109.お弁当
少し前から週1回だけの楽しみがある。
それは金曜日の昼、つまり今ということだ。
「はい」
「ありがとう!!」
屋上で透子からお弁当をもらう。
こんなことになっているのは、以前お弁当を分けてもらった時に作ってもらえることになったためだ。
あの時は即答したけどまさか本当に作ってもらえるとは思ってなかった。
「それにしてもいつも嬉しそうね」
「透子からもらえるんだから当たり前だろ!!」
平川さんから突っ込まれたけど、彼女からのお弁当というのは男子の憧れである(断言)
ちなみに透子と平川さんは一緒にご飯を食べているので必然的に平川さんもここにいる。
まあお弁当の話の時点で一緒にいたんだから隠す必要もないからいいんだけど。
「それに美味しすぎるし」
「まあね、アタシのお姉ちゃんだし」
透子のお弁当が美味しいと言う話でなぜ平川さんが自慢げなのかが分からない。
あれか、陽菜と同じで身内自慢が好きなのか?
陽菜は家族が褒められると我がことのように喜ぶけど、平川さんも透子を家族同然と思っているのかもしれない。
「はい、久美の分」
「やったー」
そして平川さんも透子からお弁当をもらっていた。
俺が精いっぱい努力してやっと作ってもらえたのに『アタシもお姉ちゃんのお弁当欲しい』だけであっさりもらえたのには正直納得いかない。
受け取るとすぐこちらに振り向いて、小さくてかわいらしい柄のお弁当を見せつけてくる。
「おかしい、俺にだけ作ってもらえるはずだったのに」
「いつそんな話になったのよ」
「二人も三人も変わらない」
「ということよ」
「ドヤ顔しおってからに」
勝ち誇った顔が非常にかわいらしいから何も言えない。
ただ平川さんは『真琴だけずるいー』と言っていたけど十分な食費もらっているんだしいいだろうに。
「真琴は食費をカードゲームに使うからでしょ」
「No、No、あれは食費違う、遊行費、OK?」
「なんで片言の外国人なのよ」
肩をバンバン叩いてきた。
平川さんはお弁当持ってるんだからそういうことをしてると落とすよ?
「たまによく分からないネタを挟むわよね」
「別にネタのつもりはないんだけど」
つい言ってしまっただけで笑わせようという気はなかった。
単に平川さんが笑い上戸なだけだと思う。
「そっか、真琴は存在が笑わせ師だっけ」
「大道芸人みたいに言わないで!?」
「笑わせないと帰れないんでしょ?」
「ラフメイカー!?」
「二人とも食べる準備」
「はーい」
さんざんからかってすぐ話を打ち切る平川さん。
ほんと妹キャラだよな、会話の変え方が灯里ちゃんにそっくりだ。
「ほらほらビニールシート広げるわよ」
そのくせ鞄からビニールシートを広げだす仕草はまさに関西のおばちゃん。
おばちゃんで妹という設定は斬新だと思う。
ただまあ屋上にベンチはないのでシートは必須だ。
屋上は実験とか研究のために開放されているだけなのでそういうのないんだよな。
実際、夏は暑いし冬は寒いからご飯を食べるのに不向きではある。
ただ教室とか食堂とかで食べる勇気はないから仕方ない。
だって透子から出された条件が……。
「もう、一緒に食べないといけないんでしょ、手伝いなさいよ」
「はいはい」
出された条件は『一緒に食べること』だった。
もちろん一緒に食べられるのは嬉しいんだけど、教室でやろうものなら次の日俺の席に花瓶が置かれかねない。
いや机すら原型を留めていないかも。
「ほら真琴、そっち持って」
「了解」
「ありがと、あ、お姉ちゃんの方がちょっとまくれてる」
「わかった」
平川さんの指示に従ってしわにならないようにしっかり広げる。
この辺り、平川さんは細かい。
俺と透子が適当に広げようとするとすごい剣幕で怒り出すもんな。
透子に意外と雑な所があると知ってさらに好きになったのは内緒だ。
「よし、じゃあ準備OKね」
雑に座ってお弁当を置き始めた。
なぜシートはあんなにこだわるのに座り方は雑なのかソレガワカラナイ。
足がすごく長いせいかスカートがかなり短いので、つい目をそらしてしまう。
この辺り全然気にしないのはどうかと思う。
「どしたの?」
「なんでもない」
「ほら、真琴も置く」
促されたのでとりあえずお弁当を床に置く。
そもそもなぜお弁当を置くのかもわからない。
個人用なのになぜか公開させられるんだよな。
「じゃあ開けるね……うわぁ、きれー」
平川さんと同時にお弁当を開けると、華やかな色合いが目に飛び込んできた。
相変わらず彩り豊かなお弁当になっている。
キノコ?の炊き込みご飯と卵焼きとほうれん草の胡麻和えとひじき煮とかまぼこ?だろうか。
今日は炊き込みご飯で茶色が目立つので唐揚げとかの油物はないみたいだ、残念。
「どう真琴?」
「すごく美味しそう」
「でしょ!!」
今度は腕をぱしぱし叩いてくる。
娘の自慢をしてる関西のおばちゃんっぽい。
その内飴ちゃん渡されそう。
「炊き込みご飯好きー」
「美味しいよね」
「白いご飯ってちょっと食べずらいのよね」
「えー、白いご飯も美味しいと思うけど」
「ワタシも白ご飯好き」
「えー、だって味あんましなくない!?」
「それは濃い味に慣れすg、痛たたた!?」
「誰が濃い味に慣れてるですって?」
突然のヘッドロックは反則だろ!?
後頭部におっぱいの感触を感じるせいで下手に動けないし、意外と強い力で締めてくるし……。
「久美、ご飯中」
「あ、そうだね、お姉ちゃん」
透子が言うとすぐにやめる、ほんとに姉妹っぽいんだよな。
二人とも一人っ子っぽいし兄弟姉妹が欲しかったんだろう。
父さんは無理して子どもを二人にしたと言っていたけど、そういう子どもの気持ちを慮ったんだろうな。
「あ、真琴だけ卵焼き一個多い!!」
「え、ほんとだ」
平川さんの方には卵焼きの代わりにミニトマトが多い。
ただお弁当箱の大きさに差があるのだからある程度は仕方ない気がする。
「お弁当箱のサイズ差では?」
「アタシのお弁当にはミニトマトの数が多いのに?」
「ほら余っただけとか」
「……切り方から見て余りじゃない」
平川さんが卵焼きの切り口を確認して断言する。
言われてみればつながらないように見えるけどよく分かるな。
「お姉ちゃん、くわしく?」
「……ばれた」
平川さんが透子に聞くと、ちょっと顔をそらしてうつむいた。
罰の悪そうな感じがかわいすぎる。
「むー、こんな所で差がつくなんて」
「いや、ミニトマトの数は多いんだし別に差ってほどじゃないと思うけど」
「じゃあ真琴は欲しいカードの入っていないパック2つと欲しいカードが入ってるかもしれないパック1つならどっち選ぶ?」
「欲しいカードが入ってるかもしれないパック」
「ほら、言ってること違う」
「たしかに……」
言われてみればたしかにその通りだ。
増やしてもらえるなら欲しいものを増やしてほしい。
「ということでもーらい」
「あ!?」
「おいしー」
油断をしてたら俺のお弁当から卵焼きが拉致られた!?
あっという間に平川さんの口の中に入ってもぐもぐされている。
「俺の……卵焼き」
「判断が遅い!!」
「ならば!!」
取られたら取り返す、倍返しだ!!
そう思って卵焼きを奪いに行ったら箸でブロックされた。
「くっ!!」
「甘いわね」
「だが箸ではな!!」
箸二本で卵焼き三切れを綺麗に守れるわけがない。
空いている隙間に箸を差し込もうとして……。
「めっ」
「透子!?」
「お行儀悪い」
「はい……」
透子から怒られてしまった……。
「久美も人のもの取らない」
「はーい」
平川さんも怒られてるけど反応は軽い。
くそう、俺の卵焼き……。
今日は不運な日だと思っていたのにまさかの続きがあった。
「はい」
「え?」
「口開けて」
なんと、透子が自分のお弁当から卵焼きを掴み俺の口の前に持ってきた。
まさかの二度目のあーん!?
「あーん」
「あ、あーん」
「美味しい?」
「美味しすぎる!!」
玉子焼きは美味しいし顔も近いしよく考えたら間接キスだしもう頭がパンクしそうだ。
とりあえず今を全て記憶しよう。
雛鳥のごとく次々と口元に運ばれて来るのでどんどん食べていく。
「なにそのタコっぽい顔」
「タコじゃないですけど!?」
「じゃあふぐ?」
「なんで丸いものばかり!?」
「ほっぺたにため込みすぎ」
「リスじゃないですけど!?」
だって食べ終わる前に透子が箸持ってくるし……。
そうなったら食べないと失礼だし……。
「お姉ちゃん、絶対お姉ちゃんのせいにしてる顔よ」
「無実だよ!?」
「もう、いらない?」
「いります、食べます、すぐ下さい!!」
「わかった」
こんなことで透子からのあーんをなくされてたまるか。
少しでも喜びを伝えておかないと。
「気持ち悪い笑顔してるー」
「うーうー」
「真里亞の真似してもかわいくないわよ?」
まさかうみねこまで網羅してるとは思わなかった。
意外と手広く読んでいるんだな。
「もう終わり」
「え!? って全部なくなったんだ」
「そう」
あっという間に全て食べてしまったようだ。
ただせっかくの料理だったのに味をあんまり覚えていない……。
来週はもっと味わって食べよう……。
「ご馳走様でした」
「ん」
ちょっと照れてるのがすごくかわいい。
「あ、でも透子のご飯進んでない」
「いい」
俺にご飯あげていたから肝心の透子のご飯が進んでいない。
小さめのお弁当とはいえ時間かかりそうだ。
あ、そうだ。
「よかったら俺が食べさせてあげようか?」
ものすごい軽い気持ちで言った一言だったけど、それを聞いて透子がゆっくりと箸を置き顔を手で覆った。
隠れていない耳が真っ赤になっているから照れてるのが丸わかりだ。
「お姉ちゃん?」
「自分で食べるから、いい」
普段より声がちょっと高いのがかわいすぎる。
こんなかわいい彼女にどうやればご飯を食べさせてあげられるだろうか。
よし、ちょっと頑張ってみよう。
「透子、俺は透子に食べさせたいんだ」
「別に、いい」
「お返ししたい」
「別に……」
「透子」
「……待って」
しばらく待って透子がこちらに顔を向けた。
その顔はいつもの無表情で耳も赤くなっていない。
「どうぞ」
うーん、せっかくだから照れてる透子に食べさせたかったなぁ。
まあ嫌がってるのにやることじゃないか。
「はい、あーん」
「……あーん」
卵焼きを口に入れると全力でもぐもぐしているのがかわいい。
俺と目を合わせないようにしてるのも良い。
「なんか楽しそう……」
平川さんが物欲しそうな目で見ている。
うーん、まあサービスということでいいか。
「平川さんもする?」
「いいの!?」
「だって物欲しそうだし」
「そんなことないし」
そう言いつつも興味津々って顔なんだよな。
とりあえず平川さんのお弁当で一つだけ残っている卵焼きを箸でつまんで口元に持っていく。
「はい、あーん」
「……あーん、美味しい」
「透子の料理が、だけどね」
まあ喜んでくれたならいいか。
さて次は何を……ん?
腕を引かれて振り向くと不満げな透子の顔。
「ワタシ」
明らかにお怒りなのが伝わってくる。
慌てて透子のお弁当からほうれん草の胡麻和えをつまんで透子の口に入れると今度は反対の手を引っ張られた。
「アタシ」
平川さんがむくれた様子で要求してきた。
どうすればいいんだよ!?
結局二人に怒られつつ交互に食べさせることになってしまった。
いったいなんでこんな目に……。




