いている。
こういう主張をする人は最近特に増えている感じがあるな。
「使い方だと思うんだけどな」
「ふむ、それなら思考実験をしてみようじゃないか」
「思考実験?」
テレビの感想をつぶやくと父さんが反応した。
それ自体はいつものことだけど思考実験とはなんだろうか。
「世界書を悪だと考えてみるんだ」
「いや、悪じゃないものだし」
いきなり世界書を悪だと言われても困る。
世界書には色々使い方があるんだから一つの事例を持って悪だとかいうことがナンセンスだ。
ダイナマイトに使われるからニトログリセリンは悪なのかよ。
狭心症の治療にも使われるんだぞ。
「実験だと言っただろ、無理やりにでも悪であるという結論を先に持ってきてそれに見合うように理屈を組み立ててみるんだ」
「おもしろそー」
俺より先に陽菜がやる気になっていた。
こういうノリは陽菜が好きだから仕方ないか。
「えっとじゃあこんな感じかな、『武器を全員に配れば争いも起きる』」
「武器って……武器にもなるだけだろ」
さっき考えたのと全く一緒のパターンだ。
使い方しだいで武器になるってだけ。
「武器にもなるものは武器だよ、お兄ちゃん」
でも陽菜は少し強い口調で断言する。
思わず言い返そうとすると父さんが止めた。
「まあまあふたりとも、思考実験に反論する必要はない」
「そういうもの?」
「陽菜だって本気でそう思ってるわけじゃない」
言われてみればそうか。
悪であるという結論を先に持ってきてるんだからあんな風になってもおかしくない。
「真琴は何か浮かんだか?」
父さんに促される。
そうだなぁ、悪であるという結論を先に持ってくるなら……。
「うーん、例えば『世界の進歩に法律が追いついていない』とか」
「なかなかに肯定寄りの考えに聞こえるな」
父さんが少し悩みながら答える。
たしかにこの言い方だと魔法を否定していないようにもとれるか。
「じゃあ『世界書出現後の犯罪件数の増加が答えだ』とか」
「お、いいねぇ」
「でもそれって黎明期特有のものでは?」
「理屈がつけばなんでもいいのさ」
そういうものなんだろうか。
まあ思考実験らしいし一理ある程度でかまわないのだろう。
「はいはいはーい、こんなのどうかな『デメリットが不明』」
「デメリットないのでは?」
陽菜の言葉に思わず突っ込んでしまう。
今まで魔法の使用に代償があるなんて聞いたことがない。
あの変な声も『世界が変わる』としか言ってなかったしそもそも[対抗呪文]を強制で使わせておいて魔法使用にデメリットとか言われたら詐欺だろう。
でも父さんはうんうんと頷いて、俺のほうを見てきた。
「真琴、デメリットはないと立証されているかい?」
「いやでもデメリットがあるならいうものじゃ……」
「詐欺師は自分を詐欺師とは名乗らないものさ」
「……たしかに」
父さんの言うことに反論できない。
そう、ただそれら全て根拠はないんだ。
《《きっとそんなことはしないと思っているだけ》》。
「もしかしたらある日悪魔が現れて世界書使用の代償を要求されるかもしれない」
よくある送り付け詐欺がそんな感じだ。
さんざん使わせるだけ使わせておいて後日料金を請求する。
たしかにあれほど便利なものをぽんと与えるだけというのはよく分からないし、代償があるという方が当然だろう。
消費MPが代償と言う人もいるかもしれないけど、世界書がない時は存在しなかったのだから代償にならないと思う。
「他にはあるかい?」
ちょっと衝撃を受けているうちに父さんの話は終わっていた。
他の何か、何かねぇ……あっ。
「……『格差社会』」
「え、なになに、どういうこと?」
陽菜が興味津々に尋ねてきた。
と言ってもなんとなく浮かんできたんだけど。
「いや、魔法って使うほどレベル上がるよな」
「うんうん」
「MPは一定量かつ貯蔵不可だから毎日使う必要があるし、MPが増えないと有能な魔法は使えないし作れない」
「そうだね」
「つまり先行有利ってことだ」
「たしかにそうだねー、でもそれぐらいなら普通だと思うよ?」
陽菜の言う通り、どんなものでも先行が有利なのは普通だ。
ただ問題なのはその先になる。
「気になるのはその差を埋める手段は非常に少ないってこと」
「え、作った魔法が使われればいいんじゃないかな、かな?」
その通りだ、魔法が使われれば経験値が入る。
多少始めるのが遅くても十分挽回できるだろう。
問題なのはどうやれば魔法が使われるのかという点だ。
「後になるほど新しい魔法って少ないぞ」
「あ、そっかぁ」
陽菜は一言で理解したようだ。
そう、黎明期の今ならいくらでも新しい魔法が浮かぶ。
それがヒットして挽回できるかもしれない。
でも数年経ったらすぐに浮かぶような魔法はすべて作られているだろう。
もちろんバリエーションを付けて新しい魔法を作ることは出来る。
でも既存の魔法を押しのけてその魔法が使われるってそうそうない。
そんな状況で高レベルを目指そうとすると非常に難しい。
「問題なのは、高レベルで得られる恩恵に差がありすぎるってことだ」
「恩恵?」
陽菜が首を傾げている。
ちょっと前髪が伸びて目にかかってるな、後で言っておこう。
「魔法でしか出来ない、もしくは困難な事が出来てしまう、例えば液体内の不純物抽出とか」
「え、それが恩恵?」
「それは良くないな」
陽菜と父さんで反応が真逆だった。
陽菜はまったく理解していないけど父さんは理解したようだ。
このあたりの理解の早さは理解力というより危機意識の差だと思う。
父さんが理解しているのに気がついて陽菜が顔をしかめた。
「どういうことだ、答えろ、お父さん!!」
「いや、真琴に聞いてほしいんだけど」
父さんは説明好きな割に質問されるのはあんまり好きでないタイプだ。
多分答えるのが面倒だったから俺に押し付けようとしているんだろうな。
まったく一方的に自分の考えを押し付けるのが好きとか最低だな。
「パパ、教えて♪」
「よし、わかった!!」
「ちょろすぎる!?」
速攻で手の平を返してノリノリで答え始めた。
どれだけパパって呼ばれたいんだよ。
「単純に言うと出来る人が限定される、すなわち独占されるおそれがある」
そう、高レベルでしか使えない魔法は特定の人たちで実質独占される。
それがどうでもいいものならともかく重要なものならまずい。
「でもそれって魔法がなければ存在しないものじゃないの?」
「良い質問だ、だからこそ今なんだよ」
「??」
父さんの言葉を聞いて、わざわざ世界書を出して魔法で目をハテナにするのは斬新だな。
どういう魔法か後で教えてもらおう。
そしてそれはともかく答えは単純だ。
「《《今ならなかったことにできる》》ってこと」
「真琴、おいしいところだけ持っていくとは卑怯だぞ」
「所詮この世は弱肉強食、強ければ生き、弱ければ死ぬんだよ、父さん」
「美味しいとこだけ持っていくのはハイエナだよね?」
「まだまだ手のかかる子どもということだな」
「やめて、そういう形で納得しないで!?」
くそう、ちょっと見栄を張ってみただけなのにひどい落ちにされたぞ。
ハイエナと言われて返せなかったのが敗因か。
「まあ、だからこそ独占されないように封印しましょうってことさ」
「せっかく新しいことが出来るのに……」
自分に利益がないならみんなも利益がない方が良い、そう考える人はたくさんいる。
ただ世界書を使ったかどうかを判定する方法がない以上、みんな陰でこっそり使うだけだと思うんだけど……。
「うん、いろいろ意見が出たな」
「出たけどこれがなんの役に立つんだよ」
「相手がどんな気持ちで言ってるのか少しでも分かっただろう?」
うーん、別に気持ちが分かった訳じゃないけど理屈は多少分かったかな。
要は『すっぱい葡萄』の亜種で、他人が葡萄を取るのを妨害してるってことだ。
「今あげたことを踏まえて相手の意見を聞くんだぞ」
「はーい」
「……はい」
いまいち納得いってないけど一応は返事しておく。
なんというか魔法がない前提での話ではなく魔法がある前提で世界をよりよくする方法を考えてほしいと思う。
新しいことをしないなら何も進歩がないと思うんだけど……。




