106.意外な遭遇
週末、俺は今ワンパックの前にいる。
時刻は朝6時、こんな店も開いていない時間にいるのは単純な理由でバイトだからだ。
なんでクソ早いのかといえば、ショーケース内のカードを入れ替えるかららしい。
「えっとどうやって入ったらいいんだ?」
ただ問題は目の前のシャッターが閉まった店だ。
よく考えたら開店前なんだから店は閉まっているに決まっている。
これは電話すればいいんだろうか?
でもこんな時間に電話したら迷惑な気も……。
「そこで呆けてる人は何をしているのかな?」
「あ、店長!!」
店の前でしばらく悩んでいたら店長が声をかけてきた。
どうやらシャッターを開けに来たっぽい。
「どうやって入ればいいか教えておいてくださいよ」
「いや、スマホがあるだろう?」
「こんな時間にかけたら迷惑では?」
「ぶほっ……くくく、ははは、あっはっは」
店長がなぜか声を出して笑い始めた。
三段笑いとか悪役のすることだぞ。
「きみは、ふふっ、その時間に呼びつけた人間が、くくっ、寝てると思うのかい?」
「あ」
「その発想はなかった、勉強になったよ」
「絶対そんなこと思ってないですよね!?」
「いや、ばk……興味深いと思ってな」
「馬鹿じゃないですけど!?」
「うんうん、そうだね」
「子どもじゃないんですけど!?」
なぜか頭を撫でられた。
これは謝罪と賠償を要求しても許される気がする。
「さて、では店に入ろうか」
「はい」
店長がシャッターを開けて入口から中に入っていく。
中はいつも通りのはずなのに誰もいないせいか初めて見る場所のように感じた。
「さて、じゃああと一人来るのでそれまでは待ちだね」
「は?」
すぐ仕事の説明になるのかと思ったら、突然の爆弾発言だった。
そんな話聞いてないんだけど!?
「おいおい、人手が足りないと言っていたんだから雇ってるに決まっているだろう?」
「そんなの知らないですけど!?」
人見知りってほどじゃないけど、見知らぬ人は緊張する。
てっきり一人でコツコツと値札張り替えるだけだと思っていたのに。
「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥、聞けてよかったと思おう」
「個人の決めたことを聞いてもしかたなくありませんか!?」
「何を言う、どういう意図で決めたかと言うのは非常に大事なんだぞ」
「興味ないですけど!?」
「それはよくない、何事にも興味を持たないとな」
「そういう話でしたっけ!?」
店長も父さんや陽菜と同類なので話が横道に逸れまくる。
絶対ノリで話してると思うんだけど理論武装は完璧なんだよな。
「おはようございます」
入口から誰かが入ってきたようだ。
さすがに営業時間外だし、さっき言ってたバイトの人だろう。
なんか女性みたいな声だったけどそれだとなおさらつらい……。
「今日もお世話になr……能見君?」
「……もしかして橘さん?」
そこにいたのは橘さんだった。
ただ普段と違って髪をポニテにしてメガネをして帽子を被っているので、声をかけられないと気づかない自信がある。
「おや、知り合いかい」
「クラスメイトです」
店長に質問されたので答える。
どうやら俺たちのことを知っていて隠していたわけではなさそうだ。
「どうして前もって教えてくれないんですか!!」
「いや、そう言われても昨日決まったことだしな」
「それでも連絡するのが筋です!!」
いつも大人しい橘さんがすごい剣幕で怒っている。
え、あんなキャラだっけ?
「ほら、真琴が見てるぞ」
「え……いやあの違うの、誤解なの」
「ここは一階だよ」
「違うの!! ってあのごめんなさい」
なんか思いもよらぬ反応だ。
こんなに可愛らしい反応をする橘さんっていつぶりだろう。
「千明さんに誘われたから来ただけで、その」
「千明さん?」
「私だ」
「名前あったんですか!? いてっ」
ちょっとボケただけなのに小突かれてしまった。
しかも意外と強い。
「女性の名前を覚えない男性はモテないぞ」
「別に店長にモテてもしk、いててっ」
「誰がモテないって?」
「一言も言ってないですよ!?」
ひたすらに頭を小突き回される。
こんなに叩かれて馬鹿になったらどうするんだ。
「熱して叩いて冷やすのを繰り返して強くなるんだ」
「鋼じゃないですけど!?」
「く、ふふ、ここでもそれするんだ」
橘さんが笑い出した。
なんかいつも通りのリアクションなので安心する。
「こういうやつだ、面白いだろう?」
「ええ、知ってます、学校と変わらないんですね」
「ほら、真琴、馬鹿って言われてるぞ?」
「馬鹿じゃないですけど!?」
「ふふ、あはは、駄目、笑わさないで」
橘さんがお腹を押さえて笑いをこらえている。
いじめで笑うなんてひどい話だ。
「いじめじゃない、これはいじりというものだ」
「どこかで同じセリフ聞きましたよ!?」
「つまり、みんなそう思ってると言うことさ」
「どこに『つまり』があるんですか!?」
「あはははは、お、お腹」
耐えられなくなったようでしゃがんでしまった。
どういうことだよ!?
「ふう、すみれを笑わせるなんて才能あるぞ」
「笑われてるだけじゃないですか!?」
「さて、では仕事の説明だが」
「何事もなかったかのように進めないで下さい!!」
店長はガン無視で作業を説明し始めた。
橘さんはまだお腹を押さえてるのにいいのか?
「すみれはもう何回かやってるからな」
「あ、そうなんですか」
たしかにさっき入ってきた時も慣れた感じだった。
経験者ならわざわざ説明もいらないか。
「でも今まで店で見たことないですよ?」
「今まではバックヤードで値札の登録作業をしてもらっていたからな」
なるほど、そういう仕事もあるのか。
それなら俺も登録作業のほうがいいな、動かなくてよさそうだし。
「そうか、値札作りと共にデータを入力しなおさないといけないという面倒な作業をやってくれるか」
「さあ値札貼り頑張るぞー」
やばそうな響きが聞こえたので即座に撤退。
というか俺の頭の中読みすぎでは?
「まあやることは単純で、商品を検索して出てきたものを印刷し商品に張り付ける、これだけだ」
いたってシンプルで間違えようもない内容だ。
《《カードゲームでなければ》》。
「真琴に言うまでもないが、同じような名前で間違えるのに注意だな」
そう、カードゲームには似たような名前がたくさんある。
〘ランページ〙と〘ランピート〙みたいな響きが似たもの、〘賢王アリエル〙と〘愚王アリエル〙のような同じキャラで特性が違うもの、エキスパンション違いイラスト違いFoil違い等々。
知らない人には非常にややこしい。
「橘さんは大丈夫?」
「あ、私はこれぐらいなら《《覚えているから大丈夫》》」
……ん? 今聞きなれない言葉があったような。
《《覚えている?》》
「もしかして橘さんもカオスフィールドとかM:tGやってるの?」
「あ、ううん、やってないけど《《覚えたから》》」
「おぼえる?」
「うん、要は書いてあるのと同じものを探せばいいんだよね」
そう言うと橘さんは手近にあったカードを手に取った。
それはM:tGの〘Force of Wii〙、似たような名前も多い上に同名カードでもちょっとした違いが多いカードだ。
「えっとこれかな」
そう言って画面でカードを選ぶ。
エターナルマスターズ版のカード、正解だ。
大きく印刷されている絵柄が一緒で小さなエキスパンションパークだけが違うものもあるのにあっさり選んでいる。
「こういうの得意なんだ」
少し照れたように微笑む橘さん。
間違いない、覚えているんだ。
でも覚えると言っても限界がある。
実際にプレイしているなら無意識に覚えていることでも橘さんにとってはすべてが新しい情報のはず。
それなのに……。
「真琴ー、こっちを手伝うんじゃないのか?」
気づいたらいつの間にか店長がいなかった。
店の中から声がするしもうショーケースの整理を始めているんだろう。
「ご、ごめん、行くね」
「うん」
そう返事をして作業に移る橘さん。
恐ろしい速度でカードに値札を貼り始めるのを横目に店長の元に向かうことにした。




