1-3 発見
「さて、じゃあ南の森のはぐれオークから先に始末するか」
私は騎士団を後にして、そのままの足で検問所に来ていた。ゴブリンの集落は敵の数が多いため、先に数の少ないはぐれオークを始末しておきたい。検問所の衛兵さんに冒険者ギルドカードを見せ、外に出る。
「良い日差しだなぁ……少し眠くなっちゃう」
ふわぁ……と少しあくびをしつつ、南の森へと駆け足で向かっていった。
ーー
「この辺りかな……《探知》」
森の中まで入った私は、軽く辺りを見渡してから探知魔法を発動した。本来の探知魔法ならそこまで範囲は広くないが……
「《風域》……もう少し先の方に3体分……これかな」
風魔法で探知範囲を押し広げたら、80mくらい先に3体分の生体反応があった。探知魔法を解除しつつ、槍を片手に向かう。
「……当たりだね」
木の影に身を隠して視線の先を窺えば、そこには木製の槍を持った豚の様な獣がドスドスと音を立てながら歩いている。
「《消音》」
音を消し、後ろに回って
「《風刃》!」
右手に持った槍に風を纏わせ、そのまま横一文字に振り抜く。消音魔法のおかげで無音から繰り出された風の刃がオークたち目掛けて飛んでいく。
「ふごっ……」
「ぶごぉぉぉ……!!」
「1体しか持ってけなかったな……」
思ったより固まっていなかったせいか1体の首は飛ばせたが、残り2体分のオークは傷をつけたが軽傷くらいだ。
「ふごぉぉ!!!」
仲間を殺されて怒り狂ったのか、オーク2体は私に襲いかかってくる。まぁ、想定内かな。
「《風撃》、とりゃっ!」
私はまず、先に突っ込んできたオークの腹目掛けて風を纏わせた槍を投擲する。風撃の力もあり、槍はオークの腹に大きな穴を開けてそのままの勢いで後ろにあった木に刺さる。続けて襲いにきていた最後のオークは槍を失った私を見て取った!とばかりに槍を大きく振りかぶる。
……が、
「《風刃》!」
私は腰からナイフを取り出し、槍を振りかぶったオークの顔面に《風刃》を打ち込む。
「ご……ぶぉぉ……」
頭を斜めに切断されたオークは、力無くその場に倒れ込んだ。
「ふぅ、終わりかな。えーと、槍槍……」
3体を無事に倒した私は、槍を回収した後にオークをマジックバックに収納する。オークの肉は美味しいからね。とはいえ血生臭い匂いはそんなに得意じゃないのでひとまず退散することにした。
ーー
ゴブリンの集落は南の森の東の方にあるらしい。若い冒険者の集団が見つけたためその場で対処できなかったのだとか。消音と探知魔法を使いつつ、歩きながら集落を探す。
「洞窟とかが近場にあるはずだから崖とかに近い場所のはずなんだけど」
10分くらい歩き続けると、生体反応が多い箇所を見つけた。
「《風域》《集音》……ゴブリンの声が聞こえる、間違いなさそうだね」
風魔法をちょっと細かく使って音を拾い、ゴブリンの集落と断定した私はそこに向かって走り出した。
「ここ……のはず……?」
生体反応が多い場所に来たが、様子がおかしい。ゴブリンの声がしないのだ。ゴブリンはゴブリンシーフなんかの黙らなければその力を発揮できない性質のゴブリンを除き、基本黙るということをしない。怪しく思い、消音で音を消しながら棲家に近づくと、その理由がすぐにわかった。
「寝てる……?」
確認できる限り、外にいるすべてのゴブリンが眠っていた。雑に作られた櫓にいる見張り役さえもスヤスヤと眠っていたのだ。ゴブリンが全て眠っているのを確認した後、改めて辺りを見てみると、焚き火の中に、木材に混ざってポツンと陶器が入っていた。
「これは……昏眠の香?」
昏眠の香は火をつけると中から即効性の高い睡眠作用のある煙をあたりに広げ、煙を吸い込んだ者を眠らせる道具だ。
(こんなところに人の道具……?しかも明らかに隠すような位置に)
少しきな臭い感覚がした私は、そのままゴブリンの棲家の奥にある洞窟に足を踏み入れた。
ーー
「松明もあるし、間違いなくゴブリンの洞窟……なんだけど」
やはり、中のゴブリンは全て眠っていた。そしてなにより……
「……甘い匂いがする」
昏眠の香などの眠りの効果のある道具は、だいたいが煙に甘い香りが付いている。つまり甘い香りがまだするということは、ゴブリンを眠らせたやつはまだここから立ち去ってはいないだろうということ。
「……注意して進まないとな」
気を引き締めつつ進む。足元は不安定で松明の灯りも少し心許ないが、私は幸い夜目が効く。いざとなれば松明を全て破壊してからなら逃げられるだろう。
「ーーー……」
「!」
警戒しながら進んでいき、おそらく一番奥の部屋であろう場所の手前で、私は立ち止まる。中から声が聞こえる。
「《風域》《集音》」
すると、
「ふむ……ガキはそこまで多くないのか……商品を仕入れようにも取引相手はどんどん潰れていく。まったく、そこまでガキが欲しいなら金で誘拐すれば良いものを……まぁ、儲かるなら私は一向に構わんがな」
「……」
集音で音を拾うと、歳をくった男の声が聞こえる。中身を聞いただけで確信を持てた。
(あいつが……ドミニク)
紫の帽子に全身黒のコート、帽子がおそらく妨害魔法の役割を持つのか、顔立ちはうまくわからない。それと、奴の手から魔力を感じる。
(あれが一番厄介な気配遮断の魔道具だな、指輪か)
確かに気配遮断は強力だ。だが、それ故に本職の作る様な正規の魔道具として買えば軽く家が立つくらいには高額だ。だが、指輪に一人分の気配遮断を低レベルで付与したものなら商人や貴族なら買えないこともないだろう。
「さて……ガキは2人か……収穫は少ないが連れ帰るとしよう」
そうしてドミニクは捕まっていた子供2人を抱えてこちらを振り返る。子供達はぐったりとして抵抗する様子もない、おそらくあの子たちも眠らされているのだろう。
「《風霊》、頼んだよ」
私は咄嗟に身を隠しつつ、ドミニクに風の精霊でマーキングする。精霊は魔力に敏感だから、仮に気配遮断を使われても問題なく追跡できる。
(今は一旦待たなきゃいけない。この手のやつはだいたい拠点にまだ被害者がいる)
本当なら即座に捕縛に走りたいが、拠点が不明な以上まだ捕まったままの被害者もいるはずだ。一度拠点に行かせて、風霊の情報を得てから騎士団の人たちと襲撃した方が良い。ドミニクはそのまま私に気付かぬまま歩き去っていった。
ドミニクが完全に見えなくなるまで距離が空いたのを確認して、私は他の捕まっていた人の元へ駆け寄る。
「そこまで酷くもない……かな、私でも治せるくらいで良かった」
捕まっていた人は5人。幸い、全員そこまで大きい怪我はしてなかったので軽く全身に治癒魔法をかけておいた。起こすにしてもゴブリンを先に始末してまわらなければならないので、結界の魔道具を置いて置くことにした。これなら、ゴブリンくらいならこの部屋に入れない。
「さて……もう一仕事しなきゃだね」
槍を再び持ち直し、私は部屋から出ていく。
ーー
「ふぅ、数が少しだけ多かったけどそんなに掛からなかったな」
ゴブリンは全員寝ていたため、魔法も無しに槍だけで討伐は完了した。その後、連絡用魔道具を使いゴブリンの棲家の5人を保護したことを報告して適当な冒険者さんに援軍に来てもらって、街まで護衛しながら送っていった。
「さて……騎士団に報告に行かないとね」
検問所からリベルタに入り、そのままの足で騎士団の駐屯所に向かう。昼過ぎくらいの時間だけど、団長さんが居るといいな……
「あ、ミカドさん」
「お?カヤさんじゃないですか。依頼は終わった感じですか?」
「まぁサクッと終わったんですけど……ドミニクと思われる人物にマーキングをつけたので団長さんあたりが今いないですか?」
「!……なるほど、ちょっと待っててください」
駐屯所につくと、入り口付近のベンチでミカドさんが本を読んでいたので声をかけてみた。ドミニクの件を伝えると、駐屯所に駆け込んでいき、少しすると奥から団長さんがやってきた。
「カヤ!ドミニクを追跡できたというのは本当か!?」
「お、落ち着いてください。あくまでマーキングしただけで、私自身が追いかけたわけじゃないです」
「す、すまない。んんっ、しかしマーキングだけでも十分過ぎる収穫だ。今まで尻尾すら掴めなかったやつの根城まで特定できたのだからな」
ステラさんは私に向かってきて問い詰めて来たが落ち着いて欲しい。私が自分で追跡したわけじゃないから、正直精度だけで言えば100%とは程遠いのだ。
「ただまぁ精霊に手伝ってもらったので、気配遮断は効きませんし、私の魔力のマーキングでもあるので軌跡を辿って追跡も可能ですよ。途中で強引に剥がされなければそのまま根城まで襲撃をかけれると思います」
「……!そうか、もしマーキングの追跡が完了したら私にも一報入れて欲しい。こちらの非番の兵で腕利きのものを一人つけよう」
「ありがとうございます、正直一人で奇襲は少し辛そうだと思ってたので」
正直、この申し出はとてもありがたい。いざとなれば切り札もあるが……出さないに越したことはないし。その後、ステラさんとミカドさんに別れを告げ、帰りに冒険者ギルドにより、依頼完了の報告をして宿に戻って来た。
ーー
「ただいま〜……」
「カヤさんおかえりなさい!」
「ありがと、ミラ」
黒猫亭に入ると、ミラが受付でミラが迎えてくれた。出迎えてくれる人がいるのはやっぱりほっこりするな……
「お疲れみたいですね……そうだ!お風呂入りますか?小さいですけど」
「!入る」
なんとミラからお風呂の存在が明かされた。お風呂があるのなら是非とも入りたい。実際、久しぶりに少し気を張ったせいで体が疲れていた。
「えっと、準備に時間がかかるので夕食の後になりますけど大丈夫ですか?」
「うん、お願い」
「わかりました!夕食の後に準備ができたらお呼びしますね」
そしてミラは夕食の準備があると言って奥の方に行き、私はお風呂に心を踊らせながら少し上機嫌に部屋に戻った。
今日の夕食はスライスしたパンに野菜と肉を挟んだ物だった。ハンバーガーと言い、獣王国で最近流行っている食べ物らしい。濃いめの味付けだったがとても美味しかったし、パンとは思えない満足感があった。もしかしなくても、ミラの料理スキルはかなり高いのではないだろうか……多分料理人として働けばかなり大成しそうな気がする。
「?」
当の本人は頭に不思議な顔をしてこちらを見ているが、多分料理の才能は相当あると思う。
「いや、ミラの料理は美味しいなって」
「みゃ!?えへへ……そ、そんな事ないですよ……」
にへっと笑いながらそう答えるミラに、思わず頭を撫でたくなる衝動を抑える。私はお客さんであってそんなに親しい間柄でもないんだし、邪な考えは祓わなければ。
「じゃあ、お風呂の用意して来ますね!お部屋で待っててください!」
「わかった、お願いね」
ーー
「おぉー……ちゃんとしたお風呂だ」
準備ができたというのでお風呂場に来たが、ちゃんとした湯船のあるお風呂だった。なんということか、おひとり様には夢のような心地よさである。
「金貨3枚で安いなと思ってたけど……これもう赤字レベルじゃないのかな……?ちょっと心配になってくるよ」
どう考えても、朝夕2食にお風呂付きで金貨3枚は破格の値段である。そもそも、お風呂なんてものは貴族の家なんかに付けるものであり、そこら辺の宿にほいほい置いてあるものじゃない。
(……ミラは一体何者なんだろうか)
少し気になる気持ちもあるがそんなことは風呂の前には些細な問題だった。身体と髪を洗い、いよいよという気持ちで湯船に浸かれば、温かいお湯が全身の疲れに染み渡る。
「ふはぁぁ……良いよねぇやっぱお風呂は……」
溶けそうになりつつも、お風呂で眠ってしまえば命に関わる。適度にリラックスしつつ、私はお風呂の温かみを楽しんだ。