114.不安定
「お兄ちゃん……」
陽菜が帰ってくるなり着替えもせず俺の部屋に入ってきた。
珍しく元気がないようだけど昨日はあれだけ騒いでいたのにどうしたんだろうか。
俺の方を見て何か言いたそうな顔をしているので手招きするがこちらにこない。
「どうした?」
「ん」
視線でベッドの上に乗ったうえで正座しろという指示が来たので従うと、陽菜もベッドに乗ってきた。
うーん、制服は汚れてるし着替えて欲しいんだけどな。
「枕」
そう言ってそのまま横になって俺の膝上に頭を乗せてきた。
定番の膝枕だが、顔はこちらを向いておらず別の方を見ている。
どうやら話をしたいわけではないらしい。
顔にかかっている髪を横に避けるとちょっとくすぐったそうにしている。
多分何か嫌なことがあったんだろう。
いつもならひたすら喋る陽菜だがたまにこういう時はある。
しばらく手で陽菜の髪を梳いていると陽菜が口を開いた。
「今日ね、うるさいって言われちゃった」
「そうか」
やはり嫌なことがあったんだな。
陽菜は悪口に敏感なので軽く言われたことでもかなり影響がある。
ただ見た目には元気がなくなるだけなのでそこまで影響があったとは思わないんだよな。
「男子ウケ狙いすぎって」
「そうか」
ひどいことを言うやつもいるものだ。
うるさいというのはまだ個人の主観で通っても男子ウケ狙いってのは偏見でしかない。
波風立たせるのが嫌いな陽菜ならむしろ女子ウケも男子ウケも狙っていると思うけどな。
「迷惑なのかな」
「声が大きくて迷惑かけたなって思ったなら少し声のボリュームを落とせばいいさ」
頭を撫でつつ答える。
気にしていないようでいろいろ気にしているのが陽菜だ。
下手に誤魔化すと気づかれてしまうので正直な感想を伝える。
「また言われたら?」
「声のボリュームに限界はあるから仕方ない」
「下げようと思えば下げられるよ」
ここまで言うとは今回は大分効いているらしい。
ボリュームを限界より下げる、それはつまり喋らないということだ。
昔はそれで一時喋らなくなったんだよな。
「魔法でそいつの周りだけ音を消してやればいい」
「なにそれ」
「知らないのか、以前翔のやつが学校で使ったんだ」
「お兄ちゃんがうるさかったんでしょー?」
お、ちょっと元気出てきたか。
少しでも自分自身の悪い点から意識を逸らさせないと、堂々巡りで悪い方向にむかってしまう。
それこそ以前みたいに……。
「俺じゃなくて別のやつが女子とバトっててな、それがまた仲良さそうにバトってるんだ、爆散しろ」
「私怨入りすぎだよー」
「嫉妬する人間はどんなことでも嫉妬するんだよ」
「……そうだね」
しまった、余計なことを言ってしまった。
陽菜が黙ったので俺も口を閉じる。
しばらく無言のまま時は過ぎていく。
それにしても大きくなったなぁ。
ベッドの端で座らないと、こうやって膝枕した時に陽菜の足がベッドから出てしまう。
まあ俺と比べて足が長いので多少はみ出しても重心的には問題ないだろうけど。
あ、よく見たらブラが透けてるじゃないか。
これは言っておかないとな。
たしか対策はさらにシャツを着るんだっけ?
ただなぁ、はなから透けない素材にしてくれればいいのに。
ん、そういえばさっきから動きがないな?
少し上半身をかがめて顔を覗き込むと目を閉じて少し口を開けた無防備な状態だった。
軽くつついてみたけど反応がないので、どうやら寝てしまったらしい。
寝たら全て忘れるとは本人の弁だが、実際は整理して気持ちを落ち着けているんだろう。
傷が治るんじゃなくて傷を化粧で隠しているだけで消えてはいない。
それを理解しておかないと取り返しがつかないことになる。
「いろいろあったもんな」
ゆっくり休むといい。
頭を撫でていると顔が二ヘラっと笑った。
どうやら良い夢を見ているようだ。
今こうやって元気な姿を見せてくれているのが嬉しい。
あの頃はどうなるかと思っていたからな。
「そう言えば昔は髪触られるの嫌がってたな」
積極的に触って欲しいと言うようになったのはいつの頃からだっただろうか。
そんなことを考えながら頭を撫でていると、突然手を掴まれて陽菜の胸元に引き寄せられる。
てっきり起きたのかと思ったけど無意識らしい。
胸元で抱えこむように手を握られる。
ただ手を握られること自体はいいけど問題がある。
おっぱいに押し付けられているのだ。
俺だって兄である前に男であるし?
陽菜はとびきりかわいいし?
おっぱいは大きいし柔らかいし?
その結果として、大きくなるものは大きくなるわけで。
そして陽菜の頭があるのはちょうどそのあたりという問題が。
「なんか寝づらくなったー」
「生理現象だから仕方ないだろ!?」
触ろうとしてきたので慌てて手で隠す。
ただ片手なのでうまく隠せない。
「ほほう、どうして大きくなったか詳しく」
「せめてその手を離してから言えよ!?」
「つまり妹のおっぱいを触って興奮した、と?」
「妹とか関係無しにおっぱい触れば興奮するよ!?」
「なるほどなるほど」
俺の手を握ったまま陽菜が起き上がった。
そして満面の笑みで俺を見ている。
「仕方ないにゃあ……いいよ?」
「揉まないぞ!?」
俺の手を広げて胸に押し当てようとしたので振りほどく。
なんてことさせようとするんだ。
「透子さんに報告しておかないと」
「やめて!?」
さっそくポケットからスマホを取り出して操作している。
え、まさか本気!?
「えっと文面は妹のおっぱい最高だぜって言われた、と」
「捏造すぎる!?」
おっぱいはたしかに最高だけど妹のおっぱいに拘る気はない。
まあ透子のおっぱいなら拘るかもだけど……。
「熱情すぎる、と」
「一字違い!?」
「一時の間違い、と」
「ほんとにやめろよ!?」
テンションが上がってきたのか勝手に下ネタに変換されていく。
というかほんとに手が動いてるのが怖い。
やばいぞ、このままでは妹を襲った男になってしまう。
いや、でもさすがに冗談であって送信はしていない……はず。
「あ、返事返ってきた」
「信じてたのにまじで送ったのかよ!?」
本当に送るとか想定してない!?
ど、ど、どうしよう、とりあえず無実を伝えて……。
「ふんふん、今のところはグレーゾーンだって」
「セーフ!?」
グレーゾーンってことは話しをきいてくれる状態ってことだろう。
触らされただけだから無実なんだし、しっかり話せば分かってもらえるはず。
「あ、追加が来てる、ワタシにも膝枕、だって」
「そんなことでよければ是非!!」
え、グレーゾーンの解決がその程度でいいの?
むしろ透子に膝枕とかご褒美だし喜んでやるよ!!
「その時じっくり聞かせてもらう、だって」
「審判の時だった!?」
まあそうだよな、何も聞かずに許してもらえるわけがない。
透子に膝枕するまでにしっかり説明できるようにしておこう。
「ふふふー、お兄ちゃんの言い訳が楽しみだー」
陽菜はすっかり入ってきた時のことを忘れているらしい。
それならそれでいいか。
「あ、制服泥だらけだった」
「なぜに!?」
「あー、なんかトラックのせいで泥かぶったんだった」
「着替えろよ!?」
「てへぺろっ」
「かわいい!?」
よく見たら陽菜が寝ていた所は泥の破片が落ちている。
しかも体勢をころころ変えていたせいで散らばっていて取るのも一苦労だ。
「落ちたってことは元々なかったものだから取り除くこともできるよね」
「なるほど完璧な作戦っスねーーーっ 不可能だという点に目をつぶればよぉ~」
当たり前だけど塊でついてたものがばらばらになったら取れる訳がない。
これだけ散らばってしまったなら全部掃除しなおした方が良いだろう。
「あ、あはは、じゃあそういうことで……」
「逃さん…お前だけは…」
「ロード、ロードするからー」
「人生にセーブはない」
泣き言を言っている陽菜に掃除機を持ってこさせて、その日は俺の部屋の全面掃除となった。
やり始めると意外と楽しそうにやっていたのでとりあえずよかったかな。




